乱数ちゃんの新作を全部揃えるのに昼間OLやってるだけじゃ全然足りなくて、だから私は新宿のSMクラブで週三回働いている。
 お店は歌舞伎町の大通りからは路地をちょっと入ったところにある雑居ビルの2階にある。店長と、女の子が私を含めて8人のこの辺では多分ちょっと大きめの店。そこそこ給料が良かったのがここだったから働いているだけで、他の店の事情とかよく分かってないんだけど多分。週末はいつも賑わってるし。
乱数ちゃんの服を完璧に着こなすためにエステにも行きたいし美容院には2週間ごとに行きたい。話題になってるカフェはどうしても気になっちゃうし、大きなクローゼットのある部屋に住み続けて、たまにはお花屋さんで花でも買って帰りたい。お金なんかいくらあっても足りないくらいだ。旅行にも行きたいし。

 今日も私は全身を乱数ちゃんの服で固めて渋谷の街に降り立った。
鮮やかなスカーレットのワンピース。肩のフリルがかわいい。ほぼ黒に近い濃紺の小さなショルダーバッグ。髪形は毛先だけ軽く巻いて思い切ってポニーテール。
スクランブル交差点、ハチ公前は今日も騒がしいけれど、どんな雑踏でもあの最高にキュートなPinkの髪は絶対に見間違えない。
「乱数ちゃん!」
私は手を大きく振り上げて駆け寄る。
「今日もかわいいね、オネーさん。そのワンピース、もしかして僕の新作じゃない?」
「そうなの。ワンピースがとってもかわいいでしょ、だから他はシンプルにしてみたの」
「うんうん。良いコーデじゃん」
乱数ちゃんは甘い甘いキャンディーみたいな顔で笑ってくれる。
「そのワンピース、仕上がった時にオネーさんに似合うなって思ったんだよね。ちょっと裾が短くて大胆すぎるかもって思ったんだけど、足が長くて綺麗なオネーさんだったら着こなしてくれるかな〜って」
「そっ、そうかな、ありがとう……」

「あら〜〜乱数君、こんなところでどうしたの?」
声をかけられて顔をあげると、乱数ちゃんデザインのブラウスとスカートを身につけたおばさんが立っていた。あっ、あのスカート去年のクリスマスに数量限定だったやつだ。私は買い逃してしまっていて、オークションで探してはいるけど見つからない。おばさんは私の全身を一瞥して、バッグをもう一度見つめる。バッグの形自体は定番モデルだけどこれは3カ月前にWebShop限定カラーとして売り出されたものだ。
「オネーさん、久しぶり〜!元気だった?」
「ええまあ。最近会えなくて寂しかったわぁ〜〜」

オネーさん達はみんな仲良くが鉄則。ババアと私はお互いに顔を見合わせて、こんにちは、よくお似合いですねえ、そちらこそ、なんて作り笑いを浮かべながらなごやかに頷きあう。そんなわけない。全然似合ってない。ブスでデブのババアの癖に無理して鎖骨の出るブラウスなんか着て。腕もパツパツだし。ゴールドの腕時計も変な成金趣味で浮いてる。
ババアの方も若造が生意気な、とか思ってるんだろうな。ああそれにしても乱数ちゃんは本当に可愛いな。可愛いって素敵なことだ。可愛いものはいつだって私をクラクラさせる。


 今日も私は乱数ちゃんに綺麗って褒めてもらった足で汚いおじさんを踏んで蹴って蹴り飛ばしていっぱいお金を稼いだ。
今日はお客さんの中にちょっとめんどくさい人がいて、どこに住んでるのとか昼間は何してるのとか彼氏はいるのかとかそういうことをしつこく聞かれた。忙しかったからか、店長もなんとなく機嫌悪かったし。何を言われてもそれは私に関係ないから何も思わないんだけど。しかしなんか眠いなあ。昨日も家に帰るの遅かったからかな。
 ぼんやりしていた私は段差で躓いて、その場に転んでしまった。靴のストラップが壊れちゃったみたいだ。地面の上に尻餅をついた格好になってしまったので服が汚れるなあ早く立たないと、と思って、思ったまではよかったのに、そのまま座り込んで立ち上がれなくなった。私なにやってるんだろう。なんでこんなことしてるんだろう。それは、私がそうしたかったからなんだけど。何故なんだろう。たまにこうなっちゃうんだよな。
 多分しばらくそのままだったんだと思う。人通りの多い道だったけど酔っ払いだと思われて誰も振り向きもせずに通り過ぎていった。「お嬢さん、大丈夫ですか」っていう、男の人の声、その場に不釣り合いな優しい静かな声が響いて、手が差し出された。白い長い上着の裾とやたらに長い紫の髪が目に入った。うわっ、なんかカタギじゃなさそう。まずいことになったかなあ。


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