そこに存在するもの
夏休みに入り、いつも通り家に帰った。
「おかえりなさいませ!ラミア様!」
「おかえり、ラミア」
変わらない2人に少し安心しながら、懐かしい家に入る。ロンドンの山奥に佇むこの屋敷は先代セルウィン当主が立てたもので、恐ろしく広い。純血の貴族だけある。ただ、住んでいるの私を入れてたったの3人。サッティが優秀なため汚れが目立つようなことはないが、ほとんどの部屋は使っていない。
「お茶をどうぞ、ラミア様」
「ありがと、サッティ」
相変わらずのキーキー声だが、サッティの声は嫌ではない。久しぶりに飲んだ彼女の紅茶は変わらず美味しかった。
「学校はどうでしたか? ラミア」
「ああ、あのハリー・ポッターが入学したよ」
「ああ、そういえばそうでしたね」
彼は一瞬驚いたようだが、相変わらずの対応能力である。だが、私は彼にどうしても言いたいことがあった。
「敬語は抜けない?一応同い年なんだけど」
「何を今更。そんなのずっとじゃないですか」
「まあ、そうだけど…」
彼は私の親族ではないが、訳あって十年以上も前からこの屋敷に住んでいる。レジナルドという仮名を使って数年前から仕事をするようにもなった。しかし誰にも素性を明かしてはならないが。
彼と初めに出会ったのはまだ私たちが入学する時のホグワーツ特急の中でだ。しかし、彼はそれを覚えてはいない。それでも彼がこの屋敷で暮らすのはそれなりの理由があるのだ。
「つけてくれてるんですね、バレッタ」
レジナルドは突然言った。私は昨年のクリスマスに彼からもらったバレッタを毎日のようにつけていた。
「せっかく貰ったんだからつけないと。」
「ありがとう」
彼は自然に私の頭を撫でた。時折抱く彼からの違和感は、まだしばらくそのままなのだろう。私はその手に少し安心した。
「ダイアゴン横丁に行こうと思うんだけど、レジーも行く?」
「ご一緒してもいいですか?」
「当然」
二人で出かけるのはとても久しぶりだ。レジナルドはローブのフードを深くかぶって顔を隠している。そこまでしなくても誰も気がつかないよと言ったが、彼は聞かなかった。しかし道すがら出会ったのは予想外の人物だった。
「……ルシウスさん、お久しぶりです」
「元気だったか?ラミア」
一番会いたくなかった人物だった。
「隣にいるのは?」
「あ、えっと、従兄のレジナルドといいます。人見知りで…」
レジーは腰が完全に引けていて、話をできる状況ではない。私は軽く話をしたのち、適当な理由を見つけてそこから退散した。
様々買い物を済ませて、次へ向かう。私は新しい本を買いに書店へ向かった。
「ラミア!」
「アーサーにモリー!久しぶりです!」
「そうね、元気だった?」
「おかげさまで」
声をかけてきたのは、騎士団にいたころの知人、アーサー・ウィーズリーとモリー・ウィーズリーだ。ちなみにレジナルドはすでに人混みに紛れた。これ以上人には会いたくないらしい。
アーサー達の後ろから、ハリー、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、そしてもう1人赤毛の女の子が出てきた。この再会を驚いていたのは子供達だった。
「ママもパパもセルウィン先生と知り合いなの!?」
そう叫んだのはロナルド・ウィーズリー。
「Mr.ウィーズリー。何年も前にお世話になったんです。それにこれでもあなたの兄は全員私の授業を受けているんですよ」
「それもそうか。でも先生はどうしてここに?」
「ギルデロイ・ロックハートのサイン会に来たんですか?」
グレンジャーの問いに首を傾げる。ロックハート?
「誰ですか?それ」
素直に聞けば、皆が目を見開く。ただハリーだけは違ったが。
「この本の著者です。今年の闇の魔術に対する防衛術の教科書が、この人の本なんです。」
ハリーはたくさん抱えていた本の一冊を私に渡す。
「〈泣き妖怪バンシーとのナウな休日〉? 変な名前。この人は人気なんですか?」
「そうなの! すごくハンサムだと思うわ」
その後モリーの延々としたロックハート話が続いたが、ハリーは慣れているらしく聞き流したまま私に尋ねた。
「じゃあ、ロックハートのサイン会に来たわけじゃないんですね」
「ええ。ただ単に本を見に来たんですよ、ハリー。連れは何処かへ行ってしまいましたけど。」
「連れ?」
私は少し周りを見回す。彼はそんなに背が高くないから見つからないかも、と思ったがあのフードはとても目立つ。しかし完全に顔は隠れていた。
「あ、あのフードです。」
「え…………」
レジナルドはこちらに気づいたようで小さく会釈をして、また雑踏の中へ消えた。しかし顔は全く見えない。
「ラミア!」
「も、モリー?」
急にモリーが声をあげたと思えば、すごい勢いで詰め寄られた。
「今の人、男よね!?どういう関係なの!?」
「え、あ、従兄です!従兄」
先ほどルシウスの時にも使った嘘をここでも吐くことになるとは。
「何年か前から一緒に住んでるんです」
「一緒に!?二人っきりで!?」
「いえ、屋敷しもべがいます。はい」
「落ち着きなさい、モリー。人のプライバシーにそう立ち入るものではないよ」
「そ、それもそうね」
すごい剣幕だった。
「名前はなんていうんだい?」
「え…。ああ、彼はレジナルドです。」
「ファミリーネームは?」
「ファミリー…!」
困った、非常に困った。確か働く時用にファミリーネームはあったはずだが、如何せん覚えていない。どう誤魔化そうかと思案すると、後ろから声がかかった。
「アークライトといいます」
「レジー!」
彼は私の肩にポンと手を置くと、礼儀正しく言った。
「私の従妹がお世話になっています。レジナルド・アークライトといいます」
「そ、そんなかしこまらなくても…」
「私はアーサー・ウィーズリー。妻のモリーと子供のロンとジニー。ロンの友人のハリーとハーマイオニーだ」
アーサーは丁寧に一人一人視線を向けて紹介した。レジナルドの顔はやはり隠れているが。
「申し訳ありませんが、この後ラミアと私は寄らなければならないところがあるので…」
「れ、レジー!?」
「引き留めて悪かったね。また会おう。」
レジナルドが私の腕を掴んで引きずって行く。私はどうにか腕を解くとハリーを呼ぶ。
「ハリー。新学期になったら少し時間をとれませんか?話したいことがあるので。」
ハリーは驚いているようだ。
「一人でなくても構いません。そちらの二人も一緒に。」
「は、はい!わかりました」
「詳細はフクロウ便を出しますから。それでは新学期に」
私とレジナルドはその場を後にした。
「ありがとう、レジー」
「いえいえ、僕もきちんと言っておけばよかったんですから」
本当に助かった。今度こそ覚えておかなければ。
「そういえば、仕事は順調?」
レジナルドは魔法薬の研究機関で働いている。基本的には家で調合して、月に一度ほどしか出勤しないようだが。
「問題はないですね。もう五年ですし、少しずつ貯金もできてますし」
彼は笑顔だ。よかったと呟けば、彼はまた私の頭を撫でる。
「全てあなたのおかげですよ」
「……そんなことない。レジーががんばったからだよ」
私たちの間にモリーさんが考えるような関係はない。私たちの愛は恋愛ではなく友愛や家族愛に限りなく近い。だから安心するのだ。