贈り物

どうしよう⋯。

温泉旅行の帰りに買ったご当地ゆるきゃらストラップ。多分⋯いや、確実にジンは使ってくれてはいないだろうが二人にとって初めてのお揃いの品。それが嬉しくて名前はずっと大切にしていた。けれどどうやら友人に誘われて行ったイベント時に落としてしまったらしい。

当然イベント会場で落としたとも限らない。もしかしたら行き帰りの道中かもしれない。家を出る前までは確かに携帯に付いていたので名前は泣きたくなるほど落ち込んだ。鞄を引っくり返し、家中を探し回り、駅までの道も辿ってはみたものの発見できず現在に至る。

明日は月曜日。そろそろ入浴して就寝しなければと思うのだが、名前はどうしても諦めきれずにいた。ストラップを失くしたショックとそれを探し回った疲労感に襲われ、深い溜息を吐きながらドサリとソファに腰を下ろしたその時――インターホンのチャイムが2回鳴り響いた。それは玄関前に誰か来たことを示している。

エントランスのセキュリティを自ら解除しここまで上がって来れる人物は一人しかいない。以前は我が物顔で部屋の中まで上がりこんでいたし、経緯上それも仕方がないと名前も割り切っていたのだが、彼と恋仲になってからせめて部屋に入ってくる前はインターホンを鳴らしてほしい、とさりげなくお願いした。睨まれてあっさりその要求は無視されるかと思っていたのだが⋯意外にもそれ以降、彼は律儀にそれを守ってくれている。ジンに入室可能である旨を伝えると合鍵を使って中へ入ってきた。

「何があった」

名前の顔を見るなりジンは開口一番そう言った。いつも花が咲いたような笑顔で迎えてくれるのに、今日は違う。名前自身はいつもと変わらない体で出迎えたつもりだったのだがジンはしっかりと見抜いていた。

「ん?別になんでもないけど」
「⋯⋯名前」
「う⋯だからそんな怖い顔で睨まないでってば」
「お前が下手な嘘を吐くからだろうが」
「だってジンにとってはどうでもいいことだし⋯」
「それは俺が判断することだ」

いいからさっさと白状しろ。
ジンの有無を言わせぬ圧力に負けて名前は仕方なく事の経緯を説明した。すると名前の予想は見事的中し、ジンは名前がしょげているのを尻目に鼻で笑ってみせた。

「フン。そんなくだらねぇことで一々落ち込むな」
「く⋯くだらないって、」
「なんなら俺の分を持ってきてやろうか?まだ捨てちゃいなかった筈だが」

実のところ、ジンはストラップを大切に保管していた。沽券に関わるのでさすがに使用することはできなかったが、初めて名前からプレゼントされたものだ。己の素直じゃない性格とプライドが邪魔してつい捻くれた言い方をしてしまったが、あのストラップをそんなに彼女が気に入っていたのなら、と心から案じての台詞だった。

ところがそんなジンの本心は名前に伝わるはずもなく。というより、ジンの考察は優しいが名前の立場からするとそれは些か見当外れであった。名前がこんなにも落ち込んでいるのは単に“ストラップを失くした”からではない。“ジンとお揃いのストラップを失くした”からだ。それなのに『そんなくだらないこと』と一蹴され、挙句の果てに『手元に残していたかどうかも定かでない』と言う。

ジンがこういうことに関して興味を示す性質ではないことは重々承知していたがせめて机の隅にでも仕舞っておいてくれたら⋯と名前は常々考えていた。世間一般の恋人同士のように頻繁に会えない分、それを見て時折自分のことを思い出してくれたら⋯。

「名前?」

俯いて何の返事もよこさない彼女の肩に触れようとした。⋯が、ジンの手は空中で留まることとなる。顔を上げた名前は目に涙を溜めてキッとこちらを睨みつけていた。

「信じらんない⋯」
「おい、」
「ジンなんか大っ嫌い!!」

ベタな恋愛ドラマを彷彿させる様なお決まりの捨て台詞をジンに浴びせ掛けると名前はバタバタと自室へ駆け込んでしまった。


***


「それで⋯そのまま帰ってきちまったんですかい?」
「大人の包容力も何もあったもんじゃないわねぇ。哀れなRed Angel⋯」

本日の任務はスリーマンセルで行われる予定だ。運転席にジン、助手席にウォッカ、後部座席にベルモット。ジンと名前の関係を知る二人に何気なく昨夜の一件を話した結果、ウォッカからは心配と少々憐みを含んだ返答を、ベルモットからは蔑みと呆れを含んだ返答を頂戴した。一体何が悪かったのか未だに理解できずにいるジンは二人の反応に更に苛立ちが増す。

「そんなに気に入っていたのなら俺の分を、と思って言ってやったんだ」

それにブツはちゃんと保管してある、とも。ジンの云わんとしていることは十分伝わってくるのだが、本質はそこではない⋯ということは恋愛事に関して疎いウォッカですら理解していた。

「いや、ですから兄貴⋯」
「ウォッカ、無駄よ無駄!大体この男に繊細な女心を理解しろってのが無理な話よ」
「なんだと⋯」
「あら、アタシ何か間違ったこと言ったかしら?」

バックミラー越しに一触即発な雰囲気を醸し出した二人にウォッカは慌てて仲裁に入る。

「と、とにかく。失くしちまったもんはしょうがないですし、何か別の物を贈ったらどうです?」
「そうねぇ。エンジェルが喜びそうなものがいいわね」
「「当然(勿論)ペアで」」

重なった声にベルモットは含み笑いを、ウォッカは苦笑いを。ここまで云って分からなければどうしようもないとベルモットは考えていたし、ウォッカはこれで二人が上手く仲直りしてくれればと思っていた。

「チッ⋯」

どうにも腑に落ちないが、名前とギクシャクしたままというのもいただけない。今回ばかりは致し方ないとジンは渋々二人の提案を受け入れることにした。


***


一週間後。マンション下で部屋の明かりが点いているのを確認するとジンは一直線に歩みを進めた。丁度夕飯の用意をしていた名前は突然の訪問者に目を丸くする。固まる名前を余所にジンは懐から小さな箱を取り出すと無言でそれを差し出した。何も言わないジンに名前は恐る恐る問いかける。

「これ⋯私に?」
「ああ」
「開けてみてもいい?」

頷いたジンの手から名前はそっと小箱を受け取った。箱を開けてみると中にはシルバー色のリングが2つ入っている。サイズの小さい方には名前の誕生石であると思われる宝石が1つ埋め込まれていた。

「ジン、これ⋯っ」

嬉しさと困惑が入り混じった表情で名前はジンを見上げた。これがペアリングであることは火を見るよりも明らかだが、自分たちの関係は決して公にすることはできない。せっかくプレゼントしてもらっても身に着けることができなければ⋯と名前は思う。そんな名前の胸中を知ってか知らずか、ジンはもう一度懐に手を差し入れるとチェーンを2つ取り出した。小さい方のリングにチェーンを通すと名前の首に掛けてやる。そしてもう一つのリングも同じ様にすると自身も身に着けた。

「これなら互いに身に着けていられるし、失くしたりもしねぇだろ⋯」

照れくさいのか、ジンはぶっきらぼうに言い放つ。嬉しさのあまり名前は思わずジンの胸に飛び込んだ。ジンの不器用な優しさが本当に嬉しかった。結局その後ベッドに雪崩込む運びとなり、情事を終えた二人は甘く穏やかな雰囲気に包まれていた。名前は首に掛かっている指輪を眺めてはずっと微笑んでいる。

「あ、そういえば」
「なんだ」
「あのストラップ、ジンもちゃんと大切に持っててくれたんだね」
「!?」
「昨夜ベルモットさんから電話があったの。素直じゃないけど彼は彼なりに貴女のことを大切に想ってるのよって」
「(あの女⋯余計なことを⋯!)」
「でもジンがペアリング用意してくれるなんて思ってもみなかったなぁ」
「フン⋯。せいぜい盗聴器付じゃねーことを祈っておけよ?」

⋯⋯え?


※ものかきさんに100のお題。より
2014/6/9