かきくトリオ
とある休日。
金田一と国見がこの公園の前を通りかかったのは偶然だった。
「なぁ、あれ⋯」
金田一に促される形で金網を挟んだ先にあるバスケットコートを見遣れば、そこにはゴールに向かってバックトスを放つ影山の姿があった。放たれたボールは綺麗な弧を描き、小気味良い音を立ててゴールに吸い込まれる。
「相変わらずすげーコントロールだな⋯」
「⋯⋯」
特に同調することもなく国見は何事も無かったかのように素通りしようとする。だが次の瞬間、影山がボールを拾ったあと近くのベンチに座っていた人物へ手渡した。影山に気を取られていた所為で金田一も国見もその存在に今の今まで気づかずにいた。
「え⋯もしかしなくても相手、女の子?」
「――は?」
「まさか影山の彼女⋯」
「そんな訳ないだろ。ありえない」
「だってあの影山だぞ?!チームメイトとすら打ち解けられなかったアイツが女子とあんな親しげに⋯!」
「⋯⋯リア充爆ぜろ」
金田一による謎の力説により冷静沈着な国見もいつの間にか『もしかしたら本当に彼女かもしれない』という思考に傾き、思わず悪態が口をついて出た。ところがそれだけでは終わらず、ボールを受け取った彼女もフリースローラインに立ち影山と同じようにバックトスを放ったのを見て更に驚愕した。先程のデジャブかと思えるほど正確にボールはゴールを通過する。
そんなこんなですぐに立ち去るつもりがそのまま二人の動向を観察してしまい、その内4回目の順番が来た時とうとう彼女がミスを犯した。リングに弾かれたボールは幸か不幸か、国見達がいる方へと転がり――。
「「「あっ⋯」」」
すぐさま立ち去らねばと思うが時すでに遅し。
少し離れた距離で金網越しに視線を交えフリーズしている3人の後方で、やや遅れて影山も金田一と国見の存在に気づき僅かに目を見開いた。そしてゆっくりと歩みを進め春菜の側に落ちていたボールを片手で掴み取った。
(すごい⋯!生かきくトリオだ!!)
沈黙が支配する中、春菜だけは内心歓喜に満ちていた。
表向きは初見のフリをしなければならないので平静を装っているものの、少しでも気を抜いたらニヤけてしまいそうなので必死に口元を引き結ぶ。けれどこのまま微妙な無言状態が続くとボロが出てしまいそうで危うい⋯と思い自ら口を開く。
「もしかして影山くんの知り合い、とか?」
「中学んときの同級生で同じバレー部だった。こっちが金田一で、そっちが国見」
「そうなんだ?初めまして。神崎春菜です」
「ち、ちわっす」
「⋯どうも」
「少し前からバレー部のマネージャーやらせてもらってて⋯って言っても今は臨時なんだけど」
春菜に向かって頷くように軽く頭を下げた後、ひそひそと話を始める『き』と『く』。
「ほらみろ。やっぱ彼女なんかじゃねーじゃん」
「俺に言うなって。けどあの影山がフツーに女子と絡んでること自体意外過ぎるだろ」
「まあ⋯確かにそれは一理ある」
すると突然影山の声が割って入り、密談は早くも強制終了。
「おい」
「⋯何?」
「お前らここで何やってんだ?」
「何って、偶々通りかかっただけだけど?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
とりあえずの和解後(?)とはいえ、国見と影山の空気は相変わらずで。第三者である春菜も居る手前、この状況と雰囲気は宜しくないと思う金田一。しかし偶然通りかかったのは事実だが、その後デバガメ状態で『二人の動向をずっと観察していました』と口にするのは憚られて上手くフォローも出来ぬままお手上げ状態。
そんな中、この微妙な雰囲気を一変させるかの様な明るい声が響いた。
「金田一くん、国見くん」
「「??」」
「まだ時間に余裕あるかな?」
「え?あー⋯まぁ、少しだけなら」
「じゃあちょっと待ってて貰える?すぐ戻るから」
「―おい、神崎?」
「さっきの勝負負けちゃったから約束通りぐんぐん買ってくるよ」
言うが早いか、春菜はベンチに向かい小銭を手にすると園外に設置されている自販機へと駆け出していった。その場に残された“かきくトリオ”は彼女の背中を見つめている。すると今まで黙っていた国見が徐に口を開いた。
「⋯神崎さんって言ったっけ。あの子、何者?」
「は?」
「勝負って、さっき二人で交互にやってたバックトスの事だろ」
「俺も思った!なんか“女版影山”って感じだったぞ」
「あのバックトスを最初にやってたのは神崎だ。俺もあれ初めて見た時すげーって思って、ひたすら練習した。で⋯さっき初めてあの勝負で神崎に勝った」
心底嬉しかったのだろう。
無意識に出たガッツポーズと満足気な笑みを浮かべた影山を見て、金田一と国見は思わず顔を見合わせて小さく噴き出した。
先程までの気まずさが嘘のように、一瞬にして和やかな空気が流れ始めると同時に春菜が戻ってくる。そのまま金田一と国見の目前まで行くと『ぐんぐんヨーグルト』を2本差し出した。
「良かったら飲んで。お近づきの印に」
「いや、でも⋯」
春菜の気遣いに遠慮と戸惑いの姿勢を見せる金田一。
一方の国見はそんな春菜をじっと凝視した後、影山にも視線を向けた。
(――いいのか?)
(――おう)
それはまるで以心伝心。
国見は僅かに頷いた影山の意向を汲み取ると小さくフッと笑んで、再び春菜を直視する。
「それじゃ遠慮なく。ありがとう」
それを見た金田一もようやく厚意を素直に受け取った。
「じゃあ俺も⋯いただきます」
「うん。また試合とかで会う機会があったらよろしくね。それじゃ、」
園内に戻っていく春菜を見送りつつ、二人は影山にも声を掛けた。
「―じゃあな、影山」
「おう」
「また一人で突っ走って愛想尽かされないように気を付けなよ」
「?!」
言いたいことだけ言ってスタスタと歩き出す国見。影山が何か反論めいたことを叫んでいるのが聞こえるが完全スルー。次いでその後を慌てて追い始める金田一。すぐに追いついて、何気なく横を見遣った金田一はニッと笑って晴れ渡る空を見上げた。
国見の口元が、いつになく上向きになっている事に気づいたから。
2021/04/14
金田一と国見がこの公園の前を通りかかったのは偶然だった。
「なぁ、あれ⋯」
金田一に促される形で金網を挟んだ先にあるバスケットコートを見遣れば、そこにはゴールに向かってバックトスを放つ影山の姿があった。放たれたボールは綺麗な弧を描き、小気味良い音を立ててゴールに吸い込まれる。
「相変わらずすげーコントロールだな⋯」
「⋯⋯」
特に同調することもなく国見は何事も無かったかのように素通りしようとする。だが次の瞬間、影山がボールを拾ったあと近くのベンチに座っていた人物へ手渡した。影山に気を取られていた所為で金田一も国見もその存在に今の今まで気づかずにいた。
「え⋯もしかしなくても相手、女の子?」
「――は?」
「まさか影山の彼女⋯」
「そんな訳ないだろ。ありえない」
「だってあの影山だぞ?!チームメイトとすら打ち解けられなかったアイツが女子とあんな親しげに⋯!」
「⋯⋯リア充爆ぜろ」
金田一による謎の力説により冷静沈着な国見もいつの間にか『もしかしたら本当に彼女かもしれない』という思考に傾き、思わず悪態が口をついて出た。ところがそれだけでは終わらず、ボールを受け取った彼女もフリースローラインに立ち影山と同じようにバックトスを放ったのを見て更に驚愕した。先程のデジャブかと思えるほど正確にボールはゴールを通過する。
そんなこんなですぐに立ち去るつもりがそのまま二人の動向を観察してしまい、その内4回目の順番が来た時とうとう彼女がミスを犯した。リングに弾かれたボールは幸か不幸か、国見達がいる方へと転がり――。
「「「あっ⋯」」」
すぐさま立ち去らねばと思うが時すでに遅し。
少し離れた距離で金網越しに視線を交えフリーズしている3人の後方で、やや遅れて影山も金田一と国見の存在に気づき僅かに目を見開いた。そしてゆっくりと歩みを進め春菜の側に落ちていたボールを片手で掴み取った。
(すごい⋯!生かきくトリオだ!!)
沈黙が支配する中、春菜だけは内心歓喜に満ちていた。
表向きは初見のフリをしなければならないので平静を装っているものの、少しでも気を抜いたらニヤけてしまいそうなので必死に口元を引き結ぶ。けれどこのまま微妙な無言状態が続くとボロが出てしまいそうで危うい⋯と思い自ら口を開く。
「もしかして影山くんの知り合い、とか?」
「中学んときの同級生で同じバレー部だった。こっちが金田一で、そっちが国見」
「そうなんだ?初めまして。神崎春菜です」
「ち、ちわっす」
「⋯どうも」
「少し前からバレー部のマネージャーやらせてもらってて⋯って言っても今は臨時なんだけど」
春菜に向かって頷くように軽く頭を下げた後、ひそひそと話を始める『き』と『く』。
「ほらみろ。やっぱ彼女なんかじゃねーじゃん」
「俺に言うなって。けどあの影山がフツーに女子と絡んでること自体意外過ぎるだろ」
「まあ⋯確かにそれは一理ある」
すると突然影山の声が割って入り、密談は早くも強制終了。
「おい」
「⋯何?」
「お前らここで何やってんだ?」
「何って、偶々通りかかっただけだけど?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
とりあえずの和解後(?)とはいえ、国見と影山の空気は相変わらずで。第三者である春菜も居る手前、この状況と雰囲気は宜しくないと思う金田一。しかし偶然通りかかったのは事実だが、その後デバガメ状態で『二人の動向をずっと観察していました』と口にするのは憚られて上手くフォローも出来ぬままお手上げ状態。
そんな中、この微妙な雰囲気を一変させるかの様な明るい声が響いた。
「金田一くん、国見くん」
「「??」」
「まだ時間に余裕あるかな?」
「え?あー⋯まぁ、少しだけなら」
「じゃあちょっと待ってて貰える?すぐ戻るから」
「―おい、神崎?」
「さっきの勝負負けちゃったから約束通りぐんぐん買ってくるよ」
言うが早いか、春菜はベンチに向かい小銭を手にすると園外に設置されている自販機へと駆け出していった。その場に残された“かきくトリオ”は彼女の背中を見つめている。すると今まで黙っていた国見が徐に口を開いた。
「⋯神崎さんって言ったっけ。あの子、何者?」
「は?」
「勝負って、さっき二人で交互にやってたバックトスの事だろ」
「俺も思った!なんか“女版影山”って感じだったぞ」
「あのバックトスを最初にやってたのは神崎だ。俺もあれ初めて見た時すげーって思って、ひたすら練習した。で⋯さっき初めてあの勝負で神崎に勝った」
心底嬉しかったのだろう。
無意識に出たガッツポーズと満足気な笑みを浮かべた影山を見て、金田一と国見は思わず顔を見合わせて小さく噴き出した。
先程までの気まずさが嘘のように、一瞬にして和やかな空気が流れ始めると同時に春菜が戻ってくる。そのまま金田一と国見の目前まで行くと『ぐんぐんヨーグルト』を2本差し出した。
「良かったら飲んで。お近づきの印に」
「いや、でも⋯」
春菜の気遣いに遠慮と戸惑いの姿勢を見せる金田一。
一方の国見はそんな春菜をじっと凝視した後、影山にも視線を向けた。
(――いいのか?)
(――おう)
それはまるで以心伝心。
国見は僅かに頷いた影山の意向を汲み取ると小さくフッと笑んで、再び春菜を直視する。
「それじゃ遠慮なく。ありがとう」
それを見た金田一もようやく厚意を素直に受け取った。
「じゃあ俺も⋯いただきます」
「うん。また試合とかで会う機会があったらよろしくね。それじゃ、」
園内に戻っていく春菜を見送りつつ、二人は影山にも声を掛けた。
「―じゃあな、影山」
「おう」
「また一人で突っ走って愛想尽かされないように気を付けなよ」
「?!」
言いたいことだけ言ってスタスタと歩き出す国見。影山が何か反論めいたことを叫んでいるのが聞こえるが完全スルー。次いでその後を慌てて追い始める金田一。すぐに追いついて、何気なく横を見遣った金田一はニッと笑って晴れ渡る空を見上げた。
国見の口元が、いつになく上向きになっている事に気づいたから。
2021/04/14