ヤンキー君と弱視ちゃん


「あ? 俺の目を借りるって……大丈夫なのかよ?」


「ああ。だから、こっちを向いてくれると嬉しい」


三上はそう言って、阿部の肩に手を置いた。
すると彼はゆっくりとこちらを向くと、そのまま目を閉じる。

どうやら、視界を共有しているようだ。


「そうか、先生は目が……あ、それにあの犬は?」


三上は目が悪く、盲導犬として大型犬を飼っていたはずだ。
テレビで見た時は毛並みも美しく、とても賢そうな顔つきの犬だったように思う。

「ツカサも居なくなった……阿部さんが居てくれて良かった」

三上は目を閉じたまま、静かに呟いた。

その言葉に、阿部は少しだけ胸を痛めていた。

確かに彼は三上のことをよく知らないし、助けたいと心の底から思っているわけでもなかった。
ただ、こんな状態の人を放っておけないという気持ちがあるだけだ。

もし自分が同じ立場になった時を考えると、他人事ではいられないのも、また事実であった。

いや、そもそも自分の境遇だって他人事ではないのだが。

(マジで、指名手配って何なんだよ……!)

しかしそれでも目の前で苦しんでいる人がいるなら、何かしてあげたいという感情はあるだろう。


そう考えながら彼の顔を見つめる。

長い睫毛が影を落とし、整った顔をより一層際立たせていた。
そして、唇にはあまり血色がなく、全体的に青白い印象を受ける。

今にも消えてしまいそうだと思った瞬間、思わず手を伸ばしてしまった。

しかし触れようとした寸前で躊躇する。
すると案の定、三上は不思議そうな表情を浮かべた。


「私の顔に、何か付いてるだろうか?」


首を傾げつつ尋ねられ、阿部は慌てて手を離す。
しまった、つい見惚れてしまっていたのだ。

恥ずかしさを隠すため、咄嵯に話題を変えることにした。

「はぁ。それにしても、本当にキリがねぇよなあ」

そう言いながら、視線を前に向けると、そこには相変わらず屍人の姿があった。
彼らは皆一様に虚ろな瞳をしており、まるで操り人形のように覚束ない足取りで、生前の行動を繰り返している。

「……これじゃ、死ぬのを待ってるようなもんじゃねぇかよ」

そう呟きながら歩いていると、三上が落ち着いた口調で口を開いた。

「すまないが、ゆっくり歩いてくれると有り難いのだが……」

言われてから気付いたが、先程よりも歩くペースが速くなっていることに気付いた。

どうやら無意識のうちに焦っていたらしい。

「ん? おぉ、悪ぃ……」

それならば仕方がないと思い、速度を落とすことにする。

どうやら周りの状況把握に一生懸命になりすぎていたようで、注意力が散漫になっていたようだ。

それから暫くの間、無言のまま歩いた後、再び三上が話しかけてきた。
それは意外な質問だった。


「やはり、足手まといだろうか?」


一瞬何を言われたのか理解できず、思考停止している間に三上は続けて言った。


「阿部さん一人だったら、こんなに手こずらないだろうに。私は、一人でも行けない事はないが……」


だがすぐに我に返り、返答をした。

「はあ? 何言ってんだよ、先生!」

そんなことは微塵も思っていないため、必死に否定する。

むしろ一緒に行動してくれていることに感謝しているくらいだ。
何故なら彼は、この世界でたった一人の味方なのだから。

最初は警戒していたが、今ではすっかり心を許していた。
だからこそ彼を置いて行くなんて選択肢はないのだ。

もしも置いて行ったとしたら、その時はきっと後悔することになるだろう。


「だったら、こうすりゃいいだろ?」


阿部はすかさず、三上の手を取ると歩き始めた。
繋いだ手のひらからは温もりを感じるものの、体温が低いせいかひんやりとしているように感じた。

「…………!」

三上は何が起きたのか分からないといった様子だったが、やがて状況を察したらしく、頬を赤らめ俯いてしまう。

その反応につられて、阿部の方まで照れ臭くなってきたようで、そっぽを向きながら歩いている。

「置いていくなんて事できるかよ。安全な所に行くまで、一緒に居なきゃな。それにこれなら、はぐれずに着いてこれるだろ?」

照れ隠しのために早口に捲し立てると、三上は小さく笑った。

「すまない、ありがとう」

その笑顔を見て、少しだけ鼓動が高まる。
この胸の高鳴りの意味を考えると、余計に混乱してしまいそうだ。

「別にお礼なんて。ほら、アレだよアレ……家に着くまでが遠足、みたいな感じ」

そう言うと、三上は再び微笑んだ。


「ふっ……本当に阿部さんと居ることができて良かった」


その表情に、またドキッとしてしまう。


(いかんいかん、落ち着け俺!)


動揺していることを悟られないよう、平静さを装うしかできなかった。





その繋がる手から伝わる柔らかな温もりは、これから何があっても消えない気がした。


どこまでも、二人で行けるような気がした。



決して離さないように、強く、強く握った。




(なぁ、俺と先生の恋愛小説なんて書いたらどうだ? ベストセラー間違いなしだろ!)

(・・・・・・。)

(い゙、痛ぇ! そんなに、手ぇ強く握んなって!!)




fin.

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なんかこの二人には、ほのぼのしてて欲しい。
このまま、Bed End?




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