朝日の眩しさに思わず目を細める。木に凭れながら眠るキルア氏を私は一晩中木の上から眺めていた。なんというか凄い凄いという感動?胸の高鳴り?よく分からないけど、とにかくドキドキして眠れなかったのだ。
昨日のキルア氏が3人組からプレートを奪う様はそれはもう見事だった。念も知らないのに圧倒的な強さ。雑魚が相手とは言え、無駄のない動き。思い出すたびにうっとりとしてしまう。
あぁトリックタワーの時も見てみたかったなぁ。そう思うと興奮冷めやらぬ私は映像越しにでも彼の見事な戦いを見たリッポーさんが憎らしいほど羨ましくなった。今度ビデオテープ見せてもらお。
【4日目】
パチッと目を開けたらちょうど朝日がこっちに向かって輝きを放っていた。その眩しさに目を細めながらゆっくり瞼を開ける。小川の川面が光をキラキラと反射しているのを柄にもなく綺麗だと思ってしまった。
っつーか。
「おい」
声をかけると木の上の女はビクッと肩を揺らしたのが見て取れた。な、なななな何?とこんなに吃る奴がいるかってくらい狼狽えている。
「なんなんだよ、一晩中ずっと見続けやがって。気持ちわりー。そんなんでまた眠たいとか言ったら殺すからな」
「し、仕方ないでしょうが!そんなことで殺すとか言わない!君が言うと冗談に聞こえない!」
「うるせーよ!本当に殺すぞ」
「ただ見るくらい良いでしょう!減るもんじゃあるまいし」
「うるせ!ってかなんだ昨日!普通に話してるけど俺まだめちゃくちゃ怒ってんだからな」
ふんっとそっぽを向くと、女は「う‥」と言葉を詰まらせた。正直なところ、あれくらいのこと一晩経てば忘れつつあるけど、それで無かったことにするってのもどうにも釈然としない。あんなこと一度だってあってたまるか。なんというか恥をかかされた気持ちだった。
「あーあ。お前があの時蹴り倒してなきゃ199番だってもう少し張り合いがあったかもしれねーのに」
一体全体どうしてくれんの?とばかりに嫌味をぶつける。俺が口を開けば開くほど、「穴があったら入りたい気持ちです」とか言って女は縮こまっていった。
ふざけてんのか。
「ふざけてないから!!」
「勝手に人の気持ち読んでんじゃねーよ!バカのくせに!」
「確かに私はバカですけど!勘だけは一級品だってあの毒しか吐かないメンチ先輩にだって言われてるんですー」
「あーもーうぜぇ!」
横道外れんな!これじゃぁ恥の上塗りもいいところだ。
わき目も気にせず叫びたい衝動に駆られながらも一回死ねと叫ぶに止まり、スケボーを抱え直して適当に山の中に入る。
根拠のない勘で相手に気持ち読まれたなんて知れたらあのイル兄になんて言われるか。なんてことない石ころをなんとなく拾い、頭にふと苦手な長兄が思い浮かぶ。
「お前に友達なんて要らない」
最近では口を開けばそれしか言わなかった。表面上だけ「分かった」と返しても、馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度も言ってきた。家を出たのは自由が欲しかったことと、兄の威圧感に耐えかねたからだった。
「チッ」
こんなところに来てもあの兄のことはなぜか頭によぎる。ブタくんやカルトなんてぶっちゃけどうでも良いのに。なんであの兄貴だけ‥。
思いのほか石ころを持つ手に力が入ってそれは粉々に砕け散った。その粉砕された元石だったもの達がパラパラと落ちる様を見て、なぜだかよく分からない不安に駆られる。
なんなんだ。くそ。俺は一体なにがしたいんだ。
**
キルア氏は昨日のことなど忘れてはいなかった。子どもなんて寝たらすぐ忘れるもんなんじゃないの?一晩かけて昨日のキルア氏を思い出しては、眠る目の前の彼を見て「あぁ本当に凄かったなぁ」と余韻に浸っていると、まぁそれも気配か視線か両方かでバレバレだったようで、朝起きた時には気持ち悪いだの殺すぞだの散々なことを言われてしまった。挙句には死ねと吐き捨てられ、山の中に消えられた。
「ちょ、ちょっと!」
キルア氏相手だと殺すぞとか死ねとかほんと冗談に聞こえんわ。
歩いてる足を全く止めない彼に一定の距離をとってずっとついていく。何か話しかけようとしたけれど、よくよく考えたら関わるなって何度も念を押されていたんだった。
そんな時、計らったかのように携帯が鳴った。ディスプレイに表示された名前は「トンガリ」。
あーめんどくさ。
「はい」
「調子はどうだね、サラくん」
「順調ですよリッポーさん。万事オッケーです」
「そうかい、そういえば昨日のことを聞いたよ」
「‥‥‥」
「分かっているね?何度も何度も何度も言うようだけ」
プツッ
実際に電話を切る時はピッという音だったけど、漫画だとこんな感じだと思う。この後に続くリッポーさんの言葉が容易に想像できてしまった。あの場に私以外に3人も補佐官が居たし、リッポーさんの耳に入るのも当然だけど、なにもチクることないのにね。同じ仕事仲間なのに。そんなに自分の立場が大事か。
再度かけ直されたら堪らないので携帯の電源を速やかに落とす。この仕事終わったらとりあえずリッポーさんの連絡先は残らないだろうな。
さっさと歩いていくキルア氏は山道を歩き慣れているようで、舗装された道路の上を歩いているかのようにスタスタと歩いていく。対して私はいろんな意味で本気でポンコツなので山道を歩くのがかなり苦手だ。木の上の移動も自分一人でササッと移動するだけならまあなんとかなっても、こうやって誰かの後をつけたり誰かを探したりは苦手だ。ということで、地上移動に変えてみたものの、それでもさっきから躓くわ躓くわ‥げふ!まただ。
「なあ」
転んだ状態から立ち上がろうとした時、上から唐突に声をかけられる。早。けっこう距離とって歩いてたはずなのに、一瞬で移動したのか。もうこんなことではさほど驚かなくなってきてるけど、さっき怒ってるって言ってたし、今日はもう口を聞いてくれないだろうと思っていたから声をかけてきたのにはびっくりした。
「あんた転びすぎじゃねぇ?」
ごもっとも。私を見下ろす彼の口から出た言葉は、私の鈍臭さを非難するというか呆れているといったものだった。彼の目は怒りこそないものの、珍しい虫でも発見したかのような「これ、この棒でつついたらどうなるのかな」みたいなちょっとした好奇心が含まれている。ってか何。それ言う為だけにこっち来たの。山の中でここまで立て続けに転ける人間の方が彼にとっては珍しいようである。
「山道に慣れてないだけです」
「ハンターのくせに?」
「実は山に入ってはいけない病で‥」
「‥‥‥」
うん、何言ってんだろ私。ひとつなぎの大秘宝に出てくる嘘つきの真似したら盛大に滑った。これはひどい。キルア氏の私に向けてくる視線が痛い。だよね、そうなるよね。分かる。私も何言ってんだって思ったもん。何、その頭の可哀想なものでも見るかのような目。いや実際思ってるんだろうな。
キルア氏はまぁいいやと思ったみたいで、また歩き出して行ってしまった。なんか寂しいなぁ。もっと突っ込んでくれてもいいのに。滑ったことといい、キルア氏の反応といい、心にぽっかり穴が開いたみたいだった。
変なの。元より関わっちゃいけないのに、リッポーさんにも後輩Aにも他にも耳タコなくらい言われてちゃんと理解したはずなのに、心のどこかで彼ともっともっと関わりたい、話したいと願っている自分に気付かされた。
なんなのこれ。変だ。わたし変。ただの受験生と補佐官なだけなのに、必要以上に関わりたがるなんて。ほんと‥変なの。