18:飛び越えてラストライン

※番外編夢主意識trip続き

「検査帰りで疲れているところすまないな」
「いえ、大丈夫です」
「今後についてだが、詳細は昨夜話した通りだ。これまで通り身元引受人という立場を維持する形で君は問題ないか?」
「はい。もちろんです」
「では我々もその方針で話を進めておく。ジンにもそう伝えてくれ」
「分かりました」

名前の隣りに座る赤井は手持ちの書類にいくつか書き込みを加えると、ふいに顔を上げた。

「名前」
「っ!は⋯はい、」

名前を呼べば動揺を隠しきれず、一瞬戸惑って返事をする。仕方ないことだとはいえそれが何とも歯痒くてもどかしく、焦燥感に苛まれる。

「そんな顔をするな⋯」
「⋯?」
「ジンが言っていた。ここだけの話、君は只の“記憶喪失”という訳ではないようだな⋯」
「⋯可笑しいですか?“別の時間軸からやって来た”なんて信じられないですよね、普通は」

嗤ってもいいですよ。
名前は自嘲的な笑みを浮かべながら言った。

「嗤わないさ。君が嘘を吐いていないことくらい、瞳を見れば解る」
「――赤井さん」
「何だ?」
「ジンの頬の傷⋯あれって、赤井さんが付けたもの⋯ですか」

些か言い難そうにしながらも真剣な眼で名前は問う。若干の間をおいてから、赤井は毅然として答えた。

「ああ、そうだ」
「やっぱりそうだったんですね⋯」
「俺が、憎いか」
「⋯ごめんなさい。正直、よく分かりません」

本来自分が存在していた世界で“赤井秀一”という人物に遭遇したことはない。ジンが頬に傷を作って帰ってきたときに一度だけ小さくその名前を呟いていたのを耳にしたことがあるだけ。それを見て「ジンを傷つけた相手を許せない」という感情を全く抱かなかったか、と云えば嘘になる。例えそれが正義を掲げ、正しいことをしている人達だったとしてもジンは私にとって一番大切な人だから。

だけど⋯。

「できることなら、赤井さんという人を知らないままで居た方が楽だったかも知れません」
「それは⋯どういう意味だ」
「だって赤井さん、すごく優しい人だから。知らないままなら『ジンを傷つける人なんて許せない』と己の身勝手な感情に任せて考えていれば良かった」

だから、とても複雑な心境です。

そう言って困ったように笑う名前に赤井はフッと微笑むと徐に彼女の頭上へと手を伸ばした。そのままラインに沿って髪を撫でつけ、その手が肩まで到達した直後にクッと力を入れて名前を自分の方へ引き寄せる。

「わっ!ちょ、あ、赤井さん⋯っ?!」

目を丸くして見上げてくる名前に赤井は口角を上げてみせる。驚きのあまり瞬きを繰り返している彼女の身体を更に抱き寄せ、耳元へゆっくりと唇を近づけた。

「黒の世界を捨てて、此方側へ来る気は、ないのか?」
「⋯!」
「また君と“俺”は巡り合う⋯それは必然だ。その時は“俺”が容赦しない。必ず君を攫ってやる」

覚悟しておけ、と低く甘い響きを持って囁かれて。彼が云わんとしていることは明らかに名前が“元いた世界”について示唆したもの。最後にこめかみに軽いキスを施すと、赤井は何事もなかったようにその場から立ち上がった。今日は送ってやれないが気を付けて帰れよ、と言い残してそのまま去って行く。

名前の頭は完全に混乱していて暫くの間、そこから一歩も動けずにいた。

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※お題配布元:fynch
2015/6/2