昨日キルア氏は結局ずっと歩き回って、夕方になりもうそろそろ休もうかって時にまぁ良いかなって思えるような水辺を発見してそのまま休むことになった。そんなキルア氏を木の上から見守る。眠いけど、倒れそうなくらい本当は眠いはずなのに、でもそれ以上になんか心が寂しくて、全くと言っていいほど眠れなかった。

2日目だっただろうか。キルア氏は誰かにつけられている状態でおちおち寝れないと言っていた。それも解決したからか、今はたしかに彼を狙っている輩はいないからか、見下ろした時に彼は木に凭れかかって瞼を下ろしていた。

もうそろそろ朝日が顔を出そうかという時、私はようやくまともに息が吸えた。目が冴えていたわけではないのに、なぜか眠れない。起きていても特に何もすることがない。なんとも退屈で、そして窮屈な時間だった。

眠れない夜というのはどうにも好きになれない。見た目ポジティブな私だが、一度ネガティブな思考が働けば途端にどんどんどんどん嵌っていく。底のない沼のように嵌りまくって、あと一歩で病院というところでメンチ先輩に助けてもらったこともある。
けれども、朝日が地平線に沿って細い線となって現れて、やがて丸みを帯びた眩しさに変わった時、ネガティブな思考が一旦止まったのだ。
太陽の力ってすごい。
大地だけでなく、みるみるうちに私の思考まで明るく照らしていく。なんて偉大なる力だろうか。どんな念使いであっても、太陽の光が与えてくれる奇跡みたいな力には敵わない。
生きてるなぁなんて。そう思わせてくれる。
あぁ。私、生きてるんだ。

【5日目】

バシャバシャと水を掬って顔を洗う。タオルで顔を拭けばもうすっかりいつも通りの私が出来上がった。
そのままんーっと伸びをして深く息を吐く。いくらなんでもキルア氏は起きているだろう。と思って後ろを振り返ると、先ほどまでそこにいたキルア氏の姿がなかった。

「‥‥‥は?」

たっぷり3秒固まって、出ていきそうになった脳みそを必死に頭に閉じ込めて、状況を理解し、

「え?な、え、は?なんなんなんで?!」

しようとしたけど!出来るわけない!
普通にありえなくない?人が顔洗ってる隙にどっか消えたってこと?何も言わずに?はあ?なに考えてんのあのクルクルパーは!

辺りをキョロキョロと見渡してもあの銀色の(キルア氏の性格とは真逆な)ふわふわした髪は一向に見つからなかった。

「えー‥‥また見失ったの?」

いやでもこれ私の責任じゃないよね?絶対違うよね?顔洗ってた間にいなくなられたら誰だって対処できなくない?私は一般庶民にちょっと毛が生えた程度のただの人間だよ。無理に決まってる。メンチ先輩みたいに包丁のジャグリングも出来なければ、キルア氏みたいに指をナイフ代わりにも出来ない。普通の普通のただの人間。

そーっと自分の携帯を取り出して絶対に来るであろう小言の電話が鳴ったかどうか一度確認する。そしたらビックリ。携帯の電源切ったままだった。

「‥‥‥」

急いで電源を付けると、またもやビックリ。そこに表示されていたのは「不在着信トンガリ、不在着信トンガリ、不在着信トンガリ、不在着信ブタ先輩、不在着信トンガリ、不在着信メンチ大先輩様、不在着信トンガリ‥以下略」計13件の不在着信であった。普通にひいた。13件なんてもはや犯罪の域である。しかも二次試験組もかけてきた辺り、トンガリことリッポーさんは自分じゃ埒があかないと匙を投げたんだろう。やってくれたなとんがりコーン。リッポーさんやブハラさん(表記名ブタ先輩)はどうでも良いとして、問題はメンチ大先輩様だ。この人自分は料理を前にしてたら緊急時でも私からの電話普通に無視するくせに、逆に私が電話をとらないとめちゃくちゃ激怒するから厄介である。特に今回は仕事が絡んでる。終わったら絶対にお小言の嵐確定だ。

「なあ」
「!」

はぁと大きなため息を吐き出すと、さらにビックリ!キルア氏がなぜか真後ろに居た。今度はたっぷり10秒は固まって、やっとの思いで「‥‥‥は?」と言葉をこぼす。事態を把握していない彼は「お前何やってんの」と呑気に言っている。ふざけんな。

「いやあなたこそ何してたんです?!」
「質問してんの俺なんだけど。まぁいいや。さすがに腹減ったし何か食おうと思って」

すると彼は手にしていた魚を目線近くまで上げて見せてくれた。言っちゃ悪いけど、この島の魚なんでこんな癖のある姿してるやつばっかなの。しかも星柄って何。そんなんで捕食者から身を守ろうとしてるとか世の中舐めすぎだろ。

「‥今回もまぁキテレツな魚を獲りましたね」
「見た目グロい方が美味しいだろ」
「っていうかこれ食べられるんですか?」
「毒持ってたとしても俺そんなんじゃ死なねーし」
「ごめん、そうじゃない」

毒で死なないとかどこまでサイボーグなの。そこまでくるとむしろ何で死ぬの?どうやったら死ねるの?
彼は私のことなど屑ほどにも興味なんてないらしく、その魚に枝を通して土に挿し、火を起こすための準備に取り掛かった。

木と木を擦り合わせて摩擦を起こす。なんとも原始的なやり方である。彼はどりゃぁぁあああと言いながら手がすりむけるんじゃないかってくらい何度も何度も木を擦っている。あ、そういえば。

「いっそライター貸しましょうか?」
「持ってんなら早く言えよ!!」
「あだっ!!」

ハンターならそれくらい避けろだのなんだの酷いように言われて、怒った私がライター放り投げたとしても悪くないはずだ。

**

プレートをゲットしたキルア氏は暇を持て余した猫のようだった。今日一日を振り返ってみても、この人今日何した?息?くらいのものである。余りにも暇だったのか、適当な木の枝を拾っては何かの蔓を括り付け、それを川に投げ入れていた。最初はなんだ釣りかと思って華麗にスルーしていたが、いかんせん蔓の先には餌がない。え、何してんのと思って見ていると、本人は待てど暮らせど獲物がかからないものだからしびれを切らしたらしい、即席の釣り竿を放り投げて、自分の手を変形させて捕るいつものスタイルに戻っていた。あぁそうか。もしかして釣りしたことない、ってか見たことないのか!そらそうだ。だって彼、素手で魚くらい容易く捕れるもん。態々七面倒なことやらないよね。でも知識として知ってても良さそうなもんだけど。釣りなんてものはゾルディックスタイルに反するのかな。まぁ素手で出来たらそれでいいよねサバイバルなんて。それが今日の昼間の出来事である。

そして今、すでに日が傾き夜になろうとしている。キルア氏は両手を枕替わりにしたお馴染みスタイルで木に凭れかかりながら目を閉じている。座禅を組めば念の修行でも出来そうなくらいの静かな彼を、私もお馴染み木の上でカロリーメイトを食べながら見ていた。今日は満月だ。いつもよりはっきりと辺りが見えるし、彼の銀色の髪が月の光を反射してキラキラと輝いている。

「なあ」
「…なんです?」

唐突に声をかけられることも慣れてしまった。

「お前がハンターになりたいのってさ」
「?」
「本当に『あれば便利だから』?」
「なんですか急に」
「んー本当お前だけはないってくらい弱いくせに俺並みに明確な意思とか目的とかないのがなんかしっくりこない」
「ケンカ売ってます?」

じゃぁ買ってやるわと言えないのが悲しい。キルア氏は少しだけ私を見て、それから俯き「それはそれで良い暇つぶしになったかもなー」と呟いた。なんだそれ。人を暇つぶしのおもちゃにすんな。

けれど、なんだか少しだけ様子がおかしい。どこが、とか言えないけど。ただなんとなく。
センチメンタル?思春期ってやつかな。いや私も思春期なんだけどさ、年齢的に。

私は本当に平々凡々な人間である。
それこそ人より秀でた才能なんてものは一切ない。両親は生きてはいるけど、さほど連絡を取り合う間柄でもない。というかぶっちゃけ仲良くない。
私を有名な学校に入れたいが為に必死になっていたのが、私が親を思い出す時に最初に浮かぶ記憶だ。エリート学校を目指す両親から蝶よ花よと育てられ、受験に対して酷いくらいに厳しい部分を除けば幸せな生活を送っていたはずだ。あの日までは。

そう、私は名のある学校の試験にことごとく落ちた。しかも合格確実だと言われていたのにだ。

私を有名にしたかったのか、自分たちの地位を築いて名誉を得たかったのか、恐らく両方だった親は受験失敗の私をそれまでとは手のひらを返して罵倒し、出来損ないと吐き捨てた。家の恥だと、家名を汚したと。あの時の両親の目はゴミを見るような目だった。

「‥正直に話すと」

出来損ないのぽんこつだけど、それでも私だけは私を見捨てたくはなかった。死んでもいいやって半ば自暴自棄になっていた部分もあったのは間違いない。だけど、そこで終わりにしちゃいけないと思った。

「人から凄いって思われたかったんですよね」

他でもない、自分の親に。

家を飛び出し、当然のように行くあてもなく彷徨って、その時に誰かがボヤいたハンター試験って言葉を拾って、めちゃくちゃ難関でぶっちゃけ死ぬってネットに書いてあったからもうこれはヤケだなと思って勢いのままハンター試験に応募して。まぁ更に行くあてもなく彷徨っていたところをメンチ先輩にたまたま救ってもらえた(長くなるのでそろそろ割愛したい。ぶっちゃけ大事なのはここだと言うのは分かってる。わらい)。

そこで私の事情を理解してくれたメンチ先輩は(いやもう事情から胸中までも理解してもらうのにめちゃくちゃ時間かかって罵倒されるわ貶されるわでこの辺りの記憶はある種のトラウマになっている)なんだかんだで私に修行をつけてくれて、人生初のハンター試験に挑んだ。

まぁ落ちたよね。当たり前のように。そりゃそうだ。横でメンチ先輩がカバーしてくれたとしても絶対落ちる気しかしない。メンチ先輩は「死なないだけ良かったじゃない!あんた運あるわよ!」と言ってて、いやこの人笑顔でおっそろしいこと言うなって思って(思えば私の口が悪くなったのはこの頃からである。メンチ先輩の悪影響。絶対にそう。)、もうこうなりゃ自分をぽんこつと認めて血反吐吐くくらい修行してもらって(実際血も反吐も数えきれんくらいに吐いた。メンチ先輩は外面も内面も鬼。)、2回目の試験に合格したのである。

試験に向かう際、頑張るのよー!と意気揚々と送り出してくれたメンチ先輩だけど、彼女曰くなんで合格したのか未だに分からないらしい。うん、私もわからない。ただ1つ言えることは今年の44番や301番のような目合わせただけで殺されるような危険人物はいなかったし、本当にただただ運が良かったんだと思う。
好きな言葉は「運も実力のうち」であることだけはお伝えしておきたい。