プレゼントは瞳を閉じて


「うぅ……寒っ」

そう呟いた彼女の口からは白い息が立ち上ぼり、十二月の冷えた風に流されて掻き消されていく。
彼女は寒さに震える身体を両腕で抱きしめながら、ゆっくりと歩き始めた。

沈みかけた太陽が、もう少しで夜を呼ぶのが分かる。

山の端から上空へ、だんだんと青のグラデーションを濃くしていた。
その空を見上げると雲一つない快晴で、星々も輝き始めており、それは澄んだ空気のおかげでよく見える。

十二月下旬ともなれば寒さは厳しく、山から吹き荒ぶ風も相まって体感温度をより下げていった。

トレンチコートの袖から覗く手を擦り合わせて息を吹き掛け、暖を取ろうとするも暖かくなるのは一瞬で、すぐに冷えていく。


「今日は、クリスマスかぁ……」


しかし彼女の顔は、そんな寒さと反比例するように笑顔で歩く足取りも軽かった。


恋人と過ごす聖夜の日。

それは彼女にとって、特別な意味を持っていた。


そうして坂の上にある建物へと、足早に駆け上がって行く。


「七子さん、こんばんわ。もう来られたのですか? ゆっくりしてても良かったのに」


「だって、慶に早く会いたかったから」


七子と呼ばれた彼女は、真っ黒な法衣を着て村の教会の前を掃除している男──牧野慶へと返事を返す。

すると牧野は彼女の方を振り向き、ふわりとした笑みを浮かべていた。

「ありがとう。掃除も終わりましたし、中に入りましょうか」

「うん」

彼は箒を片付け、教会の入り口を開ける。
扉の向こうには蝋燭の柔らかな灯りに照らされた祭壇があり、長椅子がいくつか並んでいた。

牧野に続いて中に入れば、外とは打って変わって暖かい空間が広がっており、暖房器具により室内の温度は保たれているようだ。

「今日は、八尾さんは早々に切り上げてしまって居られないので貸し切りですよ」

「そうなんだ?」

「えぇ。なので、二人っきりですね」

牧野の言葉を聞き、彼女は頬を赤らめながらも嬉しさを隠しきれない様子だった。

そのまま二人は奥にある小さな部屋へと向かう。そこは牧師室であり、机や棚などが置かれていた。


「それにしても手が真っ赤ですよ。寒かったろうに」


伏し目がちに七子の手を取った牧野は、そのまま自分の手で彼女の手を包んだ。

彼の手はとても温かく感じられ、冷え切った手に熱を分け与えられるような感覚を覚える。

「慶……」

それが心地良くて、七子は彼の手の感触を楽しむかのように目を細めた。


しばらくお互い無言のままだったが、やがて牧野の方が口を開く。

「さあ、それじゃあ椅子に座ろうか」

手を繋がれたまま、その部屋の窓際に置かれた椅子の方へ腰掛けるように促された。


そして部屋の壁には彼の手作りであろうか、可愛らしいクリスマスリースが飾られており、とても丁寧に作られている事が窺える。

そしてテーブルの上に置かれていたのは小さなホールケーキで、生クリームがたっぷり乗せられたデコレーションケーキである。

他にも、チキンレッグやポテトサラダなどの料理が置かれており、どれも美味しそうだ。

「うわぁ、美味しそう! もう準備できてたの? 慶の方こそゆっくりで良かったのに」

「来て貰うんですから、これくらいはしますよ」

「ふふ、ありがとうね!」

嬉しくて仕方がないのか、七子は無邪気な笑顔を見せる。

そんな彼女を見ていると牧野もつられて笑い出し、二人で笑い合う。



そうして楽しい時間は過ぎていき、食事を終えた頃にはすっかり夜になっていた。

この教会は村の中でも高台に位置しているため、窓から見える景色は非常に綺麗で、街の方ではなかなか見られない満天の星空が広がっている。

それを眺めながら牧野と七子は、他愛もない会話をしながら過ごしていた。


「そうだ、七子にプレゼントもあるんですよ」


するとそう言って牧野はそっと立ち上がると、部屋の隅に置いてあった袋を手に取る。

「ほんと? ありがとう」

それはクリスマスプレゼントのようで、彼からの贈り物だと分かると七子の胸の鼓動は大きく高鳴った。

彼はそれを持って戻ってくると、袋の中からピンク色の小さな可愛らしい箱を取り出した。


「七子さん、目を閉じてて……」


「え? あ、うん」


「僕が良いと言うまで、絶対に目を開けちゃだめですよ?」


言われた通りに瞼を閉じると、視界は完全に暗闇に包まれる。

そんな中で、彼がこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。

(どうしよう、すごくドキドキする……)

何が起こるのだろうかと期待と不安が入り混じりながら待っていると、左手に少しいつもと違う様な違和感を覚えた。

(これって、まさか? でもそんなこと……)

そうして薬指の付け根に何かが嵌められたのを感じ、思わず声が出そうになるのを堪えていた。


「良いですよ。開けてください」


そして違和感のあった左手に目を向けると、そこには銀色に輝くリングがあったのだ。


「……慶! これ!」


それは紛れもなく婚約指輪であり、その事実を認識すると同時に、驚きの声を上げる。


「聖なる夜ですからね。今日くらい、私も大丈夫でしょう?」


しかし、その言葉とは裏腹に心の中では喜びの感情が強く湧き上がっていた。

牧野は七子の反応を見て満足したらしく、優しく微笑んでいる。


「結婚しましょう。七子さん」


彼のプロポーズの言葉を聞いて、七子は溢れ出る涙を止めることが出来なかった。


その返事は勿論決まっている。

彼女は溢れる気持ちを抑えきれずに牧野へと抱きついて、そして耳元で囁く。


「はい、喜んで……!」


すると牧野も彼女の身体を抱きしめ返し、二人はそのまま見つめ合うと唇を重ねた。


そして唇が離れた後もお互いを慈しむように、暖かさを確かめるように抱き締め合っていた。


「愛してます、七子。ずっと傍に居てください」


「うん、ずっと居る。愛してるよ、慶」




慶の腰に回る七子の左手の薬指には、婚約指輪のダイヤモンドが蝋燭の仄かな明かりに照らされて煌めいていた。





「慶、見て! 雪だよ、雪!」


「ホワイトクリスマスですね」


「だねぇ……慶、今日は本当に良い思い出をありがとう」


「いえいえ。これからも楽しい思い出をたくさん作りましょうね」


「うん!」




fin.




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