ふたりぼっちのひつじ


何故、こんな運命になってしまったのだろうか?

嘆くとまでは行かずとも、ふいにそう考えてしまう事がある。

それは牧野が双子の兄であることが原因なのではないかと思うのだ。
同じ日に生まれ落ちた二人なのに、どうしてこうも違うのか。

顔立ちや体格など外見的な差はさほどないというのに、内面には大きな隔たりがあるように思えてならない。

彼の内なる劣等感は年々増すばかりだ。

だからといって牧野を憎むこともあれば、むしろ羨ましくて仕方がない。
その気持ちをぶつけるようにして彼は牧野に辛く当たってしまう。

そしてそんな自分が嫌になる。
牧野の方も自分の事を疎んでいるだろう事は想像がつく。


因果律。

ふとそんな言葉を思い出していた。
原因があれば結果を伴う。
もし二人が牧野家にも宮田家にも拾われず、こういう関係でさえなければ――

そこまで考えて宮田は自嘲した。


馬鹿げている。
今更どうしようもないことだ。
自分は神代家に仕える医師の家系に生まれ落ちてしまったし、牧野は村人の尊敬を集める求導師として育てられてきた。

それを恨んで何になるというのだ。



そこまで思うと宮田は大きく溜息をつく。


今日もまた、一日が始まる。

朝から憂鬱だった。



神代の遣いで教会に行くと、いかにも求導師という面構えで恭しく出迎えられる。

「神代の遣いで来ました……」

いつものようにぼそりと言うと、牧野は微笑んだ。
しかしその表情の裏に潜む感情を感じ取って宮田は居心地が悪くなった。

牧野は何か言いたいことがある時ほど、笑顔を作る癖があったからだ。


それがまた痛々しい。


──そんな顔、しないで欲しい。


思わずそう口走りそうになった。
きっとこの男は、自分を責めるつもりなのだろうと直感的に悟った。

その表情を見るに、牧野も宮田に対して負い目を感じているのだろうか。
弟より優れた立場にいる自分を羨む彼に申し訳なさが滲んでいた。


宮田はそれに気付かない振りをしてやり過ごすことにした。

そして神代家の当主から渡された一通の手紙を彼に手渡す。

それを受け取ると牧野の顔色が変わった。
一瞬にして血相が変わる様を見て、手紙の内容が何なのかすぐにわかった。


「二十七年振りですね……。ご成功を御祈りしています……」


口をついて出てきたのは、皮肉にも取れるような他人事のような台詞だった。

牧野はそれを聞くと一瞬だけ悲しげな顔をして目を伏せたが、すぐに気を取り直したように緊張した笑みを浮かべた。


「確かに……」


手紙を受け取りながら言う声が、微かに震えていた。


「では」


宮田は最後に一礼すると踵を返し、教会の外へ出た。
扉を開けると同時に強い風が入り込み、宮田の短い髪を揺らしていった。

外に出て空を見上げると、雲ひとつ無い快晴だというのに何故か気分だけは暗かった。

それは彼の表情のせいなのか、それとも自分たちがこの複雑な関係になってしまった原因の儀式が、行われようとしているからなのか。
どちらにせよ、晴れやかな気持ちになどなれるはずがなかった。

しかしながら、どうしてもあの顔が頭から離れなかった。

あの瞬間まで彼は牧野のことを妬ましいと思っていたはずだが、今はもうわからない。
ただ、胸の奥底にある澱のようなものが消えていない事だけが確かだった。

その正体は何だろうか?

そう思うと、教会へ踵を返し歩いていた。

中に入ると牧野は長椅子に座り、恐らく先程の手紙を握り締めながら、肩を震わしている彼の後ろ姿だった。

その姿を見ると再び罪悪感に襲われた。

彼は何も悪くないというのに、何故こんな気持ちになってしまうのか。宮田は彼に近づくとその背中に向かって言った。

「……牧野さん、大丈夫ですか?」

牧野は驚いたように振り返り宮田を見た。

その瞳には涙が浮かんでいて、頬には幾筋もの雫の跡が残っている。

「えっ……、あっ、いえ! すみません!」

慌てて袖で拭うが、一度溢れ出したものはなかなか止まらないようだった。


宮田はその背中へと歩み寄ると、そっと抱きしめた。

「泣かないで下さいよ。俺が悪いことをしたみたいな感じになるじゃないですか」

冗談めかすように言ってみるものの、牧野には通じないようで、泣きじゃくりながらも必死になって否定した。

「ち、違います……」

牧野は嗚咽混じりになりつつも、何とか言葉を紡いだ。

「私が、悪いんです……だから宮田さんは何も……」

宮田は無言のまま牧野の頭を撫でた。
慰めているつもりだったのだが、牧野は更に泣いてしまった。

しかしその言葉を聞いて、宮田は自分の心の中のわだかまりの正体に気付いた。

それは牧野に対する嫉妬ではなく、ただ単に牧野の力になれなかったという無力さへの悔しさと、自分の弱さを恥じる思いなのだ。

そして宮田は牧野を強く抱き寄せると同時に、彼は自分の行動に疑問を抱いた。

どうしてこんな事をしてしまったのか自分でもわからなかったのだ。ただ牧野の姿を見るに耐えなくて、気づいたら身体が勝手に動いていたのだ。


「いいんです、泣いてください」


牧野は彼のふんわりとした香りに包まれて、堰を切ったように号泣した。

宮田はそんな彼を慰めるように、優しく頭を撫でていた。


「俺達はいつまでも二人なんですから・・・・俺が、ずっと着いてます」


牧野は宮田の腕の中で、何度も大きく肯く。

彼の言葉には不思議な説得力があり、牧野の心は不思議と安らいでいた。





二人で一つの、双子。



離れられない、双子。




そう、ふたりぼっちの迷える羊なのだから。









fin.

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離れられない運命。
うん、そんな感じのコンセプト




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