06
イミルこと、イズミル王子の知識の吸収の速さは若き頃のラバルナに劣らぬものがあった。何に対しても興味を持ち、追求しようとするその姿勢はある意味学者に向いてるのかもしれない。そんな姿をクマルも私も暖かい眼差しで見守っていた。
知識を得ることは確かに有意義ではあるが、身体を動かさないとナマクラになってしまうので毎朝の素振りはこの世界に来てから、かかさず行っていた。愛剣であるシャムシール・エ・ゾモロドネガルを振っていると、イズミルが現れた。
「レイは女子なのに剣を扱えるのか?」
「まあね。」
「ならば、わたしに稽古をつけてくれないか…」
「……基礎だけなら。私の戦い方はイズミルには向かないわ。」
魔剣の扱い方、というのはそもそも魔剣に宿る力を使う前提のものである。基礎となるのは勿論、一般的な剣術と同じだがそこから各魔剣によって扱い方が違うため仔細に分類されていく。だからこそ、魔剣なんてものを持っていない彼にその戦闘スタイルを学ばせる、なんてことは出来なかった。ということを勿論本人に言うつもりはないが。
「構わない。それにしても、その剣はとても綺麗な緑色の装飾が散りばめられているのだな。まるでレイの瞳の色だ。」
その言葉に何処か既視感を覚え固まる。誰かに似ている、と思ったがライアンに似ていることに思いあたると思わず笑ってしまった…その様子にイズミルが不思議そうにこちらを見ている。年齢に合わぬ聡明さを持っているが、まだ子供だ。ライアンに会ったのも随分と昔に感じるほど、私はこの時代で過ごしていた。
「イズミルがあまりにも幼馴染みに似ていたから、つい。じゃあ、とりあえず木の棒で型の練習からしようか。」
良さそうな長さの木の棒を適当に拾って渡した。やはり、というか文武両道だったらしいイズミルの型の習得は早かった。それを教える側としては嬉しく思うと同時に複雑に思う。まだ幼いこの子が戦う力を得る、ということはそういった状況に陥った場合に迷いなく判断する…ということだ。私とて悪魔を倒すために磨いたこの力を同じ人間に振るうことになるとは思っていなかった、と後悔したことだってあった。
「レイの使う剣は鉄、なのか…?」
「…そうね。」
「すごい綺麗な刀身だ…」
その言葉にこの時代はまだ鉄が一般的ではなかったのか…ということに思い当たる。確か、青銅器が一般的だったのか…?だとしたらこの純度が高い魔剣の刀身は比べ物がないくらい綺麗に見えるのかもしれない。
そんな日々を過ごしながら一年の月日が流れようとしていた。
「首都のハットゥシャでは、ヒッタイト王の甥ジダンタシュが王の世継ぎと定まったみたいよ?そろそろ行動を起こすべきなんじゃないかしら、イズミル王子。」
「…レイのストラスを借りても良いか?」
「もちろん。」
一年を過ごす間に少しは性格が丸くなって可愛げが出てきた。最初助けた頃は完全に人間不信に陥っていたから、すごい進歩である。と、同時に王家に戻ったらまた探り合いの世界に戻るのかと思うと可哀想でもあるのだが。
それからストラスがヒッタイト王のもとに王子からの無事を知らせる手紙を届け、半信半疑の王と王妃の命を受けてエルジャスの山奥に客人が来た。
「おお、まさにーーイズミル王子!よくぞよくご無事で〜〜」
その様子から、どれだけ王子が慕われていたかが伺える。イズミル王子も満更ではなく、再会出来たことが嬉しいのだろう。
「どうぞ、すぐに王宮へお帰りくださいませ王子。夢ではないかと半信半疑で待っておられる王と王妃は、どれほどお喜びになりましょう。」
「さぁ、王子よ、お帰りくだされい!おおせのとおりに、ひそかに兵を配置し準備おいたしましたなれば、いつでも王子がお帰りくだされるよう皆!お待ちいたしており申す。」
「うん…」
王子に進言する二人を眺める。前者の女性がイズミルが言っていた乳母であるムーラなのだろう。そして、後者が将軍か…ひそかに配置した兵というのは先日、イズミルが相談に来た裏切りもの包囲網のことだろう。しかし、あの包囲網は他に裏切り者が居なかった場合に真の効果を発揮するものである。きっと、王宮内にも事情を知りながら裏切っているものがいるのだろう。イズミルの行く先が不安ではあるが、懐から短剣を渡した。
「イズミル、餞別にこれを。」
「これは…!」
さすがに魔剣を渡すことは出来ないが、純度の高い短剣をザガンに錬成して貰った。そしてイズミルのことを気に入っているストラスの加護が掛かっている。悪魔が加護っていうのもあれだけど。いざとなったら助けてくれるだろう。
「ありがとう、レイ!」
「喜んで貰えて良かったわ。」
渡した後、ラバルナの後ろに控えれば先ほどの二人の視線を感じた。やはり、珍しい髪色が気になるのか。それともイズミル王子に懐かれているのが気に入らなかったのか。
「ラバルナ師、わたしはあなたからたくさんのものを学んだ。もっともっと師の教えを受けたかった。師のもとで学問をしたかったのです。」
「王子よ……人にはそれぞれ道がありする。もっと学びたいのならレイを連れてかれるが良い。」
ラバルナのその言葉に私は固まった。私を連れて行く?ハットゥシャに?なぜ、いまさら…
「レイ、お前の探し人は近いうちに現れるんだろう?少なくとも、私達が共に過ごした時間よりは短い時間で見つかるはずだ。ならば、王子の側に居ればいい。レイはそれだけの叡智を持つ者なのだから。」
その言葉に眉を寄せた。叡智、か。あまりにも的を得ていてその言葉に反論出来なかった。この胸元にある痣の紋章は文字通り”ソロモンの知恵”を宿している。この知恵と悪魔を下すことが出来る血が揃うことによってソロモンを継ぐ者となる……らしいのだ。自覚はないが。
「私は、レイが共に来てくれるならばとても嬉しく思う。」
そう言い、何処か期待を寄せたイズミルの視線にたじろぐ。こういう表情には弱いというのに…困り果てて、ヒッタイトから来た人々の方を見れば何処か微笑ましそうに見ているではないか。
「……分かった、貴方に着いてく。」
こうしてハットゥシャに向かうことになったのだった。
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