追い追われ、知られる
日本でのあの一件からちょうど一年を過ぎた頃だっただろうか。その任務は唐突にスティーブンによって言い渡された。
「え、私が行くの?」
「そうだ、他のメンバーは忙しいし朔ならこの米花町の地理も把握しているだろう?」
「まぁ、そうだけど…」
HLで蔓延していた異界(ビヨンド)産の薬がHL外に持ち出された、という内容であった。持ち出した主犯が滞在しているといわれているのが例の米花町。そもそも、以前もこのような事件があったような気がしていたのだが、またなのか。どうもその管理の緩さに眉を顰める。
「ただの持ち出しなら朔に頼まなかったかもしれないが…どうやら一年前朔に退治してもらった血界の眷属、えーえっと、スプモーニだったか?あれに転化させられた元人間、といっても屍喰らい(グール)じゃない方のが関係しているらしくてな…」
「なるほど、それで私にお鉢が…」
ま、頼むよ…といったスティーブンの背を睨んでしまった私は悪くないはずだ。屍喰らいではない、つまり元人間の血界の眷属への完全な転化のことを指している。そういえば、前回の件でも彼女に転化させられた血界の眷属が居たっけ。あれは転化して然程時間が経っていなかったのか、あっさりと倒すことが出来たがスプモーニを封印してからの時間経過を考えれば純粋な?血界の眷属と力は変わらないのではないだろうか。となれば、私がまた瀕死な状態になるわけで。
「もう二度と来ることはないと思っていたんだけどなぁ…」
米花町駅でそうぼやけば、不意に背後から肩をトントンと叩かれびっくりして前へ飛び跳ねた。気配を全く感じなかった…新手か!?と振り向けばそこに居たのは見知らぬ眼鏡をかけた優男で。
「なんですか、」
「いえ、困っていらっしゃるようでしたので…」
いや、だが肩を触れられる前に懐かしいプレッシャーを感じたが、もしかしてこの人は。
「あなた、赤井秀一さんですね?」
「…よく分かりましたね。どうですか、うちで紅茶でも。」
その言葉にこくり、と頷いた。
意図的に接触してきたのか分からないが、彼はFBIに属しているのだから今回の異界産の薬についての情報を持っている可能性は十分ある。案内された家の表札に工藤と掛けられているのに小首を傾げれば、借りてるんです、と言われた。
「この姿の時は沖矢昴と名乗っているのでそちらでお願いします。」
「なんだか、ややこしいですね。いや、でも赤井さんって死んだことになってるんですっけ?なら偽装は仕方ないですよねぇ」
テーブルに出された紅茶に口をつけそう言いながら、相手を見れば首元に巻かれた黒いうどんのようなチョーカーに触れていた。その行動を不思議に思いながら話題を切り出せば、返された声は先ほどまでては違うものだったから驚いた。
「えーっと、では赤井さん。異界産の薬がこちらの世界で出回っていることをご存知ですか?」
「あぁ。アメリカを起点として、広範囲に広がっていたようだな。もっとも、俺は薬のシンジゲートを追ってる訳ではないから詳しいことは知らないが、君が来たということはやはり日本に移っているのか。」
「……さすがですね、その通りです。」
「日本でならば麻取が追っている可能性があるんじゃないか?」
その言葉に考え込む。たしか、麻取って確か管轄が厚生労働省じゃなかったっけ…
「ただの薬ではないので日本でどの部署が掴んでいるのかは分かりませんが…きっとその情報は掴んでるんでしょうね」
FBIも知ってるようですし、と続けて言った。組織的な犯罪であることとその薬の危険性からそれこそ彼が所属している公安が絡んでくる可能性もなくはない。そうなると、どう考えても状況は悪くなるはずだ。問題は日本側がどこまで情報を掴んでいるか、だ。牙狩り日本支部にはもちろん今回の件は伝達されており、拠点が日本に移った事実を知ることが出来たのも彼らのおかげである。下手に突っついてメンバーの一部を取り逃がす、という失態は避けたく、一網打尽にしたいところだがそのために必要な人員が足りないのが現状だ。日本支部の彼らは彼らで仕事が多いために頼むことは難しいし、頼めたとしても彼らの中にいる血法使いはほんの一握り。ダメ元でスティーブンに増援要請をしておいた。希望は薄いけど。
◆
で、それから一週間ぐらい経った頃だろうか?日本支部からとんでもない知らせを受け取った。どうやら、公安が今夜その薬の取り引き現場を抑えようとしているらしいのだ…どうしてそうなった。私が現場に着くまでに彼らが行動を動かさないことを祈ったが、その儚い願いは叶わず、まるで蜂の巣を突いたような戦闘状況が目の前で繰り広げられている状態に介入する最悪の結果となった。暗やみが広がる湾岸部の倉庫街の道で、照らすのは僅かな街灯と月明りのみで、被害状況が分かり辛かった。今にも倒れそうな満身創痍な状態で戦っているのは報告を上げた日本支部の牙狩りなのだろう。日本支部からも応援が来る手筈になっているが、まだ来なそうである。
不幸中の幸いだったのは、まだ血界の眷属が現場から居なくなっていなかっただろうか。鏡で確認して見えないモノとグールが多数。前線にいきなり出て戦うというのは私の戦闘スタイル的に厳しいので、戦っている牙狩りには悪いが暗やみに紛れて狙撃をさせて貰うこととしよう。愛銃である鉄乙女砲を召喚し、近くの倉庫二階から屍喰らいを狙っていく。的確に急所を狙ってるので、というか屍喰らいは血界の眷属に比べれば強度は遥かに低いので倒れていく。そうして数を減らしていると不意に気配を感じた為、愛銃をそのままに懐から拳銃を出して構えれば懐かしい顔がそこにあった。
「……バーボン、いや今は降谷さんとしてかな?」
「久しぶりだな、朔」
「ということは。降谷さんの部下の方々なんですか?」
「…あぁ。」
なんということだろうか。こうも偶然が重なると薄ら寒いものを感じざるを得ない。
「なら、今すぐ部下を退去させてください。今は日本支部の牙狩りの方があいつらの気を引いて下さってますから、まだ被害が少ないですけど…」
とそこまで言ったところで降谷さんの「危ない!」という声、ガラスの割れる音と共に体が宙に投げ出された。何かが私の胴に絡みついていた。咄嗟に手にしていた拳銃をそれに打ち込めば、それは体から離れたが重力に従って私は落ちてゆく。そんな私の視界に入るのは驚いた降谷さんの顔だった。「逃げて」と口を動かせば、その動きを見て彼は眉を顰めたのが分かった。そこから体勢を立て直し、一回転したのちに着地した。一連の流れはほんの数秒の出来事であったが、やけにゆっくりと時が流れたように感じた。
「大丈夫か!?」
声を掛け、私を後ろに庇ってくれたのは先程から前線で戦っていた日本支部の牙狩りであった。その言葉に小さく頷いた。
「あんたが援護してくれてたんだろ?助かったぜ。」
「大きな手助けが出来なくてごめんなさい。私は狙撃がメインだからこうも前に連れてこられてしまうと戦う術があまりなくて。」
「だろうな、だがあんたが雑魚を倒したからあとはあの親玉一体だ。」
前を見据え、そういう男につられ顔を上げれば血界の眷属がこちらに舐めるような視線を向けていた。今、手元には通常の拳銃しかなく、これでヤツを倒すことは出来ない。かといって、こんな前線で召喚陣を呑気に書く訳にはいかず。途方に暮れていれば「大蛇薙!」という聞き覚えがある声と共に斬撃が飛んできた。
「……ったく、手間をかけさせやがって。」
「大丈夫ですか、朔さん!」
驚き、後ろへとゆっくり振り返れば馴染みある二人が煙が立ち込める中に悠然と立っていた。
「ザップにツェッド…助かったわ。」
どうやら、スティーブンはちゃんと援軍を寄越してくれたようである。
「あとは任せておけ、クソ女。」
二人は日本の牙狩りの前に出ると血を媒介にした武器を構えた。あの二人が来てくれれば、これ以上被害が広がることもないだろう。安心して戦う様子を見ていると爆音に混じりながら不意に名前を呼ばれた。
「朔、これはお前にとって必要なんだろ?」
降谷さんが引きずりながらも私の相棒を持ってきてくれていた。確かに、私の相棒は普通に鍛練をしているぐらいで持てるものではないぐらい重い。常時魔法円に魔力を流したまま扱うことでその重さを無いものとしている。
「ありがとう、ございます。私もこれで彼らの援護が出来ます。」
そう言い、ちらと顔色を伺うが此処から退くつもりはないようである。相変わらず変わらないなぁ、と思いながら呪を一つ二つと紡いだ。降谷さんに怪我をさせる訳にはいかないし、私もここから援護をするつもりでいるから自分達の周りに結界を張ったのだ。呪を紡いだ瞬間に私を起点に白いベールが周りに包み込む。この結界一部改造しているため、従来の固定型と違い自分が動くとついてくるのだ。
「結界を張ったので、私から離れないでください。」
「あぁ、分かった。」
頷く彼を横目に私は援護射撃をしていく。
◆
ツェッドとザップのおかげで、無事に血界の眷属はバラバラになり、私がそれを瓶に詰めて封印した。2人がそれを一足先にクラウスの元に持って行くことになった。屍喰らいを除く、まだちゃんと人間である者たちは日本の公安警察のお縄になった。また、日本支部の牙狩りも通常業務へと戻って行った。その一方で、私は降谷さんと向き合って座っている。今回の一連の事件の流れを話す必要があったからだ。流石に、前回の時とは違い、あからさまに見られている上にライブラの面々もドンパチやってしまっているために、言い逃れは難しく、観念して全てを話すことにしたのだ。さすがに、あの惨状を見て非現実的だとかいったことは言われ、否定されることはなかった。
「これで納得がいった。スプモーニもバケモノだったというわけか。」
納得がいった、という顔をする彼は今降谷零として私の前に座しているために、普段見慣れぬスーツ姿である。取調室であるのに大人しく座している私を褒めてほしい。何か色々と考えを巡らせる彼を傍目に私は顎を付きながらその様子を眺めていた。
「で、お前は本当はどこの組織の人間なんだ?」
その言葉にきょとん、とした。そうか、以前はCIAの依頼が前提だったから有耶無耶にしたまま逃げ出したのであった。
「ヘルサレムズ・ロットから世界の均衡を守るために結成された秘密結社……ライブラの人間ですよ。元々は先ほど協力頂いた牙狩りに所属していましたが、大崩落後に異動になりましたから。降谷さんのことですから、言いふらしたりはしないと思いますが、一応秘密結社なので内密にお願いしますね。」
カバンから手帳を出し、そこにスマホの連絡先をサラサラと記す。
「もし、また似たような怪奇現象に出会うことがあったら、遠慮なくご連絡をお願いします。」
ページから破り、彼の目の前に置いた。そう言い、もう話すことは話したし、早く帰ろうと私は部屋を後にしようとしたが、扉が開かない。後ろを振り向けば口角を上げた降谷さんが足を組み、此方を見て居た。
「今回の一件だけではなく、黒の組織に関して貴方が持っている情報を教えて欲しいので、残念ながらまだ帰せませんよ。」
「……左様ですか。」
その話し方は正しく、組織の探り屋バーボンの姿であった。なんで、二人を先に帰らせてしまったのだろうか、と後悔しかない。私は無事にHLに戻れるのだろうか…ただ、その一点のみが不安である。
それから数ヶ月以内に黒の組織が壊滅に追い込まれたのは、また別の話。
あとがき◆・◆・◆・◆
10月末に前サイトでリクエストを頂き、ようやく掲載出来る形になりました。「安室さんに色々赤裸々にHLのあれこれ」というリクエストでしたが、如何でしたでしょうか?ザップとツェッドがHLから出ることが出来ないという(病院の治療法のおかげで)設定があった気がしたのですが、あれは公式だったのか二次だったのか忘れてしまったので、今回は二人に助けて貰いました。黒の組織が崩壊した原因が主人公が喚んだナニカだったたりして、と考えるのは面白かったです。この度はリクエストありがとうございました!
2017.5.20 拝
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