サイレント・エンカウント
せっかくの有給の後半も結局はレベルEの足跡を追うことに使われることになってしまった。高いビルの屋上で下を眺めながら己の牙を手首に穿った。溢れ出す血液が徐々に燕の形を成していく。
「ゆけ。」
羽ばたく燕達を見ながら手首の血を舐めた。そのあと、ポケットからタブレットケースを取り出し、中から血液錠剤を取り出し口に放り込む。
あの燕はいわば私の分身である。HLはそれほど大きな町ではないが、自身で探すにはあまりにも多くの種族が存在しすぎて骨が折れる。ただでさえ、異界の影響で穏やかではない気配もするのだから。分身であるからその視界は共有することが出来る。目を瞑り燕達の視界から特有の気配を探す。どれだけの時間そうしていたのだろうか…
「……見つけた。」
風体は人間である元人間は路地裏で女性を襲おうとしていた。吸血鬼の血の好みはそれぞれだが、人間の若い女性の血を好むことが多い。レベルEは理性がなく、際限なく吸血されるため対象は失血死する可能性が高い。急いで現場へ向かったつもりだったが着いた時には女性の姿はなく、見覚えのある男と風に舞い散る灰が目に入った。
「…お前は、」
向こうもこちらにすぐ気付いたようで、ご丁寧に銃口まで突きつけてくれている。さすが吸血鬼ハンターというべき瞬発力か。
「お久しぶりです、鷹宮先生?レベルEを粛清してくれたようで感謝します。」
「お前たちの尻脱ぐいをさせられるこっちの身になってほしいものだ。」
その言葉に曖昧に微笑んだ。
私も誰だか知らないがレベルEを野放しにした純血種に物言いたい気分だったというのに。吸血鬼ハンターは吸血鬼の気配にとても敏感だ。それは、彼らの祖先が私たちの祖先である始祖の一人肉を食らったから。だから彼ら吸血鬼ハンターは私達に対抗する力と武器を得た。同時にその血に流れる力が本能的に吸血鬼を敵視する。目の前に居る鷹宮海斗という男もある意味そんな血に縛られた人間だ。に、してもハンターがHL入りしていたとは。
「…HLで複数のレベルEの目撃情報が入っている。お前が増やしたのか?」
「……まさか。最近は血液錠剤しか食べていませんよ?」
じゃらり、と先ほどのタブレットケースを見せつけた。つまり、誰か私以外の純血種が此処に居るか、外から浸入したか。前者に関してはあり得ない、と断言したいとこだがこの普通ではない街で断言出来る方がおかしいのだ。
「協会としてはどういう方針を?」
「此処にいるレベルEは全て粛清するまで帰ってくるな、と言われた。」
その言葉に思案する。
ハンターを一人HLに常住でもさせる気なのか、はたまた文字通りの意味なのか計りかねる。
「私のことを上に報告するつもりがないなら手を組まないかしら?」
その方が早いでしょう、 そう言葉を畳み掛けると発砲音共に頬を血がつたった。頬を伝う血を手の甲で拭った。そこに傷は既にない。
「お前と組むなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。」
「……そう、残念ね。」
さして期待はしていなかったが。この男は己の手でLevel:Eに堕ちた自身の兄を粛清しているのだ。そして彼の可愛い弟弟子は私の叔母にあたる閑が吸血鬼にしたとなれば、純血種への怨みもひと塩だろう。だが、今の言葉で一つ分かったことがある。此処には複数のLevel:Eが存在していると。
「じゃあ、私は他を探すことにするわ。精々この街に殺されないようにするのね。」
一言そういい、その場を後にした。あの様子だと上には報告しないかもしれない。有給はあと2日。その間にカタをつけることが出来るだろうか。
◆
ライブラのリーダーであるその人が何やら悩まし気に開いた手紙を見ていた。それはライブラの母体となる牙狩り本部からのものだったが、問題はそこではない。この街に理性のない吸血鬼が紛れ込んだ、という内容だった。悩んだ挙句、副官である彼に相談することにした。
「スティーブン、これを。」
渡された手紙を見れば差出人が牙狩り本部からであることに眉を寄せる。また、何か無理難題を押し付けてきてクラウスが困った顔をしたのではないか、と内容を読めばそれは予想通りというべきか…斜め上をいくと言うべきか。
「血界の眷属とは違う吸血鬼か…」
牙狩りの討伐対象が血界の眷属に対し、吸血鬼に対しては吸血鬼ハンターと呼ばれる人間の領分だ。どちらも総称するのであれば吸血鬼ハンターではあるのだが、各自が対象とする化け物も倒す方法も違う。だから、お互いにお互いの領分に踏み入らないようにしていたのだが。まさか、その吸血鬼がこのHLに理性をなくして居るとは。
「クラウスはどうしたいんだい?」
「無論、我々は世界の均衡を保たなければならない。それが領分外だろうと」
我らがリーダーならそう言うと思っていたよ、と一人心地に小さく呟いたあとチェインを呼んで指示を出した。彼女、サクのことも未だに詳細は掴めていないがこちらの案件のが優先度は明らかに高い。
その二つの案件が実は繋がっているなどとは知らずに。
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