「なんだ?」
誰かに見られているような気がしたのと、女の軽い悲鳴が聞こえたのはほとんど同時だった。何だと思ってそのまま後ろを振り返ると、少し遠くの方で女2人組が「いきなりぶつかってビックリしたー」だの「あの女の人一瞬でいなくなったよね」だのと騒いでやがる。
なんなんだ一体。
よく分からないが、見られているのはどうやら勘違いだったらしい。特に気にもせずそのまま歩き出して待ち合わせのリトルボーイに行くと、ゴンとキルアの二人組は既に到着していた。
「ゼパイルさーん!」
「おー!‥って、お前らもう食ってんのかよ?!」
「ゼパイルさんのこと待とうと思ったんだけど‥」
「わり!食欲には勝てなかった」
控えめに食べているゴンの隣でガツガツと食べ散らかしていく銀髪の生意気なガキに俺のこめかみがピクピクと動く。それもしかして謝ってるつもりか?
極め付けには「おっちゃんこれ宜しくな!」と伝票を押し付けてきやがった。お、お前な‥。
「って、頼みすぎだろ!!お前ら悪魔か!」
「俺たち成長期ってやつだからなぁ。仕方ねーんだよ」
「そういうことじゃねぇ」
「ごめんねゼパイルさん。でも絶対残さず食べるから!」
「そういうことでもねぇ」
なんだこの皿の量。なんだこの伝票の束。なんだこの金額。
頭に隕石でも当たったかのような衝撃を受けていると、キルアが「分かっただろ?あの時の俺たちの気持ち」とメロンソーダを吸いながらにやりと広角を上げやがった。
こ、こいつ。何年前か忘れちまったが出会った当初おれが考えなしに食いまくったことを未だに根に持っているらしい。
こうなっちゃ嘆いていても仕方ない。俺も負けじと頼みまくるとテーブルの上に溢れんばかりの料理が並び凄いことになった。
クソ生意気なキルアのことはさておき、黙々と食べながら2人による「凝でがっぽり宝探し大作戦(ゴン命名)」を聞いていると、こいつらは中々に良い働きをしてくれたようだ。
風呂敷の中に隠されたお宝たちを見せてもらう。その中には数年前俺たちを結びつけたあの木造蔵と思われる木蔵もあった。
「ってお前たちまたそれを見つけたのか。なんちゅー運の良さだ。‥やっぱりお前達のそれ‥凝だったか?凄い力だな‥」
実際に手にとってみても形といい重量感といい木造蔵で間違いなさそうだ。俺が長年かけて培ってきた能力をこいつらはまた違った能力を応用させて同じような成果を上げている。
本当に世の中というものは興味深ぇことばっかりだ。
「でもゼパイルさんは凝を使えないのに目利き1つで見分けられるんだもん、そっちの方が凄いよ」
「俺か?まぁな。ただ改めて言われると照れるな」
「‥‥‥」
「キルア、なんだその目」
「いや別に」
「もーキルア!」
「なんだよ、おっさんの照れてる姿なんて誰がみたいんだよ」
「それはそうだけどさー」
誰かこいつらに遠慮と配慮って言葉を叩き込んでやってもらいたい。
俺の心中なんてどこ吹く風のこいつらは目の前に並べられた料理を物の見事に綺麗に平らげていった。もちろん俺も負けじと食べたが、木造蔵を見ていた間に2〜3皿はやられちまったようだった。
「そうだキルア!ゼパイルさんにあのネックレスの石見てもらったら?」
ゴンは最後の皿に乗ったナポリタンスパゲティを口に放り込みながらキルアの方を勢いよく向いた。その拍子にソースが飛び散り、キルアの顔が勢いよくペイントされてしまった。
「石ぃ?」
「そうそう、珍しい鉱石みたいでさ。換金とかオークションに出すとかはしないけど、どれくらいの価値があるのか一度見てもらいたかったんだ」
「なるほどな」
「おい、俺を無視すんな。っとにゴン!!」
「いったー!キルア殴ることないだろー!!」
「うっせー!お前ソースやら口から出た食いもんやら人の顔に付ける飛ばすの何度目だと思ってんだ!いい加減にしろ!」
「わざとじゃないだろ!」
突如始まった喧嘩に最初は「お、おい‥」とやめさせようとしたが、2人揃って「何?!」と突っかかってきたのでやめた。まだまだ終わりそうにない2人の姿を流し見しながら、食後のコーヒーをずずずと飲む。
それにしても。
チラリとキルアを盗み見る。そんな話を聞いてしまったらこちらとしても見てみたい。しかもこいつらは(キルアは分からんがゴンは恐らく)純粋に俺の目利きの能力を信頼して頼んでくれている。
この職についていながらこれを喜ばずにいられるだろうか。
「もー!ごめんって言ってるだろ!」
「それが人に謝る態度かよ!」
お前がいうな。
「それよりキルア!早くゼパイルさんに見てもらわないと!!」
「はあ?!‥あ、あぁ」
どうやらゴンはこの喧嘩が一向に終わらないことを悟ったらしい。話を先ほどの石の件に急カーブで無理やり戻し、キルアはそれにかなり面食らっている。
こいつは正真正銘のガキだったあの頃より生意気なクソガキ具合に磨きがかかってやがったからこんな顔を見れて俺としては万々歳だ。
キルアは腑に落ちない顔をしながらポケットの中を探る。けれども「あれ?」だとか「なんで」だとか言うばかりで、話のタネである鉱石は一向に姿を見せない。
おいおいどうした?と目で訴えてみると、キルアは下を見ながら、ただただ一言「‥‥ない」とだけ呟いた。
「ない?!」
「え、キルア落としちゃったの?」
「いや分かんねぇ。でも落としたりスられたりしたらさすがに気付くはずだし‥「「あ!」」
「?」
キルアが思い出すのとゴンが叫んだのはほとんど同じだった。
「カフェだ!」
「そうか‥ってか絶対にそう!あの時ゴンに見せるために俺ネックレス外したもんな‥あーめんどくせー!」
「心当たりあるなら良かったじゃねぇか。取りに行きゃ良いんだから」
「でも鉱石だぜ?具体的な価値は分からなくても素人目にもそこそこ高価だなってことは分かるんだ。ぜってー誰かに盗られてる‥あーもー!!」
キルアは頭をガシガシにかいて文句をまき散らしていった。
「キルア、行くだけ行ってみようよ!もしかしたら店長さんに届けてくれてる人がいるかもしれないよ!」
ゴンの底の見えない明るくポジティブな意見にキルアは口を尖らせて「‥分かったよ」とボソッと呟いた。
けれど、有るわけねぇよと顔にはしっかりと書いてある。まだまだガキだなこいつも。
「うっざ!」
「いきなりなんだよ!?」
「おっちゃん今俺を見て失礼なこと思ったろ!」
「‥いや別に?」
「きっも!」
不機嫌なオーラを撒き散らしながらキルアはゴンの腕を掴んで立ち上がらせ、そのまま出て行こうとする。その後ろ姿に向かって「また明日もよろしくなー!」と声をかけると、ゴンは少し申し訳なさそうにこちらを振り返り、対してキルアは「分かってるっての!」と憎まれ口を叩いて、今度こそ店から出て行った。
「相変わらず可愛くねぇ奴」
だけど、あいつらと一緒にいることがこんなにも楽しい。思わず口角が上がるのも仕方のないことだ。
水を一気に喉に流し込み、背を向けて置かれた伝票を持つ。財布を取り出しながらレジに向かい、スタッフに伝票を手渡すと同時に軽い電子音が鳴った。
電子文字で書かれた数字を見て俺が固まったのは言うまでもない。
「46,280ジェニーでございます!」
文字通り目玉が飛び出た。
「‥ほんと可愛くねぇ」
引き攣る顔を抑えながら会計を済ませ外に出る。もう日が少し傾いていた。
すっからかんになった財布とは裏腹に、どこか心は暖かくなっていることに気付かされた。
**
カフェまではバスも出ているが、時刻表を見ると走った方が断然早い。少し急ぐ足で並木道の通りを過ぎるとすぐに目的地に辿り着いた。
「いらっしゃいませー‥おや?」
「‥どーも」
店内は既に客の姿はなく、店主も掃除をしている最中だった。今日初めて来たとはいえ店主は俺たちのことを覚えていたらしく、入った途端に「また来てくれたのかい」と声をかけてきた。
「おじさん俺たちのこと覚えてるの?」
「あぁ。俺の店であんなにも食べてくれた客は君たちが初めてだからね。それで何だい?まさかまた食べに来てくれたのかい?」
店主は気さくな笑顔で応えてくれた。お冷を用意しようとグラスを出してくれたのを見て、ゴンと共に慌てて止める。
「おっちゃん、俺たち食べに来たわけじゃねぇんだよ」
「そうなのか。残念だなぁ」
「あのさ、俺たちが帰った後にテーブルか椅子の下かもしくはレジの辺りかにネックレス落ちてなかった?こんくらいの白い石がついたやつ」
「ネックレス‥」
うーんと悩んだ素ぶりを見せたかと思うと、店主は「あぁ!」と言って奥に入っていった。もう無いものと思って聞いてみたが、もしかしたらゴンのいうように店主が拾ってくれたか誰かが届けてくれたかしたのかもしれない。店主が消えていった方を見ながら俺は期待が膨らんでいった。
「待たせてすまないね。これのことかい?」
そうやって見せてくれたそのネックレスこそ、俺が探していたものだった。
「そう!それだよ!」
「やったね!キルア!」
「おう!」
店主は見返りも求めず、特に何も詮索しないままネックレスを返してくれた。「見つかって良かったね」と人好きのする笑顔まで見せて。まるでゴンみたいだ。
「それはね、名前ちゃんが見つけてくれたんだよ」
「え‥?」
「名前‥?」
店主は今名前と言わなかったか。
「おじさん!名前のこと知ってるの?!」
「え?あぁ‥前うちで働いてくれてたことがあるからね。知ってるよ」
いやでも俺たちの知ってる名前とは限らない。俺やゴンみたいに珍しい名前じゃないし、人違いの可能性の方が正直高いだろう。
「可愛いし愛想も良いからすぐに常連さんも出来たりしてね」
だけど、頭で否定する言葉を並べる割には心の奥底でなぜだか確信めいたものを感じた。この店主のいう「名前」はきっと俺たちの知っている「名前」に間違いない。
こんな、こんなところにいたなんて。
「まさか君たちの友達だとは思わなかったなぁ」
「いや、分からない。俺たちの友達に名前って名前の子がいることは確かだけど、もう何年も会ってないから‥」
「そうか‥。でも、名前ちゃんは君たちとちょうど同じ年くらいだよ」
「そうなんだ‥キルア?」
名前を呼ばれてボーと突っ立っていただけだったことに初めて気がついた。
「え、あ‥あぁ」
「‥大丈夫?」
「あぁ‥ちょっと驚いた」
「そうだね。俺もかなり驚いてる‥ねぇおじさん、その名前って子どこにいるか知らない?」
俺たちの様子に少し困惑気味だった店主が今度はどうしたもんかと悩んでいる顔を見せた。
「名前ちゃんがどこに住んでいるのかは知らないんだよ‥」
店主は困った顔を見せた。
ゴンが「え、知らないの?」と驚いた声を出すが、俺にはそのことが更に話題に上っている人物を俺たちの知る名前へと近づけた。
あいつはなぜだか徹底的に自分のことを隠していたはずだ。こんな小さなカフェであっても一度口から出た言葉ってのは誰がどう拾うかなんて分からない。あいつはアホだけど疑り深いところがある。いつかこんな風に俺たちに自分のことを話される日が来ることを察していたのかもしれない。
もう何年も会っていないけれど、そういうところが変わっていないことに俺はむしろ安心さえした。
どうりでほんの少し探しただけじゃ見つからなかったわけだ。
「ゴン、もしも俺たちの知ってる名前なら今はまだあまり余計な詮索はしない方がいい」
「‥そうだね。9月1日名前は来るって言ってるしね」
「ああ。ここで変に探っちまったらあいつはきっと勘付く。下手したらその日も来なくなる可能性が高い」
疑っているわけではないけれど。
ゴンも俺の言わんとしていることが分かったのか、そうだねと真剣な面持ちで呟いた。
「名前のこと信じよう。店長さんどうもありがとうございました」
「これも、捨てずに置いといてくれてサンキューな」
「あ、あぁ‥力になれなくてすまんね」
会釈して店を出る。
もうすっかり日も暮れかかり、夜の闇をさぁさぁおいでと引き込んでいるようだ。
走ってきた道のりをトボトボと歩いて戻る。
ネックレスは見つかったのに心は晴れるどころか、何かが引っかかって離れない。それはゴンも同じらしく、思わぬ収穫に2人して驚きを隠せずにいた。
「おーーーい!」
後ろから声をかけられゴンと共に振り返る。さっきのカフェのマスターが走って追いかけてきてくれたようだ。
「名前ちゃんは今でもよくこの店に来てくれるよ!モーニングが好きだ!」
会いに来いと言っているのだろう。何も返事ができずに店主をただ見つめるだけの俺と違って、ゴンはほんの少し間を置いてから「ありがとーう」と大きな声で手を振り彼に応えた。
ハンター試験が終わってから俺の家まで迎えにきてくれたあの日、朝方別れる前に5人で最後にカフェに入った。なんていう名前だったか思い出せないけれどこじんまりとしたカフェで最後に5人で食べたモーニングがなぜか今鮮明に思い出された。