慌てて離した手
あのホグズミードの日からとうとう3週間も経ってしまった。それはつまり、ジョージとまともに話さなくなった日数のことを意味している。入学してジョージと知り合ってからこんなことは正直初めてだった。いつも隣に居て、悪戯したあとにはこんなことがあったあんなことがあったと嬉しそうに報告してくれて、ちょっと簡単な悪戯なら一緒に誘ってくれて。
そんな、私の大好きな居場所。
「サラ、何があったの?」
「‥別に」
「別にってことないでしょ?ジョージと何かあったなんて一目瞭然、グリフィンドール生全員が気づいてるわよ」
「そんなバカな」
でも、よくよく考えたらそうだろうなと思われる場面はたくさんあった。上級生はともかく、下級生(主にハリーやロン)なんてチラチラと私を見て何かの様子を探っているようだった。もはや腫れ物状態である。ハーマイオニーやジニーも何かを言いたそうにしていることには気づいてる。みんな、きっとあれだけ一緒にいたジョージとなんで一緒にいないんだって言いたいんだろうけど、その件に関してはちょっと触れないでいただきたい。
「何でも良いけど、こんなことずっと続けてくつもり?ジョージはサラと話したくて声をかけようとしたり授業の後にわざわざ待ってるの、サラだって気づいてないわけじゃないでしょ?」
「‥‥」
「サラ」
「‥いいか‥‥だもん」
「え、なに‥」
「どうして良いか分かんないんだもん!!!」
バンッ!!と勢い余って机を叩いた音に自分が一番驚いた。はぁはぁと落ち着かない息遣いを早く整えたい。こんな感情的な部分が自分の中にあっただなんて。
少しだけ息を整わせ、目だけで辺りを見渡すと、何事だと部屋にいる全員がこちらを凝視している。後ろからの視線も突き刺さるように痛い。
そりゃそうだ、だってここは‥
「ミス・グレイス。分からないことは分からないと挙手して頂ければいつでも教えて差し上げますよ?怒鳴り、ましてや机を叩いてまで分からないこととは一体何でしょう?」
マクゴナガル先生の淡々とした声が教室中に響いた。
バッと顔を上げ先生を見ると、いつにも増して厳しい目で私を見据えている。その目だけでピクシー程度なら射殺せそうである。
やってしまった。こともあろうか、変身術の授業中になんてことをしてしまったんだろう。
私はあたふたしながら「す、すいません‥何でも、ないです‥」と先ほどの勢いとは真逆に、沈み込むようにイスに座った。もちろん、それだけで「はいそうですか」と許してくれる先生なわけもなく、
「そうですか。ならば、ミス・グレイスだけに特別課題を与えましょう。分からないことがなくなるよう、とことんこなしてきなさい」
とぴしゃりと吐き捨てられてしまった。
(そして思い出したかのように『授業の妨害となったことについてグリフィンドールからは5点引かねばなりません』と追い討ちをかけてきた。辛すぎる。)
先生はその後何事もなかったかのように授業を再開させ、チシャ猫を豪華なバラに変える技を披露していたが、私はみんなと同じように心の底から感動の拍手を送ることは出来なかった。自分の全てが恥ずかしいし消えて無くなりたい気分だ。むしろ消えたかった。
横からアンジーがさっきはごめんなさいと小さく呟いていたけど、そんなことはもうどうだって良かった。
**
授業が終わってからアンジーに一言告げて、私はそそくさと教室を後にした。正直一分一秒でも早くどこかへ行きたかった。というか、穴があったら入ったまま二度と出てきたくはないし、本気で消えてしまいたかった。
「サラ!」
けれど、そんな私の心とは裏腹に行く手を阻む声が後ろから投げかけられた。誰かなんて振り向かずとも分かる。
ジョージだ。
「‥なに?」
恐る恐る振り返ると、ジョージは苦々しい顔で私を見ていた。きっと勢いで来てくれたんだろう、そのあとどんな言葉をかけて良いのかわからないとでもいった感じに頬をかきながら目を泳がせている。
「私‥」
「ごめん!」
「え‥?」
なにかを切り出そうと言葉を発したものの、それはジョージの謝罪の言葉にかき消されてしまった。しかも勢いよく頭まで下げるものだから驚きすぎて声も出ない。これって‥
「サラが最近俺を避けてたのも、さっきあんな感じになったのも‥その‥全部俺のせいだ」
違う。ジョージのせいじゃない。
全部私の気持ちの問題で、ジョージは何も悪くない。
「おでことはいえ、その‥いきなりキス‥しちゃって‥さ。悪かったと思ってる」
待って、やめて。謝らないで。
私は嫌だったわけじゃない。
怒ってるわけでもない。
言葉にしないと何も伝わらないのに、そんなこと分かりきってるのに、言葉を忘れてしまったかのように口から何も出てきてはくれない。
どうしよう。
そればかりが頭の中をグルグルと駆け回っている。
「でも」
「俺、サラと一緒にいない間に色々考えて、やっと気付いたんだ」
顔を上げたジョージの目。私の好きな碧い目だ。
こんなにも真剣な彼の眼差しを、クィディッチ以外で未だ嘗て見たことがあっただろうか。
真正面から見たことがあっただろうか。
あんなにも一緒に居たのに、ずっとずっと一緒だったのに。
ただの友達‥ううん。親友、だったはずなのに。
「ジョー‥」
「俺、サラが好きだ」
何を言われるのかは薄々気づいていた。
ジョージの真剣な目がもう全部を物語っていた。
いつの間に、男と女になっていたんだろう。
友達の殻がどちらともなく破かれていたことに、どうして気がつかなかったんだろう。
「サラが好きだよ」
頭が爆発しそうだ。
「‥‥」
「‥ッサラ!」
くるりとジョージに背を向け、思いっきり駆け出した。
とにかく1人になりたい。
ドキドキうるさいこの心臓が破裂しないうちに。どこか、どこか。
パシッ
よくよく考えてみたら当たり前のことだけど、背丈や足の長さが全然違う私がふいをついたところでジョージを撒いて逃げるなんてできるはずもなかった。それにジョージは撒いて逃げる天才である。追いかけるのなんてわけはなかった。
「サラ!待てって!」
思いっきり取られた手がヒリヒリと痛む。
お願いだから、ちょっと1人にして。
色んな感情が頭や体や心臓や色んなところをグルグルしてるの。
パンッ!
「ごめんなさい‥」
もう頭ではどうすることもできなくて、ジョージに掴まれた手を勢いよく離すと同時にまた走り出した。
もういっそのこと湖まで行ってしまおう。
次はお昼ご飯だし、きっと誰も来やしない。
チラリとほんの少し目だけで後ろを辿ってみる。
離さないようにと力を込めれば振りほどけなかったはずだ。
追いかければすぐに追いついたはずだ。
きっと今からでも、ジョージが本気を出せば私なんてすぐに捕まえられる。
だけど。
今度はいよいよジョージも追ってはこなかった。