譲れぬ想ヒ

清潔な保健室から異様な香りと音が幾度も鳴り響き、男の色っぽい息遣いと女の抑え気味な喘ぎ声が二人だけの空間と言わんばかりに激しく主張した。

「は、………っ、ななし…………!」

「高虎………先輩………私、もう……!」

ななしと呼ばれる女生徒は高虎と呼ばれる男性徒の首に手を伸ばして痛みと快楽の狭間を乗り越えようとする。そして高虎は彼女の黒髪ごと頭を鷲掴んでは、唸声を唱えて中の締め付けに応えながら盛大に破裂した。

「…………あ……………。」

ドクドクと脈打ち流れる白濁液は、彼女の最奥へは流れず、予め用意しておいた避妊具の中へと惜しくも飲まれていく。

「……………痛いか。」

「………大丈夫、です。」

ギシリ、散々悲鳴を上げていたベッドのスプリングは高虎の脱力と供に控えめな音を鳴らした。彼女の手によって乱された髪型を何となく手直し、漸く収まったそれをゆるゆる引き抜くと、汚れたシーツや彼女を慣れた手付きで早く片す。

………まるで、何度もこういった行為をしているかのように。

「………………先輩、その。」

「ん、どうした。」

新しいシーツに包まれたななしは、何処か気まずそうに眼差しを送る。その晒された部分の肌には幾つもの痕が残り、制服で隠し切れない所は絆創膏などでカバーしている。

「………気にするな、俺は、最初からあんたしか見ていない。」

わしゃわしゃと頭を撫でると優しくキスを重ね、穏やかな笑みを浮かべる高虎。

「さて、そろそろ時間か。」

二人が来る前の保健室になったところで、事後のタイミングを図ったかのように誰かが鍵を開けて入室してくる。

「終わったか。」

「ああ、いつも助かる。」

「…………俺が保健の先生でなければ出来ない事だったな。」

「……………そうだな、感謝している。」

日常の一環だと微動だに気にしない男、吉継は、未だ顔を紅くして俯く彼女を見ては薄ら目を細める。

「お前も辛いだろう、ここでしか関係を結べないのは。」

「…………………。」

きゅっと唇を結んで、吉継に憂う表情を見せるななし。

「ところで高虎、どうなんだ、あの女とは。」

「………相変わらずしつこい奴だ、人前でキスしたいだの、誰もいない教室で抱かれたいだの、媚びる男誑しめ。」

ななしと同じ後輩であるが、出会いはこの結乃という女が先であった。最初は純情さを演じてはいい女っぷりを主張し、誰もが羨む美男美女として学校中に瞬く間に広まった。特別恋人同士でもなかったのだが、周りの勢いに圧倒され、有無言わず勝手にお似合いカップルなどという烙印を押されてしまった訳だ。

それからというもの、授業が終わる度に顔を見せにわざわざやって来ては私達熱々のカップルです、とベッタリくっついて来るのが頻繁になった。お陰様で同級生からは可愛い後輩だと散々持て囃されている始末である。

が、正直、高虎にとってはそれが煩わしくて仕方なかった。自分が認めた訳でもないのに、好きでもない女と恋人同士だなんて、胸糞悪いにも程がある。

「さっさと別れを告げればいいだろう。」

「……………言った、俺に構うなと。だが、それ以上は……言えん。」

顰めた顔で腕を組む高虎。それが出来ない理由、あの女がななしの存在に気付いているから。



そんなななしとの出会いはひょんな事。偶然同じバスに乗り合わせ、偶然隣同士の席になった時である。その時のななしは誰もが見惚れてしまうような、芯から純情な雰囲気を醸し出していたのを今も覚えている。綺麗に切り揃えられた長い黒髪に、化粧なしでも十分な位の白い肌、まるで百合の花のように、本当にこんな人間がこの世に存在するのかと言わんばかりに完璧な少女だった。

よく見れば自分と同じ学校の制服、自分の学年には見かけない事から、後輩だとすぐに分かった。

『……………おい。』

『……………?』

『これ、絡まっているぞ。』

彼女が首から掛けていたイヤホンのコードが鞄からぶらさげているキーホルダーと複雑に絡まっていた。

『あ…………。』

気付いてそのコードの絡みを解こうと奮闘するが、なかなか外れなくて次第に慌て始める。

『…………待て。』

そのもどかしさに痺れを切らした高虎は、そのコードに手を掛けて黙々と器用に解きほぐしていく。

『……………。』

至近距離で動作する姿は彼女にとっては最高潮の緊張を意味し、思わず顔を赤らめずにはいられなかった。端正な顔付きで時々こちらに鋭い目線を寄越す度、それが更に心臓の鼓動を早まらせる。

『ほら、取れたぞ。』

彼の真剣な姿に夢中になっていた彼女は、我に返るなり瞬きを繰り返して一体何見惚れているんだと申し訳なさそうに目を泳がせた。

『あ、ありがとうございます………その、同じ学校の方ですよね………?』

『ああ、俺は三年だが………あんたは。』

『あ、先輩なんですね………私は二年です………。』

『そうか………名前は?』

『ななし………。』

『ななしか………俺は藤堂高虎だ。』

『藤堂………高虎……先輩………。』

小さな唇で名前を呟くと、僅かに口元を緩めて笑みをたたえた。

そんな細やかな仕草が、どうしようもなく目が離せなくなって。

『格好いい名前、ですね。』

『………そんな事言われたのは初めてだな。』

『そうですか?』

なんて惚気けた話が繰り広げられていると、時間というものは何とも無情なもので、いつしか学校のすぐ近くまで迫っていた。

『…………あ、もうこんな……。』

『なぁ、ななし。』

『あ、はい…。』

『良ければ、これからも一緒に登校しないか。』

それは突然の告白みたいなもので、ななしも堪らず息を呑んでしまう。一瞬戸惑いはするもの、それでも決して嫌ではなく、初対面でも同じ学校の生徒だと分かれば尚更だった。

『あ……あの……私で良ければ、「緑丘」のバス停から乗るので、その時にまた声を掛けてもらえれば………。』

と、嬉しそうにはにかんだ姿に、耳を赤くした高虎は完全に恋に落ちていた。





「そうか………例の彼女は薄々気付いているのか。」

吉継は布で覆う口元から溜息をこぼして椅子に座る。抱えたカルテを机に置くなり、こちらに向き直って

「だからこそ、この貴重な時間は譲れない、そういう流れか。」

「…………そういう事だ。」

悪いな、毎度仕事の邪魔して。高虎は面倒そうにベッドに倒れこむと、腕で目を覆った。

「全くだ。不順異性交遊をみすみす逃す先生が何処に居る事やら。ましてやその何たるかを教える保健の先生だぞ。」

「…………ごもっとも。」

冗談が笑える内ならいいのだが。

……どうやら一緒に登校する所を見られていたようで、彼女はななしに目を光らせ始めた様子が窺える。その為、最近はなるべく時間をずらして女とは出くわさない様に試行錯誤しているのだが、やはり疑念はうまい事晴れない。授業が終わる毎に付き纏う形で一向に離れない為、なかなかななしに会えない分こうして放課後に逢瀬を重ねているのだ。
加えて、保健室の貸し切りを与えてくれる先生が昔馴染みの友であったのも非常に運が良かった。

授業中でもお構いなしに思い焦がれる心、その度に強く結ばれていく二人の絆。そんな気持ちを抱きながら保健室に足を運べば、そこからは秘密の放課後に変わる。

「………………。」

別れ……もとい、突き放すような言葉を放てば、結乃は激昂して必ず原因となったななしの所へ向かうだろう。彼氏(高虎はそう思っていない)を奪った悪女として、学校内での人気者の権限を最大限に駆使しては、彼女を徹底的に貶める行為にまで突っ走る事間違い無し。

何の罪もないななしが結乃の自分勝手な愚行によって学校生活に支障をきたすのは、高虎にとって最悪の結果でしかならない。ましてやその所為でななしが学校を辞めてしまったら、もしかすると、その女の首を絞めかねないだろう。

………が、ハッキリと断れなかった自分にも非がある。有耶無耶に恋人同士にされた時にもっと強く拒むべきだったのだ。ななしにもっと早く出会っていれば、この只管漂うだけの気持ちにもけじめをつけて、彼女一筋に選んでいただろうが、今となってはもう何もかもが遅い。

……いや、どの道どんな状況下においても彼女は俺といる限り危険な目に遭う確率は高い。綱渡りの恋路は実に万事休す。

「まぁ、気にするな、俺とお前は旧知の仲であるからな。」

「……そう言ってもらえると、こちらとしても幾分気が楽になる。」

そんな会話を続ける中、

「…………あの。」

と、ななしが消え入りそうなか細い声を紡ぐ。

「どうした、何処か痛むのか。」

そう言って心配そうに高虎は眉尻を下げては彼女の蹲るベッドに腰を掛ける。そかし、彼女はふるりと首を横に振って

「そうじゃなくて……その、私が高虎先輩を苦しめる原因となっているのであれば………潔く、諦めます………だから………。」

今にも泣きそうな顔で訴えるものだから、高虎はつい眉間に影を落として

「馬鹿野郎………迷惑だなんて誰が言った。ななし、俺は、俺の意思で一緒になりたいと思った。優しいあんたが好きだから、守りたい人だと心から思えたから、今もこうして諦めない気持ちでいられる。」

「………先、輩。」

「だから、何も心配しなくていい。頼むから………いつまでも傍で笑っていてくれ。」

それが何よりの生きがいだから、と高虎は彼女の手を取り切実に希う。暗闇に眩ませた瞳は本気で失いたくないと、ギリッと奥歯を噛み締めた。

「………ありがとうございます……高虎先輩………。」

「………なぁ、その先輩っていうの、無しにしてくれないか。………出来ればこれからも、名前で呼ばれたい。」

そんな一途な言葉にななしも目を丸くさせて、静かに黙り込んだまま高虎の手を握り返した。ギュッと、何度か握る力を強めたり弱めたり、肌触りを確認するようにそろそろ撫でたり、そして遂に決心がついたのか

「その……高虎、君………?」

「……………まぁ、いいか。」

その精一杯な表情に免じて、高虎は嬉しそうに苦笑いした。

「俺の前で惚気けた話は構わないが、下校時間はとっくに過ぎているぞ。」

そこまでは流石の俺も庇えきれない、と困り顔……のような仕草をする吉継。

「そうか、そうだったな。門が閉まる前に帰るぞ、ななし。」

「あ、はい。」

急いで着替えるといつものように絆創膏をペタペタと貼り、鞄を持って吉継に頭を下げてその場を後にすると、早歩きする高虎の後ろによたよたと覚束ない足取りで付いていく。そんな姿に高虎もすっかり笑みを取り戻し、自然と緩む口角。

日も暮れかけて生徒の数も指折り数える程度しかすれ違う事も無かった。

「門が閉まったら厄介だからな、もう少し大丈夫か。」

何処が大丈夫かは、言わずもがなである。

「はい、バスに乗ればもう平気ですから。」

そうして昇降口を抜けてギリギリ門を潜り抜けた二人は、安堵の表情を見せ合う。

が、それも束の間、女の影が立ち塞がった。それは紛れもなく恋人だと言い張る結乃の姿だった。

「高虎君、随分と遅い下校ね。」

「…………あんたか………。」

なんとタイミングの悪い、否、相手がタイミングを見計らっていたというのが正論か。

短いスカートを靡かせながら、彼女はいじける様に目を伏せて髪をくるくる触り始める。

「………ううん、いつも遅い下校だよね。私と帰ってくれた事なんて一度もないし、キスだって、ましてや手を繋いだことだって一度もない………。なのに、その女とだったら、平気で手を繋ぐんだ。」

不安そうにななしはいつの間にか繋いでいた高虎の手を見つめる。だが、しっかりと握られていて、離す素振りを一切見せようとはしない。

「あんたと恋人になった覚えはないんだがな。と言うより、勝手に俺の周りを彷徨く傍迷惑な女としか見てなかった。」

高虎はななしを守るよう自分の背に隠し、真っ向から彼女に向かって冷たく言い放つ。そんな挑発に苛立ったのか、彼女は地団駄を踏んで荒々しく叫んだ。

「…………っ、そんなブスの何処が良いのよ!」

「……やれやれ、外見は幾ら綺麗に磨いていようとも、中身がこんなにお粗末だと救いようがないな。みんなに言ってやりたい位だ、あんたみたいな女の裏の顔を。」

呆れたように肩を竦ませる高虎。しかし、女もそう簡単には引き下がらない。

「ふ、ふん……いいのよ?その女、明日から学校に来れなくしてあげても。私とよりを戻すんだったら、考えてあげてもいいけど。」

卑怯な手を偉そうに、勝ち誇ったように、女は指をさして嘲笑う。

「よりを戻すも何もだな………いや、そうか、したきゃ別にすればいい。」

「……………どういう意味。」

ああ、その時は、と、不意に離れる高虎の手。靴を鳴らしながらゆっくりと歩みを進めて、彼女に向かって伸ばされる時間は瞬きした直後の出来事。


今ここで貴様を括りーー


頬を撫でる様に低音で囁かれた言葉はななしには聞き取れず、その代わり、結乃の表情はみるみる真っ青になっていく。

「い、いや………!」

慌しく瞳を揺らしながらあっという間に血相を変えた結乃は立ち尽くす高虎から距離を置くように後ずさる。

それでも高虎は歩みを止めずに続けた。

「ハッキリと言わなかった俺にも責任がある。だからこそ、その怒りは俺にぶつければいい。彼女は関係ない。」

夕焼けを背にした彼の姿はまるで氷のように冷たく、影に覆われた瞳は武者の如く焔を宿し、普段見ていた穏やかな男性徒の姿は何処にもなかった。

大将の首を狙う、それはまるで武士の様。

「だが、これだけは言わせてもらう。俺はあんたと付き合う気はない、勝手な戯言を周囲に撒き散らすな。

二度と、彼女に、近付くな。」

刀の切っ先を首元に向けられたような恐怖に陥った結乃は、唇を噛み締めるなりその場から走り去ってしまう。それを終始見ていたななしもまた、腰が抜けそうな勢いに膝の震えが止まらなくなっていた。

「ななし………?」

ふと振り返ると、ななしはその場に崩れ落ちそうになる瞬間で。

「………っ、と。」

間一髪その身体を支えるが、見上げた顔は涙を堪えようとしている。

「悪い……怖がらせるつもりはなかった。」

「…………ごめんなさい。」

「なんであんたが謝る。」

「明日から………高虎君が………。」

「ったく、俺の心配なんかしなくていい。」

何の事かと思えば。気恥ずかしく頭を軽く掻きむしっていると、同時に地に落ちていた鞄のキーホルダーを見て、ふと高虎は口ずさんだ。

「そう言えばこのキーホルダー、出会った頃からずっと付けているな。」

「え………あ、はい。一応私のお気に入りで………それがどうかしましたか?」

「…………俺も、これと同じ奴を付けたいんだが。」

「…………え?」

「まぁ、今日かられっきとした恋人になる訳だからな、その記念に。」

「…………!」

これの色違いはあるか?何処で買ったんだ?などお構いなくスッパリ言い切る高虎にななしは本日最大級と言わんばかりに顔を真っ赤にさせて、暫く答える事が出来ずに硬直し続けたのだった。














「ふむ、今日も来たのか。」

クルリと椅子を回してこちらに目を向ける吉継は、いつもと変わらぬ表情で二人の姿を見つめていた。

「ああ、だが、これからは無くなる。」

「……………そういう流れ、か。」

二人同時に来た事の意味を悟った吉継はゆっくり腰を上げるなり、書きかけのカルテと保健室の鍵を持って入れ替わるように扉に向かっていく。

「………とは言え、体がしっかり出来上がる歳になるまでは、」

「言われなくても分かっている。互いに卒業出来なければ話にならん。」

「そうか。」

ごゆっくり、まるで旅館の仲居のような佇まいで終始声色変える事ないまま保健室を後にする吉継。

「……………高虎君。」

「ん?」

「あの…………その…………。」

「言いたい事があるなら今の内に言っておけ。今日はいつも以上に歯止めが利かんだろう。」

「その…………私が、そ、卒業したら………その時は、迎えに来てください……!」

訴えるように見上げるななしは、いつになく力強い声だった。

「……………!……………あんたという奴は…………。」

当然、迎えに行くだろう。その言葉と同時にベッドに倒れ込んだ二人の行く末は、絡み合った二個のキーホルダーのみぞ知る。






(わ、高虎………今度の彼女、すげえ可愛い後輩じゃんか!)

(あんまり近寄るな、気が滅入る。それにアレは元彼女ですらない。俺の初恋はななしだけだ)

(………一度惚れるとトコトン一途なんだな……お前………)