モブスタッフが出ます

「人気急上昇中!公私共に仲良し!綾薙コンビ廉くん&名前ちゃん……」

 読み上げたのは見本誌を貰ったばかりの雑誌のインタビューページの見出し。お互いにモデルの仕事をしていて、綾薙学園に通っているということもあり、最近は撮影のみならず、今見ている特集ページも例にもれず一緒に仕事をすることが増えている。仕事中には見せない不機嫌な顔を露骨に見せる廉に雑誌を差し出せば、「貰った」一言で制される。

「廉の方が名前先に載ってる」
「ソコかよ。この雑誌からしたら名前が身内みたいなもんなんだからフツーそうだろ」
「そうなの!?」
「そんなことより何が公私共に仲良しだ?ヘンな書き方しやがって、有罪」

 廉はこういった偏向報道というか、事実の曲がったことが嫌いだ。確かに友達だとかではなく、わたしと廉は仕事仲間であり、それは他の同業の子達と何一つ変わりない。ただ、先の理由とそれに便乗する事務所の方針でここしばらくは男女ペアの撮影なんかはほとんど廉と組まされている。
 それは今日も変わらずに、まだまだ暑い中、冬に出る同誌のクリスマス周辺の着回しをストーリー仕立てで、という撮影の最中だ。気持ちが先に行くにつれ高まるようにと、プレゼントのためにバイトを探しまくるカットや、ケーキ作りに勤しむカット、友達と当日の服をショッピングしに行くカット、大本山に向けて撮影を進めて行った。ただその大本山は最後に、ということで先に初詣の約束まで済ませたところだった。

「ていうか廉いつ読んだの?わたしさっき貰ったんだけど」
「だからお前は身内みたいなもんだから今日でいいと思われたんだろ、先に送られてきたんだよ事務所に」
「なにそれ見せてよ!」
「知らねぇよ、同時に貰ってねえのなんか」

 はあ、と廉がため息をつくと準備が出来たとメイクさんからの声がかかる。
 「オラ、行くぞ」とそそくさと立ち上がる廉を追いかけて隣の部屋に移る。メイクさんからは先にヘアとメイクやってから着替えようねと言われて、返事をする。どうやら廉も同じなようで一つ空けの隣の椅子に座っている。

「名前ちゃんと廉くん、ホントに仲いいよね、控え室いつも楽しそう」

 ベースを整えながら笑って言われ、「うるさかったですか、ごめんなさい」そう伝えれば、そうじゃなくて自然な表情が出てていい写真が撮れるのだと言う。「褒められるの嬉しいです、廉のおかげなのが悔しいけど」と冗談混じりに伝えれば、もちろんやり取りが聞こえているだろう廉から売り込みとも煽りともとれる茶々が入る。

「ハハ、俺はそいつとじゃなくてもやれますよ」

 なにをう、と顔を顰めると対照的にメイクさんは笑っていて「廉くんが単独でウチ来てくれても嬉しいけど名前ちゃん寂しがっちゃうからなあ」わたしが「寂しくないです!」反論しても、はい、次リップだからちょっとしーね、と強制的に噤まされる。が、次に続く言葉にわたしは口を開かざるを得なくなる。

「フリだけど、リアルならギトギトした唇にキスするの抵抗あるだろうから控えめにしとくね」
「えっ」

 誰からも求めた回答がなく、えっえっと繰り返していると、わたしに付いているメイクさん、廉についているメイクさんの間で「あれ、名前ちゃんに言ってなかったっけ」「ああなんか、彼女側は初めての設定だから当日まで黙っとこうって」「だって、ドキドキだね」と話が続いていく。

「わたしがめちゃめちゃ慣れてたらどうしたんですか」
「あはは、名前ちゃんまだだって言ってたじゃない、その時」

 その時、と指さされたのはそのまま持ってきてしまったインタビュー記事の載った雑誌のことだ。
 混乱した頭で必死に思い出す。
 異性のタイプとか、デートで行くならどこだとか、キスはどんなふうにしたいだとか。ガールズトーク系のインタビューじゃないのに珍しいと思ったんだった。芋づる式にインタビュー時のことが浮かんでくる。あった。確かにあった。だけどそれがこれにどう繋がるの?そう思っていると「あれで今回の撮影のクライマックスカット決めたんだって。新鮮な反応が撮りたいって。名前ちゃんは決まってたんだけど、撮影にならなくても困るし相手は慣れてる廉くんで行こうっていうのもあの時だったんだよ」と欲しい答えがほとんど降ってくる。
 ほとんど、の残りのピースを嵌めるために「え、廉知ってた……?」残りヘアだけになって少し自由の利く頭を思い切り右に向けて尋ねる。廉もさすがにびっくりしてるよね、ね、という期待はあまりに淡く、だったらどうする?と言わんばかりに鼻で笑われてしまう。
 むか。
 わたしが初めてならこんな不遜な廉だって初めてに違いない、だったらと撮影に当たっての表情プランを考える。別に、こっちから攻めるパターンがあったって悪くないはずだ、と。





 最終シーンは彼の部屋、ということで移動した場所は廉のイメージに合いそうな寒色でさっぱりとした男の子らしい部屋だった。普段はきっと一人用のミニテーブルに、ソファベッドから拝借した真四角のクッションとスツールタイプのクッションが一つずつ。人を招くことが少ない様子だけど、それでいて普段は率先して使うはずのクッションは冷えないように彼女に貸して。そんな雰囲気がある。
 ちょっと背伸びのシャンパンと(中身は一応飲まないでねと言われている)、二人サイズのホールケーキ。刺さったろうそくとムードづくりの小物のキャンドルとライティング、それ以外は意図的に暗くした状態で案内される。
 シチュエーションにどきどきした。廉は「コケんなよ」といつものようにからかっては来るけれど、仕事用のスイッチが入ってくるからか、本当にわたしの足元を気にしてくれているようだ。かっこいいな、廉のくせに。思っても飲まれないように、こっちから食ってやるんだと気を引き締める。

 向かい合ってクラッカーを鳴らして、ケーキを食べさせあって、プレゼントを開けあって。徐々に甘やかになっていくポージング。次は、彼氏からプレゼントのネックレスを付けてもらって、最後に向き合って、キス。らしい。フリだけど。
 ここで息つく間もなくわたしから行けばきっと廉もぎゃふんとさせられるに違いない。

 テーブルを挟んで向かい合う形から、まるで自分たち以外は置いていくみたいに隣り合う。このためにダウンアレンジされていた髪をかき上げて、廉の腕がまわる。
 わたしが普段自分でするのにはかなり時間のかかる行為だけれど、見えているからなのか慣れているからなのか、テキパキとこなし、それでいて必要な間も忘れない。
 微細な角度でスチールを切って、廉の手のひらがわたしの手のひらに、髪に触れる。
 廉の唇がわたしの唇に触れる。
 あの、段取りと、違いますが。

「どうせやるなら完璧に。ちょっとイジワルだけどリードが上手な彼氏の部屋で不意打ちキス、だろ?無罪だな」