一歩を踏み出す勇気



結局、お昼ご飯は食べ損ねてそのまま授業も‥と言いたいところだけど、そこは根が真面目な私である。きっちり授業には出席した。
ただし、魔法薬学では大鍋を爆発させてしまいスネイプ先生に大目玉を食らったし、占い学ではトレローニー先生の思惑通りにグリムが見えると口にすることで高評価を得てしまった(いつもならグリム?くだらない!と吐き捨てている)。
どれもこれも初めてのことである。近くにいたアンジェリーナもいよいよ私がおかしなったのではと心配の表情を見せていたが、変身術の授業でのことを引きずっているのか、何も言ってはこなかった。

「サラ」

寮へ戻る途中、後ろから声をかけられ振り返るとフレッドとリーがいた。なぜか(と言っても大体の察しはつくけど)ジョージだけいない。何、と聞けば2人して顔を見合わせて、まぁ付き合えよと半ば引きずるようにして湖まで連れてこられてしまった。

「俺たちが何を言いたいのかはだいたい分かると思うけど」
「ジョージのことでしょ?」
「‥まあな。何があったかはジョージから大体聞いてる。サラの行動もサラの性格を考えると分からないわけじゃない。でも、ずっとこんなこと続けてくつもりか?」

リーは壁に寄りかかり腕を組んで、お前だって辛いんじゃないのか?と続ける。さすがリー、色んなことをよく見てる。フレッドもリーと同じく腕を組んで、けどその表情は苦笑いといった感じだ。2人ともジョージのこととなると一肌でもふた肌でも脱ぐらしい。
確かに私だって辛いんだけど、そりゃぁ‥そうなんだけど。

「でも‥なんか‥ジョージを見ると変になるもん」
「変?」
「なんか、こう‥ドキドキというか‥ワーっていうか‥さっきだって話すタイミングあったのに、そういうので頭いっぱいになって‥なんて話して良いかとか何をどう切り出して良いか分からなくなっちゃって‥1人になって落ち着きたくなって‥それで‥」

言いながら泣きそうになってきた。
ジョージと前みたいに普通に話したい。話したいのに変なドキドキばっかりが頭なのか心臓なのか、とにかくどこかに残って落ち着かなくなる。
まるで自分の体が何かに乗っ取られちゃったみたいだ。

「あー‥サラ?まとめると、それってジョージのことが好きってことでオーケー?」

好き‥
フレッドから放たれたその言葉が頭の中をループする。

好き、好き、好き‥

恋愛初心者の私でも、フレッドの言うこの好きの意味が決して友達としてではないことくらい分かる。フレッドがアンジェリーナを好きなように、恐らくだけどリーがアリシアを好きなように、そういう恋愛においての好きのことを言ってる。

私ジョージのこと好きなの?
そりゃぁ好きだよ。嫌いになんてなれない。
一緒にいて楽しいし、一緒にいたいし、今のこの状態が辛すぎるくらいだ。
でも、だからといって好き?
ああ、もう好きって何だ。わけわかんない。考えたくない。頭がパンクする。こんなに考えてるとそのうち頭が今日の薬学の授業で爆発した大鍋みたいになる。それこそ大目玉なんて騒ぎじゃないよ。

「‥分かんない」
「サラ、逃げずにちゃんと考えろ」
「う‥」

別に逃げてるわけじゃ‥恨めしい気持ちでリーを見ても、サラはこういう話になるといつも逃げるからなとピシャリと吐き捨てられてしまった。酷くない?

「サラにとってジョージは何だ。大事な存在じゃないのか?なら逃げてばっかじゃ‥取り返しのつかないことになるぜ?」

痛いところを突かれた。マグルのマンガだったら頭に岩でも落ちてきていると思う。むしろ実際にリーは本当に色んなことをよく見てるし、言いたいことをはっきりと言う。別に助けを求めるわけじゃないけど、リーの鋭い視線に耐えかねてチラリとフレッドを見ると、彼も彼で同意見だと言うようにただ頷いてみせた。
ジョージならこんな時どんな顔をするだろう。
ジョージと同じ顔のはずなのに、当たり前だけどフレッドのその顔はまるで別人のように感じた。

**

2人に別れを告げてから寮には戻らずにただ目的もなく歩いていたら、いつの間にか湖に辿り着いていた。ここはジョージと頻繁に過ごした思い出がある。とか言っちゃうと、まるでジョージと永遠の別れでもしたかのようだ。自嘲気味に笑っちゃうけど、ふと自分と今のジョージの距離感を考えると、それもあながち的外れでもないことにただただ驚いた。

前にジョージとここに来たのはいつだっけ。
確か大イカにいたずらをした時だから、あのキス(と言ってもおでこ)事件の前日だ。あの時はリーもフレッドもいたけど、楽しかったなあ。

湖の方に足を伸ばして座る。
フレッドがバカみたいに大イカの足をくすぐって、リーが長々花火で驚かしてみようなんて言ってフレッドがそれに悪ノリして。まぁ見事に怒った大イカが水やら墨やらをやたらとかけてきて、ちょっと離れたところで笑ってた私やジョージにまでそれが飛んできて。
びしょびしょになってフレッドとリーに文句を言いながらも2人で笑いあった。

あの時、こんなことになるなんて誰が思っただろう。

「ジョージに、会いたいなぁ‥」

純粋にただジョージに会いたい。
自分でも自分からジョージの手を振りほどいたくせに何言ってるんだと思う。きっと会ったとしても、またドキドキが止まらなくなって冷静じゃいられなくなるとも思う。
だけど、もう色んな思惑とか感情とか悩みとか脳みそを爆発させるような要素を全部全部振り払って、ただただジョージに会いたかった。四六時中ほとんど同じ場所にいるのに、地球の反対側にでもいるような、魔法使いとマグルのような、私たちの距離はいつのまにかこんなにも遠くなってしまっていた。

なんで。なんで。なんで‥。

リーでもない。フレッドでもない。私の心にぽっかり空いた穴はきっと2人じゃ埋まらない。フレッドなんて同じ顔なのに、例えばフレッドのとなりに自分がいたとして、それを具体的に想像しても、楽しいはずなのにどこか寂しいままだった。想像の中でも私はジョージのことが頭から離れないでいた。フレッドを想像してるのに、そこにいるのは確かに私の知ってるフレッドなのに、なんでジョージじゃないんだろうって頭の隅で考えてた。

「会いたいよ‥ジョージ‥」

そう‥ジョージじゃないと。
私はジョージじゃないとダメなんだよ。
フレッドじゃダメなんだよ。リーでもダメなんだよ。
他の誰でもない。ジョージの隣にいたい。

伸ばしていた足を三角の山のように曲げて、そこに顔を埋める。溢れそうになる涙を誰にも見られないように。今、上を見上げてしまうと押し殺していた声も涙も全部爆発してしまいそうだ。


「サラ」


名前を呼ばれたのとそれはほとんど同時だった。
頭の上に落ちてきたもの。
ちょっと草臥れた、火薬の匂いが混ざったローブ。
これは、このローブは‥

「ジョージ‥」

誰の、なんて聞かなくても。誰が、なんて確かめなくても。わかってしまう。
1番会いたいと思ってた、ジョージ本人のものだ。

「また風邪ひくよ?」
「‥その時はまた、お見舞いに来てよ‥」
「‥今度は本当にキスしても良いなら」
「何言ってんの」

いつのまにか出ていた涙を拭うこともせずに、顔を上げてジョージを見る。久しぶりにまともに話をするジョージはイタズラな顔で、だけどとっても優しい目をしていた。

「サラ」

そんな顔しないでよ。
全部分かってるみたいな顔しないで。

「朝も言ったけど‥あの日はごめん」

言いながらジョージは私の左隣にドスンと腰を落とした。と同時に、私の頭を右手で自分の肩に押し付けてくる。

「急にあんなことして、びっくりさせて‥それは悪いと思ってるよ‥ごめん。
だけど‥」

押し付けられた肩に涙がどんどん染みている。
何が悲しくて、何を思って泣いてるのかなんて考えることすら出来なかった。ただ、ぽろぽろ流れる涙と一緒に持ちきれなかった荷物が1つずつ減っていくみたいに、病んでいた気持ちがスーッと落ち着いていくのを感じる。

「キスしたのは、サラが‥サラが好きだからだよ」
「ジョージ‥」

さっきよりもほんの少しだけ落ち着いた自分の心に、もう一度聞いてみる。

ねぇ、私は?
私はジョージのこと‥

‥って、そんなのもう分かってるでしょう?
気づかないフリはもうおしまいにしないと。

「私も‥私もジョージのこと好きだよ‥いつだって隣にいてほしいのはジョージだよ‥」

私は自分の本心からずっと逃げてたんだ。
ジョージとの親友の関係が心地よくて、恐らく年月をかけて徐々に変化していた自分の気持ちにずっと蓋をし続けていたんだ。

「サラ‥俺も‥ずっとサラの隣にいたい。俺の隣にいてほしい」

でもきっとそれはジョージも同じ。
私たちはこれまでの関係が壊れるのが嫌で、現実を全く見ていなかった。
ほんの少し、ほんの僅かでも、どちらかにでも一歩を踏み出す勇気があれば、こんな遠回りをせずに済んだのに。

「好きなんだ‥」

どちらからかなんて分からないくらい、気づいたら抱きしめあっていた。
ジョージは私の頭を何度も撫でてくれた。私がここにいることを何度も何度も確かめるように。私も同じように何度も何度もジョージの背中に回す手に力を込めた。ほんの少し密着しすぎて体が痛かったけど、全然嫌じゃなかった。

だからその反動で、少しだけ互いの腕の力が緩んだときに自然と唇が重なったのは必然だと思う。

「‥顔真っ赤」
「‥ジョージこそ。耳まで真っ赤だよ」

ジョージにはそう言ったものの、私の顔なんてそれ以上に赤くなってるに違いない。
ジョージは少し睨みつけるように私を見て、おでこにキスしたくらいで動揺しまくるサラに言われたくないよ、と照れくさそうに言った。
全くもっておっしゃる通りで。

バンバンバン!!!

「!」
「なに?!」

2人で真っ赤な顔を見合っていたら、急に長々花火の音が割と近くで轟いた。なんだなんだとジョージと辺りを見回すと、木の陰から2人分の姿が伺える。
ここからじゃ逆光でよく見えないけれど、きっとフレッドとリーだ。

「あいつら‥」
「仕方ないよ。2人には心配かけたもん」
「まあ‥そりゃそうか」

2人はこちらにガッツポーズをしている。多分だけど口笛を吹いた方がリーだと思う。とすると、空に魔法で「Congratulations!」と盛大に書いた方がフレッドだ。(フレッドのやることは3人の中でも1番派手だし絶対にそう!)
祝福されてるのかからかわれているのか、恐らくどちらもだけど、普段なら全力で止めたくなるようなことでも今日はなんだか笑って受け入れる事が出来た。

「よっ‥と!」

ジョージが勢いよく立ち上がる。
不思議に思って見上げると、左手を差し出された。

「お手をどうぞ?」

そうだ、これだ。
私の知ってるジョージ。
私が好きになったジョージ。
どのジョージも大好きだけど、私が1番大好きなジョージがやっと隣に戻ってきた。

「ありがとう」

ジョージの手をとって、ゆっくり立ち上がる。
その時も彼は少しだけ力を加えて、引き上げてくれた。

キスはまだ恥ずかしいけど、少しずつ少しずつ慣れていけばいいや。いつかは自分から素直に彼にキスできる日がくるのかな。もしそんな日がきたとして、だけどそれが遠い遠い未来の話になったとしてもジョージならきっと受け止めてくれるはずだ。

引き上げてくれたその勢いのまま、ジョージにギュッと抱きしめられた。

そっとジョージの背中に自分の腕を回す。
今はこれが精一杯だ。
ジョージの胸に赤くなってるであろう顔を隠していたら、突然耳元で囁かれた。

「大好き」

見上げると、ジョージの顔が思ってた以上にすぐ近くにあって。
そのままキスをされたのと同時に、遠くからヒューヒューと囃し立てるフレッドとリーの声が聞こえた。