「‥と言うわけで、私があなたの担当となりました。サラ・グレイスです。宜しくお願いします。」

「‥は?」

突然俺の目の前で立ち止まったかと思いきや、なんの前触れもなく担当になったと言い放った目の前の女。黒スーツに身を包み、バインダー片手に俺を見て敬語で話す様は自然とうちの執事を連想させた。
っていうか担当って何?いきなり何?そもそもお前何?
聞きたいことは山のように頭の中に浮かびまくった。
それは長年染み付いた「警戒を怠るな」、この言葉が頭の片隅にいつも引っ付いていたからだ。家を出てもこういう時に嫌という程身についた教えが離れないというのは思った以上に苦痛を感じた。

そんな俺の考えは露知らず、目の前の女はかくかくしかじかの理由でそうなりましたと続けた。見たところ俺とそう大差ない年だと思う。思うけど。

「かくかくしかじかって何だよ!意味わかんねぇ!どんな漫画だよ!端折ってないでちゃんと理由言え!」

女はここに来た時から明らかに面倒くせーと態度や全身で表しまくっていた。どうやらそれを隠す気すらないらしい。俺がきちんとした理由を促すと、更に面倒くさいとばかりに眉間に皺を寄せれるだけ寄せて聞こえるように大きなため息を漏らした。
‥はっきり言う。第一印象最悪な女だ。

「さっきリッポーさんから聞きましたよね?試験内容。まぁそれに付随する形で何かあった時の為に受験者一名につき試験管補佐が1人つくことになりました。と言っても行動を共にするのではなく、私達はあくまで影からあなた方について見守るだけ。当たり前ですが、試験が有利になるような接触は一切禁止されてるので、あなた方にとってはいても居なくてもそう大差ないと思います。」

淡々と言い切った。俺が黙って聞いていると、女は「要するに私たちはプレートを奪われて身動きできなくなった時の為の保険みたいなものだと思ってください」と締めくくる。なるほどな。
チラリとゴンを見ると、ゴンのところにもそれらしい男が来た。相変わらずの愛想の良さであっちは話に花が咲いているようだ。

これから行われる試験は狩る者と狩られる者、いかにもハンターらしいやり方だと思う。当然尾行がつきまとう。そんな中で補佐達が見守り=尾行を勝手にしてしまうと、受験生達が尾行している人物を特定しようとするだろうし、少なからずそれは試験に影響される。よって、担当する受験生にあえて最初に自己紹介しておき、試験に影響しないよう配慮している。
差し詰め自分の気配を一刻も早く覚えて、他の受験生と間違えんなよってことだろうな。

それにしても保険、ねぇ‥

不躾だとは分かってはいたものの、女を頭のてっぺんから足のつま先までじーっと眺める。女もその視線に気づき、あからさまに嫌悪の目を向けてきた。

「他にご質問は?」

ご質問はと尋ねておきながら、女は会話をさっさと終わりたい一心でそう言っているように思えた。質問なんて無いよな?あるわけないよな?と。
理由や目的はシンプルで分かりやすい。ただ走るだけの一次試験はクソつまんなかったし、二次試験は料理とか言われて意味わかんねーって感じだったし、三次試験はまぁそれなりに楽しめた部分もあったけど集団で行動するのがいまいち馴染めなかったし、ようやく「おっ」と思えるような内容にちょっと期待している自分がいる。
女の思惑通り質問なんて無い。けれどやっぱり拭えない事がただ1つだけある。

「あのさ、俺についてくるって言ってるけど正気?ぶっちゃけあんたそんなに強そうに見えないし、ついてこれると思えねーんだけど。足手まといになるくらいなら俺、補佐なんて要らねーぜ?この試験でも負ける気ないし」

プレート取られるようなことには絶対にならないし。
こちとら3つの頃から命がけの尾行ごっこさせられてきたんだ。例えヒソカを相手に尾行することになっても何かを見落とすようなヘマはしない。尾行されたとしても気づかないほどバカじゃない。逃げ場を作って回避するやり方は嫌という程教え込まれてきた。野垂れ死ぬようなこと、絶対にしない。

「‥私は正気です、ついていくのも本当です、っていうか仕事なので狂ってたとしてもやるしかないです。やれっていう上からの命令なもんで。そんなに強そうに見えないのはあたりですね、だって強くないんで。ハンター世界に置いて弱者代表といっても過言じゃないです。あなたが補佐を必要としなくてもこれは決定事項なんですよね。‥何ですかその目。あーもう!しのごの言わずにはいそうですかで受け入れろ!」

めんどくさい!!と怒鳴りながら女は壁を叩いた。というより殴った。女が殴った手を引っ込めるとパラパラと壁の残骸が溢れていった。ゴリラかよ‥。
その騒ぎにこの場が一時騒然となった。いつのまにか近寄ってきていたゴンがどうしたのと耳打ちしてきたけど、俺の方が教えてほしい。なんなんだコイツ。

「まぁそういうわけなので、とりあえず試験頑張ってくださいね!ご武運を!!!」

叫びながらドスドスと歩いて去っていく女。俺たちの周りを群がっていた野次馬達は女の迫力に負け、さっと道を開けた。女がそこを当たり前のように通り過ぎると、レオリオが驚きながらこちらに向かってくるのが見えた。後ろにはクラピカも一緒だ。

「おいおいキルア、レディを怒らせるほどの何をしたんだ?」
「知るかよ。俺だって意味わかんねーんだって」
「んーちょっと遠くから見てたけど‥あの人最初から機嫌悪かったよね」
「だとしても壁ぶっ壊してんだぜ?見ろよ。どう考えてもキルアが怒らせたんだろ」
「だから知らねーって!」
「まぁここで言い合っていても仕方あるまい。到着次第試験が始まるんだ、我々にできることは少しでも体を休めておくことだ」

ムカつく。あームカつく。試験管補佐だかなんだか知らねーけど、不機嫌マックスに来られて悪い気しない奴なんているか?もうこうなりゃついて来させないように全力で撒いてやる。あーうぜぇ!!

俺の怒りが頂点に達しそうになるのを見て、ゴン達が互いに苦い顔をしているのが見えた。まぁ落ち着けよというレオリオの言葉なんていちいち耳に入れたくもないのに勝手に入ってくる。それですら不快だった。

ちょっと頭冷やしてくる、そう声をかけてその場を後にする。少し歩いた先にある窓近くのベンチに腰掛けた。
ここで誰かに絡まれでもしたら八つ当たりしてしまいそうだ。‥その方が発散できて良いかもしれないけど。
ポケットに突っ込んだ手を握る手の力を少しでも緩めると、無意識に変形させてしまいそうで俺は拳の力を更に強めた。


**


効果音にするならドスドスドスドス、こんな感じに違いない。私の気迫に押されたようで、受験生達はみんな何も言わずともサッと横に避けて行き、通り過ぎた時には何だコイツと視線を向けられた。

「おーい、サラ!」
「メンチ先輩」

途中で先輩であるメンチさんに呼び止められた。彼女は私とキルア氏のやり取りを一部始終見ていたようで呆れたと言いたげな顔をしている。あ、これお説教かな。そのまま私の近くに来ると顔はそのままに額に手を当てて「あんたねー」と続けた。間違いない、これはお説教である。しかも長めの。

「いくら嫌々な仕事だからって受験生に当たることないでしょ。確かに99番が生意気な少年なのは知ってるわよ?絶対B型だしね。一緒に住めないタイプだわ!そもそも猫被りな面も感じられるし、目上に対する態度がなってないのよね!子どもだからなのかもしれないけど。まぁでもそれを言ったら405番なんて」
「先輩?」
「‥おっと、ごめんごめん。ついいつもの癖で。まぁ99番のことはどうでもいいのよ!私が言いたいのはー‥」
「はい、すみませんでした」

私が早々に反省の色を見せるとメンチ先輩は尚も呆れてため息をこぼした。
「私に謝っても仕方ないでしょ」と。

ですよね。そんなことは自分でも分かってる。キルア氏にも申し訳ないことをしたなぁと思ってはいる。思ってはいるんだけど。

「そもそもなんでそんなに嫌なのよ?受験生の監視ってだけでしょ?ハンター歴2年のあんたにはもってこいの仕事じゃない」
「そうですけど‥でもメンチ先輩も知ってるじゃないですか、そもそも私が試験に受かったこと自体ミラクルだってこと」
「あー確かに。あんたの基礎体力や攻撃力、洞察力、忍耐力その他諸々ポンコツよね。よくもまぁ受かったもんだわ。あの時の試験管って誰がいたっけ?そいつも見る目ないと言ったら無いわよね。」
「‥‥」
「だって、あんた確か2次試験だったっけ?あの時なんてさー」
「先輩、その辺りで勘弁してください」

メンチ先輩の私に対する悪口は止まりそうもなかった。心がかつてないほどに悲鳴を上げている。
この人本人目の前にこんなに貶すくせに先程のキルア氏に対する私の態度をお説教しようとしてたの?しかも試験中のことまで掘り返すだなんて、もう誰でも良いからこの人に大きめの布でもかけて縛り上げてくれないだろうか。ただただ恥ずかしい限りである。

「まぁでも運も実力のうちっていうし、あんた勘だけは良いんだし、その勘を信じてれば今後もまぁなんとかなるでしょ!」
「先輩、それ褒めてるようですけど全体としてはただの悪口です」

先輩の口から発せられる悪口のオンパレードにただただ気を落としていくほかなかった。ブハラさんでも居たら止めてくれただろうに。何あの人肝心な時になんでいないの。用もない時はその辺で豚かイノシシかよくわからない肉の塊の丸焼き食べてるくせに。
居てもどうせブハラは黙ってて!で一喝されて終わる気もするけど、まぁ居ないよりマシだ。

メンチ先輩が発する悪口をBGMにして、窓の外をチラリと覗くと遠くにゼビル島が見えてきていた。だいたい後1時間もしないうちに到着するだろう。

「って、聞いてるの?」
「‥‥」

黙ってる私を見て、呆れたのかこれ以上言っても仕方ないと諦めたのか、メンチ先輩は「まぁ適当に頑張りなさい」と言い残し、手をヒラヒラさせながら元来た道を戻って行った。あれだけ人を悪く言った割にはアッサリとした別れである。損害賠償を求めたいくらいの心持ちだけど、私が先輩に勝てる要素は何1つとしてないので、相方の尻拭い的な感じでブハラさんに当てて請求しようと思う。

まぁでも先輩が来てくれたおかげで先ほどよりも冷静になれたのは事実だった。思い返せば、キルア氏が最後に放った足手まといという言葉は正直念でも纏いながら殴ってやろうかと思うくらい腹が立ったけど、それ以前に最初から私の機嫌が悪かったのは確かだ。その時は完全に彼に八つ当たりしていた。申し訳ないことをしてしまった。その気持ちは嘘じゃない。

そもそもハンターの仕事って好きじゃないのにな。こんな如何にもハンターです!みたいな試験で使われるなんて。あー嫌だ。嫌すぎる。なんで私が。
考えてたら更に嫌になってきた。あんなところで1週間も、しかもあんな生意気な少年をずっと見ていなくちゃならないなんて。

チラリと手にしていたバインダーを覗き見る。そこに挟まれた先程の彼の経歴と写真。
キルア・ゾルディック。
パドキア共和高出身。
暗殺一家ゾルディック家の次期当主。

暗殺一家ゾルディック家なんて、その道の者からしたらプロ中のプロだ。世間に疎い私でも知ってる。そこの次期当主だなんてどんなけエリート様なの。
いいなぁ、きっと家も広くてお坊ちゃんなんだろうな。私とはえらい違いだ。

サトツさんによると一次試験から彼は遊びの一環のような軽い感じで受けていて、なんなくクリアしてきているらしい。‥さすがにメンチ先輩の突拍子も無いスシを作れ!って課題には苦戦していたようだけど。(ってそれは当たり前だ。あんなものを試験に出した先輩の方がどうかしてる。一時合格者ゼロにして軽々しくまた来年頑張ればー?なんて言ってたらしいから、本当はあの人頭おかしいんじゃないだろうか。)

ボフン!と音がなるくらい勢いよくソファベンチに倒れこむようにして座る。そのまま頭を背もたれに預けて目を閉じた。

きっと彼はこの試験に受かる。しかも飄々と息をするくらいに簡単にこなしてしまうんだろう。試験中ずっと一緒に居るというゴン・フリークス氏(彼もきっと合格する。そんな気がする)に向かって、簡単すぎて拍子抜けだな!なんて言うんだろうか。

またチラリと彼の写真を覗き見る。
気のせいかもしれないけど、その写真に写る彼はなんだか寂しそうに見えた。