待ち合わせまであと15分。
 駅からのアクセスに数分かかるショッピングモールまでの道のりには最近動く歩道が出来た。このことを話した時、虎石くんが「チェ、バスで名前ちゃんとくっつけなくなんのかよ」なんて愚痴っていたのを思い出す。わたしも伝聞で聞いただけだからきっと目の前にしたら、足を踏み出したら、はしゃいでしまうかもしれない。けれど虎石くんはきっとそんなわたしを子どもっぽいと言わずに側にいてくれる。そんなところが大人っぽくて、やっぱりちょっとだけ悔しい。

 待ち合わせまであと14分。
 吹き抜けになっている改札口には爽やかな風が凪いでいる。自分のべたついた汗を気にせずに虎石くんと居れそうでよかった。 虎石くんは自然に肩を寄せ、腕を組ませ、手を繋ぐ。嬉しいけれどはらはらする、虎石くんはいつだって爽やかでちょっとだけ辛そうな香りがしてドキドキする。手入れがされているのにごつごつとした指先が触れるのにはまだ慣れない。最近気づいたけど、手の握り方ひとつをとっても、手を替え品を替え心臓に悪いことをされるから、きっとまだまだ虎石くん自体が慣れさせてくれそうにもない。

 待ち合わせまで13分。
 「名前ちゃんの行きたいところあったら全部行こうな」こういったモールや複合型施設でのデートとなると虎石くんは決まってわたしにそう言ってくれる。形はメッセージだったり、電話だったり直接だったり様々だけれど、本当に行きたいところを伝えれば叶えてくれるし、わたしが喜びそうなお店は必ずチェックしてくれている。何より、わたしが悩んでもいいように絶対ひと通りプランを考えてくれている。甘えてばっかりで申し訳ないけれど、虎石くんがそうしてくれるのが嬉しくてつい甘えてしまうわたしがいる。

 待ち合わせまで12分。
 気にし始めたら気になるところが増えてくる。前髪変じゃないかなと、撫でつけた手を見て、ネイル剥がれてないかな、と指先に目が移る。今日のネイルのメインにしているポリッシュは前回のデートの時に虎石くんが選んでくれたもの。最近練習してるんだ、と前々回のデートで言ったのを虎石くんが覚えていてくれて、お店を通りがかった時に「あ、これ名前ちゃんっぽい。なんつーの、イメージ?っていうか、似合いそ」そう手に取って見せたポリッシュが、すごくきらきらした宝の小瓶に見えたことを覚えている。虎石くん、気づいてくれるかな。気づかなくっても話そう、でも、塗ってる間虎石くんに触れられてるみたいで緊張したっていう感想は、引かれたら嫌だから内緒にしよう。

 待ち合わせまで11分。
くっついた時に怪我させちゃわないようにとシンプルめを選んでいる時計、連絡が来たらすぐ気づけるようにと見つめているスマートフォンの画面、それから改札の近くにどんと目立ってはめ込まれている時計、全部を確認して同じ時刻であることを確認する。いつもいつも緊張してしまう、あと1分。
 虎石くんは必ず約束の10分前に。

「ねえねえ、そこの宇宙一かわいいカノジョ。カレシと待ち合わせ?」
「宇宙一かっこいい彼氏と待ち合わせしてます」
「マジで?んじゃそれ俺のこと?」
「あはは、虎石くんしかいないよ」
「っはー、適わねぇなぁ。最高」

 最初はどきまぎしてばかりだった軽口にもこの頃は少しだけ返せるようになってきた(虎石くんもわかっているのか更に返してくることも増えた)。虎石くんはやっぱり約束の10分前に待ち合わせ場所に来てくれた。
 羽織られたキレイめなカーディガンが、虎石くんに似合っていて褒めたかったのに、先に「そのワンピース、ネイルとスゲー合ってんじゃん」とウィンク付きで言われてしまう。なんだか今後出ししたらお世辞みたいだと思えてしまって、本当のことだから一つも誤解されたくはないと今のところは「よかった、嬉しい」引っ込めてしまった。適わないのはこっちだよ。まったく。心でごちていると、虎石くんが駅の先に目を向けて言う。

「おー、あれ?名前ちゃんの楽しみにしてたヤツ」

 あれ、とはわたしのいつか話した歩く歩道のことで、あの時は出来たんだよと話しただけだったのに楽しみにしている、なんて、きっとわたしの話ぶりから察したのだろう。それに気づいてちょっとだけ恥ずかしくなってしまう。
 でも、虎石くん。わたし知ってるよ、虎石くんの来た方向、そっちだったこと。きっと今の言葉のために、これからのエスコートのためにリサーチしてくれて、そのためにはもっとずっと前からここに来て見てくれていたんだって。
ぎゅっと胸にこみ上げる想いが手のひらから伝わりますようにと「うん!虎石くん、行こっ」珍しくわたしから虎石くんの手を握ってみる。