「彼女の遺品だ。自分が任務で死んだ時にはお前に渡してくれと言付けがあった」
 夜蛾正道は五条悟にテディベアを手渡した。
テディベアは白いふわふわとした毛皮に、黒いボタンを縫いつけたつぶらな瞳で、水色のリボンが首に巻かれていた。五条はサングラスを僅かにずらしてテディベアを見つめる。
「単純すぎて意図がよく分からない術式だな。あいつの呪骸ではあるんでしょ?」
「ああ」
 五条悟が二十歳の九月のことだった。テディベアは五条の自宅マンションの玄関先に飾られた。
 それから約二カ月後の事である。五条悟が二十歳から二十一歳になる、つまり十二月六日から十二月七日に日付が移り変わる、深夜のこと。日付が変わったのとほぼ同時に五条は帰宅した。その日は朝から働きづめであった。
「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー、ハッピー・バースデー・ディア、さとるくん」
 テディベアがぬいぐるみらしい高い声でハッピーバースデー・トゥー・ユーを歌い始める。
「さとるくん、二十一歳のお誕生日おめでとう。そっちは今、夜かな、朝かな?夜だったら、お仕事お疲れさま。きっと寒いだろうから、暖かくして寝てね。朝だったら、いってらっしゃい。いつも頑張っててえらいね。もうケーキは食べた?いちごかな、チョコレートかな。お誕生日おめでとう。これから先の一年が、さとるくんにとって幸せな一年でありますように」
 部屋は静かになる。テディベアは再びもの言わぬテディベアに戻っていた。

 それから一年後。五条は、二十一歳の十二月六日、つまり二十二歳の誕生日を迎える前日に夜蛾からまたテディベアを受けとる。
「この他にあと八つ、預かっている。つまり全部で十ある。一年にひとつずつ、この時期に渡してくれと言われている」
「十体で十年ってことか」
「……本人が受けとりを拒むようなら処分しても構わないとも言っていたが、大丈夫か」
「なんで?僕のなんでしょ?頂戴」
 五条は真っ白のテディベアを手にする。

「さとるくん、二十二歳のお誕生日おめでとう。この一年はどんな一年だった?さとるくんにとって幸せな一年だったらいいな。ケーキは食べた?さとるくんはもう大人だし、いくら好きだからって甘いものばっかり食べすぎちゃだめだよ。野菜もお肉も食べること。お酒は苦手なんだから、勧められても飲まないようにね。健康に気をつけてね。長生きしてね」

 二十五歳のある日、五条は街で女の子に声をかける。女の子を自宅に連れこむ。その女の子は物の少ないシンプルな部屋を見渡す。デザイナーズチェアとライトを見る。壁際の棚に、全て同じ見た目のテディベアが五つ並べられているのに目を留めて、誰かのプレゼント?と口にする。
「そう、それはね、呪いの人形だよ」



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