不器用な彼なりの愛情表現

※『黒猫と不機嫌な王様』続き

会場を後にしたのち、手を引かれるがままに歩いていたが暫く行った所で影山はふいに立ち止まった。

「帰る前に飯、食ってもいいか」

もっと何か責められるような言葉が飛んでくるかと思いきや⋯予想の斜め上をいく発言に些か拍子抜けしつつも、内心ホッとしているのは事実で。すぐさま首を縦に振って了承する。

食事時を過ぎたファミレスの店内は客も疎ら。周囲に誰もいない一番奥まった窓側の席に着くと影山は早々に首元のネクタイを緩め、テーブルの端に立てかけられたメニューを手に取ると一つを春菜に差し出した。

「神崎もまともに食えてないだろ」

指摘されて「そういえば⋯」と自身も空腹であることを自覚し手渡されたメニューに目を通していく。夕食にしては遅い時間なので負担の少ない和食系にした方が良いと思いながらも、結局誘惑に負けて最初に目についた辛口の海鮮パスタをチョイスした。

注文を終えると再び二人の間に沈黙が流れる。先程の声のトーンと雰囲気からしてもうあまり怒ってはいなさそうだけども、一先ず詫びを入れなければと春菜は顔を上げた。

「影山くん」
「ん、」
「さっきはごめんね。会場着いたら声掛けろって言われてたのに」
「⋯⋯」
「影山くん沢山の人に囲まれてたから邪魔しちゃ悪いと思って」

スポンサーやバレー関係の人達だったんでしょ?と聞かれて影山は頷く。

「それに⋯正直ちょっと気後れしちゃって。影山くんの周りに居た女性達みんなモデルみたいに綺麗な人ばかりだったから」
「⋯そうだったか?」
「そうだよ」

全く理解できていない様子で真剣に思案している姿になんだか急に肩の力が抜けてしまい、思わず笑みが零れてしまう。

「何いきなり笑ってんだ」
「いやだって、影山くん本気でそんなこと微塵も感じてなかったんだなぁって」
「当たり前だ。そもそも他の女なんて、興味無ェし」
「!!!」

黒尾に言い放った『こいつは俺の』宣言といい、この王様は時々予期せぬ爆弾を投下してくる。

常日頃甘い言葉を囁いてくれる訳でもなく、メールや電話も必要最低限。おまけに付き合った記念日どころか誕生日すら把握されているのかも定かでない。世間一般でみれば決して褒められた彼氏ではないかもしれないけれど、その不器用さと一途さが今でもこの世界で彼と共に生きていくことに対する揺るぎない自信になっている。

影山の言葉にはどんな時でも嘘がないからこそ、信じられる。

「あ⋯ありがとう⋯?」
「?? どういたしまして?」

影山の真っ直ぐな想いがくすぐったくて半ば照れ隠しの為に咄嗟に謝辞を述べれば、小首を傾げながら律儀に返事を返してくるのもまた可笑しさを誘う。一方の影山はまだ何か言いたいことがあるのか口元をムズムズさせている。そうやって言い淀む姿は歳を重ねても相変わらずで、春菜は影山の言葉を根気強く待った。

「つーか神崎の方こそ⋯黒尾さんと前からあんなに親しかったか」
「別に親しくないよ?黒尾さんとまともに話したのは今日が初めてだったし」
「マジかよ」
「マジです」
「⋯⋯」
「⋯⋯」

影山が春菜の存在に気づいた時には黒尾がすぐ側に居た。二人が高校時代から顔見知りであることは承知しているし、久しぶりの再会で挨拶を交わしているのだろうと結論づけた⋯その矢先だった。黒尾の手が春菜の頭頂部に触れたかと思いきや、そのまま二人して会場を後にしていく。

影山はすぐさま追いかけたかったがその衝動をグッと堪え、眼前の相手との対話を継続した。“プロである”という自覚が影山を精神的にも成長させていた。しかしながら影山の心中は終始穏やかではなく、スーツにドレスという非日常の装いに身を包んだ二人が並んで歩いてゆく姿がとても似合いのカップルに映ってみえた。

春菜と恋仲になる際に彼女がずっと抱えていた秘密をカミングアウトされ、そのとき元彼や年齢に関することも打ち明けられた。それを知った上で、本来なら黒尾のような年上の男の方が彼女には相応しいんだろう⋯と恋愛事に疎い影山でもふとした瞬間に思うことがあって。そんな彼女に少しでも近づけるように、つり合う男であるようにと努力してきたつもりだ。

未だに“恋愛”についてはいまいちピンと来ないし、恐らく自身はそれに向かない性質なのだろうと理解している。けれど今後の人生を歩んでいく上で春菜は必要不可欠な存在であると⋯絶対に手放したくないと願ってしまった。

「⋯なんかすげー仲良さそうに見えた」
「そう?まぁ凄く気さくな人で話しやすい感じはしたけど。あ、でも澤村さんが言ってた通り『喰えない人』って印象もあったなー」
「は?お前、黒尾さんに何か言われたりされたりしたのか?!」
「ううん。別にそういう訳じゃないんだけど」

人当りの良さを前面に出しつつも、人があまり触れてほしくないような事柄や心情をさりげなく⋯でも的確に指摘してきたりする所なんか特に。

「⋯ならいいけど。とにかく、気をつけろよ」
「大丈夫。黒尾さんと会う機会なんてそうそう無いから」

最後ぶっきらぼうに忠告したものの春菜の返答を聞き「それもそうか」と影山は納得した。同時に焦燥感も消失し、ようやく晴れ晴れした面持ちになる。

「お待たせしました〜」

話が一段落した良いタイミングで注文した品が運ばれてきた。きちんと話が出来たおかげで心置きなく食事を楽しめる。

「「いただきます」」

だが黒尾と春菜が再会する日が思いのほか早く訪れることを、この時は未だ知る由もなかった――。


2023/06/09
お題配布元:白鉛筆