朝、頼まれた通り殴って起こしたら「殺す気かぁぁあ!!」と胸ぐら掴まれ怒鳴られた。殴ってでも起こせって言ったのはお前だろ。一瞬死んだらどうしよと思ったけど、予想に反してこいつは打たれ強いらしかった。弱い奴に対して軽く殴るなんてこと今までしたことなかったから、正直加減がよくわからない。ガチの一般人なら死んでたかもしれないけど、まぁそこはハンターの端くれ(ってか端の端のめちゃくちゃ端っこだと思う)だからか、「頭が割れるー!」と言いながら転がってはいたけど外傷は特にないようだった。ってかその転がってる姿に爆笑したのは言うまでもない。4次試験はゴンとは別行動だし暇だろうなと思っていたけど、思っていたより楽しんでいる自分に気づかされた。

【3日目】

いやいや、普通に考えてありえなくない?確かに私は昨夜言いました。移動する時は殴ってでも起こして、と。
でもそれは言葉のアヤってやつで、世間一般的な解釈では実際にやれってことにはならないよね。私、間違ってないよね?

朝グースカ気持ちよく寝てた私の頭に突如降ってきた鉄拳によって、マジで目がチカチカしたし、その辺に星がいっぱい回ってたし、なんなら脳みそぶっ飛んだ。頭を抱えてのたうち回っていたら「だっせー!」と吹き出し笑われた。怒りの沸点に秒で辿り着いた私は胸ぐら掴んで怒鳴り散らすと、さらにケラケラと彼は笑いだした。おいふざけんな、笑っている場合じゃない。

ズキズキする頭を抑えつつ川で顔を洗っていると、近くでまたもキルア氏が勢いよく魚を取っていた。しかも素手で。素手で魚とるってよくよく考えたら早々出来る芸当じゃないよね。と思ったけど、そういえば彼は人間やめてるんだったと思い出し、それならばと納得した。馴染み出してる自分が少しだけ怖くなった。

昨日と同様にキルア氏は焼いた魚を分けてくれて一緒に食べた。普通にほらよと差し出してくれて、あぁありがとってそれを受け取る。他愛もないやり取りがなんだか新鮮だ。‥他愛もないやり取り?

あれ?やり取りってして良いんだっけ?ふと頭に浮かんだ疑問にほんの少し青ざめたけれど、「へっくし!」と勢いよく出たくしゃみと共にそんなものはどこかに消えてしまった。

「きったねー!」
「‥失礼しました。誰かが私の噂でもしてるのかなあ」
「お前程の鈍臭い人間はいないって?」
「おいクソガキ一回締めんぞ」

**

くしゃみの原因はすぐに分かった。鈍臭いとは思ってなかったかもしれないけど、なにやら私にお説教をし始めようとしてる人物が今目の前にいる。そう、初日からキルア氏を尾行している(らしい)モブAの補佐官だ。サトツさんの後輩だから後輩Aにしようと勝手に名付けたのも記憶に新しい。

彼は私がキルア氏から距離をとって付いていこうとしたところでわざわざ呼び止めてきたのだ。
そのまま話があると言われたので、(また見失ったらシャレにならないから)手短にお願いしますと伝え付いていくと、
「言わなくてはと何度も思っては自分で気づくだろうと思い直しやめていたが、やはり貴方には言わねばならないようだ」
彼は何ともかったるい言い回しで切り出してきた。

あー‥これガチのお説教だわ。
露骨に嫌がる私を他所に淡々と述べていく彼の言い分はこうだ。

「キルア・ゾルディックに接触しすぎである」と。

まぁ自分でもちょっとやり過ぎかなーと思ってはいたけど、いざ人に指摘されるとグゥの音も出ない。

「貴方がキルア・ゾルディックの隣に居てしまうとそれだけで他の者が狩りをしようとする気持ちを削いでしまいかねない。現に私の担当受験生は尾行をするのみで行動に踏み込めていない。あなたがこの試験の負荷要素になってしまっているのです。わかりますね?我々の立場を理解できない程、幼さ故に頭が回らないわけでも、既に頭が死んでるわけではないでしょう」

彼の言いたいことは最もだった。最後の一言には強烈な悪意を感じるけど、なるほど正論すぎる程正論だった。確かに私の行動は負荷要素にしかなっていないことばかりだ。補佐とわかっていたとしても、見た目的には2対1。それだけでキルア氏には関わらないでおこうとする人間もいるだろう。
(ただ1つだけ言わせてほしい。モブAは私が居ても居なくてもキルア氏本人にビビってる感じだからあまり関係ないと思う。)

自分の行動がいかに軽率であったか。

パチン!と自分の頬を叩いて後輩Aに向き直る。
私のその行動に彼は少し驚いたようで目を開いた。
「しっかりしなくちゃいけないですよね。いくら嫌々のことだと言っても仕事は仕事。ちゃんと責任持った行動をとって与えられた役割をこなさないと」
「嫌々だったのか」
「はい!あ‥いえ、嫌々というのはちょっと語弊が。気が向かな‥いや、違うな。気が重」
「嫌々だったんだな」
「‥‥‥」

彼は「理解したのなら行動で示してくれればそれで良い」とだけ言い残し、そのまま液晶を見ながらモブAの付近まで走って行ってしまった。

そうだった。私もキルア氏見つけないと。

液晶の画面を見ると、赤い点滅はさほど動いていないようだった。‥なんかあったかな?
いつもほんの僅かだけでも目を離すとすぐに画面から消えてエラー音を鳴らしているのに、そういえばなぜか今はそれがない。
もしかしたらモブAとキルア氏がとうとう対峙したのかも!
歩いていた足を一気に加速させた。モブAがどうなろうと知ったこっちゃないけど、キルア氏の実力を見る良いチャンスだ。
急展開なシチュエーションにわくわくが止まらない。

**

初日からずっと歩いて誰かいないか探してみるものの、本当に誰とも会わない。なんなら、あの補佐官の女の気配も今はない。本格的に気配を絶ったかと思ったけど、たった3日の付き合いでもそれはないなと思えた。気配を消すことにムラがあるのを何度も感じたのに、今更完璧な気配絶ちが出来るとは到底思えなかった。じゃぁどこへ‥と思って少し止まって木の上を重点的な見回しても見つからない。
もしやあいつ、

「また見失った‥?」

そう思うと本当になんてバカなんだろうって笑えてきた。俺のこと見失って頭を抱える姿が目に浮かぶ。
フッ、と口角が自然と上がる。なんか気分良いし、少しだけ待っててやろうかな。でもあからさまに待ってたなんて知れたら恥ずいし、とりあえずずっと金魚のフンみたいにくっついて来てるコイツとでも遊んでるか。

くるりと振り返ると慌てて隠れる姿がはっきりと見えた。分かってはいたけどこんな姿を見ると改めて思う。こいつめちゃくちゃ雑魚。

「なぁいくら付いてきたって俺は隙なんて見せねーよ?」

遊ぼうぜ、と誘ってもやっぱり何の反応もなかった。
はぁ。嫌なんだよなぁ、雑魚相手だと遊ぶっつーよりもいじめてるみたいで。どうせターゲットじゃないだろうし、となるとこいつのプレートを取ったところで一点か。

でも待てよ。ここに来るまで他の受験生とも会わなかったし、このままズルズルしてたら他の奴らはプレートをゲットして隠れたり隠したりするだろうし、そうなったら益々探しにくくなる。運良くターゲットに出会えたら万々歳だけど、そんな奇跡起こらなかったら
確実に後2人誰かに会わない限り、俺不合格じゃん。

油断ぶっこいてこのまま試験終了まで本当に誰とも会わないとなるとヤバイし、っつーか俺ってくじ運とかそういうのめちゃくちゃ無いし、面倒だけどここはちょっと遊んどくか。

「出てこないならこっちから行っちゃおうかなー」

よっと。脇に抱えたスケボーを持ち直す。相手の緊張が空気からビシビシ感じられて、人ごとのようだけどなんか気の毒に思えた。

「でも嫌なんだよなー。どうせ倒したところで一点だろうしさー」

俺が一歩踏み出すごとにその緊張が高まっていってるのが分かる。このまま近づいていくと心臓早く動きすぎてそれだけでコイツ死ぬんじゃねーの?

「げっ!兄ちゃん!!」

あと数歩というところで、いきなり尾行者の後ろから2人組の影が出てきた。反射的に身を固くしたけど、そんなものはすぐ杞憂だと分かる。驚くほどあいつらも雑魚だ。
現れた奴らはどうやら尾行者の兄貴たちらしい。まだ取ってねーのかとか、あんなガキ1人倒せねーのかとか散々言われまくってる。

「分かったよ‥兄ちゃん達がそこまで言うなら‥」

尾行者は兄貴達に促されてしぶしぶこちらにやってきた。なんだその目の下のメイク。あっちの兄貴達も同じことしてるけど‥なにそれ流行ってんの?

「なぁボウズ、プレートくれねぇか?そしたらーーどぅわ!!!」
「あ、ごめん!蹴っちゃった!」
「は?」

尾行者がお決まりのセリフを吐いたかと思ったらいきなり視界から消えた。というか吹っ飛んでった、よな。
なんだ。なにが起こった。
俺もあの兄貴達も目が点になる。この時ばかりはお互い顔を見合わせてなにが起こったか互いに説明を求める目をしていた。
そんな中、スッと立ち上がった1人の姿に俺は目を見張る。現れたのは言うまでもない、俺の担当補佐官だった。まじかよ。
女は「ごめーん!」と言いながら吹っ飛んだ尾行者の元まで行って、すぐさま首根っこ掴んだ状態で戻ってきた。んで、そのままこっちに放り投げた。
お前、俺の担当のくせに何してんだよ。

「おい!お前それは流石にやっちゃいけねーことだろ?!」
「え?これキルア氏の友達?もっと丁重に扱うべきだった?」
「バカ、ちげーよ!!ここに現れることがいけねーだろって言ってんだ!」
「キルア氏見つけるのに必死になってて!あ、でも眠かったから見失ったわけじゃなくて、今回はちゃんと理由がーー」
「どうでも良いから消えてろ!」
「おっと、そうだった!ごめんね!」

女は続け様に「ほんとにごめーん!」と言い残し、木の上に去っていった。

「‥‥‥」
「‥‥‥」

俺と尾行者の間になんとも言えない空気が漂う。あーもーあの女、まじで覚えてろよ。ちょっと待っててやろうかななんて考えた俺の方がバカだった。せっかく暇つぶしにでもなるかなって思えてきたところだったのに、あのど三流ハンターめ!

**

やってしまった。補佐官になってから実に何度目のことだろうか。キルア氏が誰かと対峙するところは彼の実力を考えると日に日にとても興味が湧いてきて、絶対にこの目で見てやるんだと思っていた。だって見たくない?あのゾルディックのエリートだよ?
魚捕まえてる時の振る舞いがまぁ凄いことすごいこと。そこから連想するに戦い方も凄いんじゃないかって。

リッポーさんはトリックタワーにおける囚人と彼との戦闘を映像で見た時、残虐な行為ではあったものの実に鮮やかで美しかったと評価していた。別に殺人現場を見たいわけじゃないけど、そこまで凄い技術なら見たくない方がおかしいと思う。私が嫌々ながらにキルア氏の担当になったのはこれが見たかったからと言っても過言ではない。

探査機の画面上からキルア氏がほとんど動いてないことからこれはもしやと思ってつい気持ちが先走ってしまった。結果、なんかしらないけど気づいたら伸ばした足の先にずっとキルア氏についてきていたモブAが居た。
集中していた私の絶がいつも以上の性能を発揮したのか、その場の誰も私の登場を予期していなかったみたいで、みんなが目が点になっていた。2秒くらいは空気が止まってた。ちなみにこの2秒に嘘はない。

軽く謝りながらそそくさと木の上に来たけど、まぁ威圧感が半端無い。先ほどの件もある後輩Aはもちろんのこと、あそこにいるモブBとモブC(しれっと居るけど誰あれ)の補佐官達もご立腹のようだ。にこっと笑って会釈すると物凄い目で睨まれた。蚊くらいなら平気で殺せそうなくらいの睨みつけようである。

私は滝のような汗を流しながら、キルア氏の様子を見ることに専念した。そうしないとさっきからあてられまくってる殺気で気が狂いそうだ。
後輩Aなんて「俺さっき言ったよな?そろそろ殺すぞ」と目が言ってる。でも仕方なかった!不可抗力だもん絶対。不可抗力って言葉があの場面で通用するのかは不明だけど、私の気持ち的にはそうだった。なのに、さっきからオーラ込めて殺気飛ばしすぎ。鳥達が逃げるし、キルア氏が余計にピリピリするでしょうが!あ、腕にとまってた蚊が死んでる。

キルア氏は急に右足をダン!と地面に落とし、そのせいで彼の足のあたりにちょっとした窪みが生まれてしまった。きっと心の中はご乱心に違いない。モブAなんてビビりまくって「ひぃ!」と悲鳴を上げた。情けない。ちらっと後輩Aを見ると懐からなんか取り出して私に向かって構えた。え、やめて。

「おい!イモリ!!何やってんだ!そんなガキ早くやれ!」
「わ、分かったよ兄ちゃん」

モブBに背中を押される形で、モブAはイテテと腰を摩りながら立ち上がる。なんだモブBはモブAのお兄さんだったのか。とすると隣のモブCもだよね。なんかみんな揃って目の下に変なメイクしてるし。ってか何そのメイク。もしかしてそれ流行ってんの?

モブAがキルア氏の前まで来ると、ふぅっと深呼吸をして、それから改めてキルア氏を見た。キルア氏、相手にめちゃくちゃ見下ろされておきながらポケットに手突っ込んだままなんてさすが生意気の代名詞。

「思わぬ邪魔が入っちまったけど、ボウズ。分かってんだろ?プレートをくれよ。そしたら痛い目見ないで済むぜ?」
「バーーーーーカ」

キルア氏がそう返事をすると同時にモブAは彼に蹴りを入れた。余裕で躱すか受け止めるだろうと思われたのに、私が「え?」と思う間も無くなんとキルア氏は見事に吹っ飛んだ。しかも綺麗に鳩尾に入った。
あわわわわ。えーキルア氏も実は雑魚キャラ?

手応えありのモブAはフフンと鼻で笑い、彼の兄達は野次馬よろしく「ありゃ地獄だぜ」と盛り上がっている。あのキルア氏があんな雑魚同然に蹴っ飛ばされるなんて。まさかと思うけど、あれでやられたわけじゃないよね?
私がそう思っているとなんと彼はそのままヒョイっと起き上がった。これまた器用にポケットに手を突っ込んだまま。

「198番か」

そのポケットから出した手に握られていたのは1枚のプレートだった。どうやらモブAのものらしい。焦ってポケットの中を探しまくるモブAを見もせずに、キルア氏はその後ろの兄達に向かって「俺の欲しい番号と1番違いってことはもしかして199番はそっちの2人のどっちかか?」と尋ねている。
キルア氏いつのまに‥ずっとポケットに手突っ込んでたんじゃなかったの?ってかモブAもプレートつけてなかったよね?どうやったんだろう。蹴られたあの一瞬でどこかに隠してある奴のプレートを奪ったんだろうけど、それにしても見えなかった。手がポケットから出たことにすら気づかなかった。

「すごい‥」

手加減してやったのかー?だのなんだの騒いでいた後ろの兄達は起き上がった後のキルア氏の行動を目の当たりにして一同固まるしかなかった。やっとキルア氏の実力のほどが分かったらしい。3人でなんとかフォーメーションだ!とかなんとか言ってるけど、一体何が始まるの。変身?合体?

そんな彼らのフォーメーションなんて知らんぷりなキルア氏はいつの間にか高く飛び上がっていて、一瞬だけ目が合った。ギリギリ目で追えるくらいだったから確と分からないけれど、口角を上げて笑っていたように思う。わざわざこっちを見るなんて、なんて余裕なんだ。怖いもの知らずもここまでくるとあっぱれ‥と思っていたら、モブBだかCだか、名付けたくせにどっちがどっちだったか忘れたけど、赤いニット帽の人の足を膝カックンしてそのまま首に手を当てていた。つーっと一筋の血が滴っているのが見える。

「動かないでね、俺の指ナイフより切れるから」

そんなこと言われて動けるほど彼らも私も強くない。キルア氏は終始穏やかに話しているのに、そのはずなのに、有無を言わせない絶対的な何かが雰囲気から感じられて、遠くから見ている私ですら微動だに出来なかった。威圧されるってこういうことなのか。今なら蛇に睨まれたカエルの気持ちが痛いほどよく分かる。

そこからはあれよあれよと言う間にキルア氏は199番のプレートを貰い、他の2つをさながらフリスビーのごとくどこか遠くへと放り投げていた。あのプレートにジェット機能ってついてたっけ?
そういや忘れてたけど199番ってキルア氏のターゲットだ。

「あと3日あるし頑張って探しなよ!じゃな!」

いや無理だろ。無茶言うな。3日で見つけられる距離に落ちたとは到底思えない。だってキラーンって効果音聞こえたもん。アンパンヒーローにぶっ飛ばされたバイキン並みに飛んでったと思う。

「‥にしても」

すごい。すごすぎる。子どもでもエリートとなればこうも違うんだ。今までもいろんな場面で彼の能力の高さが垣間見られたけど、今回はそんなの比ではなかった。いやこんなの遊びのうちにも入らないんだろうけど、その彼の余裕っぷりも私の心を容易く動かした。

鮮やかで無駄のない、綺麗な所作だった。

この気持ちの名前は一体なんと言うんだろう。
気づけば私はスタンディングオベーションをしていた。どこからともなく色んな視線が飛んできたけど、そんなもの今はどうでも良い。この感動を前にしてそんなこと気にする余裕など、今の私には全くなかったのである。