宙返りバンコクの三人
本に収録した「あなたひとりだけ幸せになることは許されないのよ」の後の話です
ギリシア。エーゲ海の小さな島。
あたたかい場所。
私と宿儺と虎杖はそこにいた。
本当に小さな離島だ。観光客は少ない。島では漁業が盛んだ。
虎杖はここに来てすぐ地元の人たちと仲良くなった。そして地元の人の紹介で海の見える場所の空き家を借りた。
全体的にこじんまりしている建物だけどキッチンは広く、庭に面したテラスもある。
私はテラスのテーブルで本を読んでいた。よく晴れていて、気持ちの良い風が吹いていた。
庭の方から足音が聞こえる。
「ただいま」
「おかえり。おはよう」
「うん。おはよう。魚もらってきたよ」
虎杖が差しだしたバケツの中には銀色の魚が三匹泳いでいた。
虎杖はここで漁船に乗せてもらって漁の手伝いをしたり、力仕事を請け負ったりしている。
今日は日が昇る前から漁に出ていたらしい。
「虎杖って、高専出身だっけ」
「そう高専……なんで知ってるの?」
「なんだっけ、五条先生が言ってた。本当なんだ」
「うん」
「漁業科?」
「あ、そう漁業科だった」
「なるほどね」
私は部屋の中に向かって声をかける。
「宿儺、お料理お願い。白身魚だから、ソテーがいいな」
宿儺はとても手際よく魚を捌き、すぐにソテーができあがった。ローズマリー、タイム、チャイブの香り。いつ見ても宿儺の料理は惚れ惚れする。
テラスのテーブルに三枚の皿を運ぶ。虎杖は朝が早かったからか、椅子に座ってうとうとしていた。
宿儺がワインボトルを持って現れた。私は栓抜きを手渡す。
宿儺の手によって、グラスに深い赤の液体が注がれる。
「あれ、赤ワイン?白じゃなくていいの?」
「なんだ、文句があるのか?」
「いやいや、でもなんか白身魚には白ワインなのかなって」
虎杖もグラスをじっと見て言う。
「だよな。レストランとかでも魚の時は絶対白ワイン出てくるじゃん」
「惰性の慣例などくだらん。その時一番美味いものをその時一番美味い酒と取りあわせる……文句があるのか?」
「ないない、ないです!いただきます!」
慌てて手を合わせて、ソテーを一口食べる。ゆっくり味わってから、ワイングラスを手にした。
重厚な赤ワインの風味と、薄く切って塩胡椒でシンプルに味付けされた白身魚が不思議とよく合っていた。晴れた昼間にこういう料理を食べていると、豪奢な気分になる。
あかるい日差しも海から吹いてくる風も料理のひとつみたいだ。あたたかい国からあたたかい国へ。私たちは旅を続ける。
main
top