運命の狼藉


二十七年前に消えたはずの旧医院の一室に、恐ろしい程似通った双子が居た。

一人は俯き気まずそうに眉を歪め、一方は足を組み無愛想に横目で血の様に赤い雨の降る外を睨んでいた。

そして視線を部屋の中で真向かいの椅子に座る人物へと移した。


「牧野さん、どうしたんですか? 顔色が悪いようですが」


「い、いえ……。大丈夫です」


牧野と呼ばれた男はそう言ったが、その顔は不安と絶望の色に染められ、法衣を握りしめた拳が僅かながらに震えていた。

白衣の男はそんな牧野を一瞥し再び外を見つめた。

窓の外では、相変わらず赤い雨が降り続いている。

それはまるでこの世の物とは思えない光景で、見ているだけで気が狂ってしまいそうだ。

しかし彼はそれを見ても何とも思わないのか、平然としているように見える。
そして、彼は思い出したように呟く。


「これから、どうなるんでしょうか? この村も、私達も……。何もかも消えてしまうんですかね?」


「そ、そんな……。儀式が失敗している筈無いんです! 言われた通りにしたのに……何故」


牧野は動揺を隠しきれない様子であったが、それも無理はなかった。

彼にとっては儀式の失敗などということは、この上ない恐怖であった。


「そう言われても、私には何とも……。宮田家にとっては、神代と教会は絶対ですから。ならば私は、意見することさえ許されないんじゃないんですか?」


宮田と名乗った男は、視線だけを動かし牧野を見るが当の彼は驚いたように目を見開いた。


「そんなつもりでは……!」


牧野の言葉を聞くや否や宮田は再び外に目を向け、興味なさげな声でこう続けた。


「いえ、良いんですよ。もう、慣れてますから」


それを聞いた牧野の顔色は更に悪くなる。

宮田はそれを見て小さく溜息をつくと立ち上がり、部屋の隅まで歩くと窓際に佇む。

埃っぽい部屋には、雨が地面を叩く音と水溜まりに雨垂れが重力に従い落ちる音だけが満ちていた。

暫くすると宮田は何の前触れもなく口を開いたが、彼の表情からは感情を読み取ることができない。


「牧野さん……少し考えてみて下さい」


ただ淡々と言葉を紡ぐだけだ。

静寂の中に突然響いた声に牧野は顔を上げ、頭に疑問符を浮かべながら宮田の方を向いた。
しかし顔は強張ったまま、足元や空中に視線を泳がせていた。

彼が何を考えているのか分からない。

そもそも自分と同じ人間なのかすら怪しいとさえ思ってしまう。
こんな状況で冷静になれる方がおかしいだろう。

実際、双子でありながら相手の考えていることが判らない方が多かった気もすると、牧野はふと思う。

それは互いが互いから隔離され、別の家の子として育て上げられてきたからなのか……それとも分かり合おうとしないからなのか。


だが今となってはその答えを知る術はない。


「な、何をでしょうか?」


牧野の声は震えており、必死に取り繕うとする姿を見ると、牧野という男が如何に臆病者か分かった。

そして宮田は無言のまま窓際から離れ、先程座っていた椅子に戻ると足を組み直して再び話し始めた。
今度は牧野の方を向いて。


「村の為に秘祭を執り行う牧野家──」


宮田はぽつりぽつりと、ゆっくりと向かう先を見定める様に話を始めた。


「村の為に異端を取り除く宮田家──」


そして足組みを解き、前に居る牧野を睨み付けるようにして口を開いた。


「結局はどちらも──人殺し、なんですよ」


その言葉を聞き、牧野の目は大きく見開かれた。

驚きというよりは悲しみに近いような眼差しだ。
それはまるで、自分が責められているかのような感覚に陥った。


しかし、宮田の言うことは正しいのだ。

この村は神代によって守られて来たと言っても過言ではない。
だからといって、それが許される訳では決してない。

牧野もそれは分かっているつもりだったが、いざ面と言われるとやはり辛いものがあった。

しかし、それでも牧野はこの村の求導師として生きていくしかない。
そうするしか道がない。

そう思い込む事で、牧野は自分の心を守っていた。


そして彼が漸く口を開けたのは、どれ程経った後であったろうか。


「み、宮田さん……それは、どう言う?」


その声は、牧野自身でも分かる位に震えていた。

そして自ずから首に掛けられている眞魚字架へと手が伸び、それを握り締めた。
この行為が、自分の心を落ち着かせる為だと理解していたからだ。

しかし、それは逆効果だった。

手に力が入れば入るだけ、心臓が高鳴る。
額には汗も滲んでいた。

そんな牧野の様子を見た宮田は、冷めた目で一点を見つめると再び口を開く。


「殺しを正当化されているだけなんですよ。生贄にしろ何にしろ」


まるで何かを確認するかのように。
しかしそれは牧野に対する問いではなく独り言のようでもあった。


「私は……」


牧野は俯きながら、絞り出すように声を出した。
その声は震えている。

宮田はそれを見ても何も言わない。

牧野が次の言葉を発しようとすると、それを遮るように宮田が口を開いた。


「精一杯足掻けば良いんですよ。どうせここからは逃れられないんです」


そして牧野が言いかけた事とは全く別の事を言った。


「直接的な行動はできなくとも、貴方のした行動が誰かの役に立つなんてこともあるんですよ」


牧野は一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに平常に戻り小さく微笑んだ。

それは諦めにも似た笑みであったかもしれない。

宮田は牧野が何を言おうとしたのか分かっていた。
牧野もまた彼が何を言っているのかを理解していた。

だからこそ牧野はそれ以上は何も語らず、ただ小さく相槌を打つだけだった。

牧野に背を向けた宮田の顔は見えはしなかったが、心に染みるような優しい響きを含んでいた。

牧野は目を閉じて小さく息を吐くと、宮田の言葉を反すうするように呟く。


「足掻き、ですか……。それも、いいかもしれませんね」


彼は彼なりに思うところがあったようだ。

宮田が振り向いた時には、牧野はいつもの笑顔に戻っていており、それを見た宮田は軽く会釈をして椅子から立ち上がる。

そして牧野の返事を聞くと、満足気に小さく笑っていた。



「さて、私はちょっと様子を見に回って来ます。待っていて下さい」








fin.




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