逃げて、追いかけて、また逃げて。
「今度のねぐらは随分と洒落てんじゃねえか」
「はぁ⋯まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった」
「そうやって俺から逃げているつもりか?無駄なことを⋯」
何処に雲隠れしようとすぐに探し出してやる、とジンは挑発的に口角を上げてその背中に向かって言い放った。くるりと椅子を回転させ、ここへきてようやく名前は銀髪男の顔を正面から見据える。
「―で、そろそろ俺の女になる気になったか」
「その台詞は聞き飽きたわ。それにそんな戯言、信じられると思う?」
「戯言か否か⋯試してみればいい」
「そうやっていつも女を口説いて夜な夜なベッドに連れ込んでるのかしら」
「ククッ、何とも酷い云われようだぜ⋯」
「否定しないって事は図星ね」
「俺が女を口説くなんざ、そんな面倒な事をすると思うか?」
「現に今やってるじゃない」
「強情な上に鈍いときたか⋯」
「貴方は私にとってただの顧客の一人に過ぎない。何度もそう言ってるでしょう」
「フン⋯まぁいい、」
この件は後回しだ、と云わんばかりにジンは今回の依頼について話し始める。内容を聞かされた名前は思わず眉を顰めた。
「悪いけど今までも、そしてこれからも私は誰とも組むつもりはないわ」
「報酬は一億でどうだ」
「⋯人の話聞いてる?それにこの依頼なら提示額の倍貰ってもいいくらいよ」
「ならそれでいい」
「あのね⋯だからそういう問題じゃなくて、」
「単独では絶対に成功は有り得ない」
「だったら初めからこんな話持ってこないでよ」
自分の組織のお仲間を連れて行けばいいでしょう?
名前は主張したが、ジンは鼻で笑ってあしらう。
「どうも近頃組織内に“ネズミ”が入り込んでいるようでな⋯。まぁ信用できる奴もいなくはないが、」
「この任務には適していない、と?」
「そういうことだ」
ジンは懐から煙草を取り出すと火をつけた。シュッとマッチを擦る小気味よい音が響き独特の香りが漂う。
「仮に私と組んだとして、貴方は私を信用できるの?」
それは自身に対する問いでもあった。長年苦楽を共にしてきた仲間に裏切られた過去の記憶が瞬時に甦る。もう二度とあんな思いをするのはご免だとFBIを辞め、情報屋になった。一人でいれば裏切られることも、裏切る立場になることも、決して無い。そんな思考に浸る中、ジンは真っ直ぐに名前の瞳を見据えて言い放った。
「契約が成立すれば⋯な」
「これでも元FBIよ。貴方自身の事も含め、組織の情報をリークするかもって思わないの?」
「その元飼い主の連中に裏切られたお前が、か?」
「っ⋯!」
「フン⋯くだらねぇ。その腹積もりなら俺と最初に会った時すでにそうしていただろう」
核心を突かれ、口を噤む。
「案ずるな⋯お前がヘマをやらかした時は俺も地獄に付き合ってやる」
「⋯?」
「どちらにせよ、失敗は死を意味する」
俺も、お前もな⋯とジンは黒く微笑む。その笑みに魅せられたのか、地獄に付き合ってやる、の言葉に絆されたのかは判らない。だが名前はそれも悪くないかもしれないと思った。今後いつまで情報屋という殻を被って生きていくのか⋯と自問自答していたのも事実だから。
「いいわ⋯。その依頼、特別に引き受けてあげる。その代わり成功報酬は三倍にしてもらうわよ」
「上等だ」
***
『侵入できたか』
「ええ、貴方の指示のお陰で。例のパソコンも見つけたけど⋯パスワードを解読するのに少し手間取りそう」
『どのくらいかかる』
「2分あれば何とか」
『いいだろう。だが可能な限り急げ⋯5分経つと警備システムが作動する』
「了解」
尋常でない速さでキーボードを叩いていく。宣言通り2分でパスワードを解読・ロックを解除し依頼された機密データをコピーする。無事コピーを終え、メモリを引き抜いて電源を落とそうとしたその時――突如警報が鳴り響き部屋のドアが施錠された。
このままでは不味い、と名前は咄嗟にバルコニーに面した窓ガラスを割って脱出を試みる。2階から地面に飛び降りて合流地点を目指そうと一歩足を踏み出した、までは良かったのだが。先程の脱出の際部屋に放出されたガスを僅かに吸い込んでしまった影響か⋯視界がクラリと傾く。こんな所でボヤボヤしていてはすぐに追手に捕まってしまう。けれども意識だけでなく手足にも鈍い重みを感じ始めてきた。
すると次の瞬間、右腕を強く引かれた。そのまま胸に身体を押し付けられたかと思えば発砲音。ドサドサと後方で人が倒れる気配。
「ジン⋯?!どうして此処に、」
「フン。誰かさんがヘマをやらかしてくれたようなんでな」
「失礼ね⋯ヘマじゃなくて想定外の事態が起きたのよ」
「それでこのザマって訳か」
「このくらい派手な方が楽しいでしょう?」
「クッ⋯違いねぇ」
言いながらジンも名前も追手に銃を向け、片っ端から片付けて行く。そして一段落した隙を見計らい、ジンの腕を引っ張りその場にしゃがみ込ませた。
「っ、これを持って先に⋯逃げて、」
「あ?何言ってやがる」
「脱出した時に少しだけど妙なガスを吸いこんじゃって⋯まともに立っていられなくなってきたの」
「何⋯?」
「これを持って帰れば⋯貴方は失敗したことにはならない」
「⋯⋯」
「ありがと⋯フォローに来て、くれて⋯」
嬉しかった。
徐々に朦朧とし始める意識の中、名前は初めてジンに笑顔を見せた。
「チッ⋯馬鹿が、」
ジンは小さく呟くと彼女の身体を抱え上げて徐に走り出す。あまりにも予想外な行動に名前は制止させようとするがジンは聞く耳を持たず。その間にも遠くから大勢の追手が此方へと迫ってきているのが気配で分かった。
「ジン⋯このままじゃ⋯貴方、まで⋯」
必死に訴えるとジンは不適に笑ってみせた。すると次の瞬間、建物から大きな爆発音と共に一気に火の手が上がる。爆風に堪える様に一瞬だけ歩みを止めたが、その後は余裕を感じさせるようにジンはゆっくりと愛車に向かって歩き出す。腕に抱いた名前は、すでに意識を失っていた。
気が付くと見慣れぬ天井が目に映った。ハッとして上半身を起こすが、僅かに視界が歪む。額を押えながらそっと辺りを見回してみるが、やはり此処は知らない場所のようで一気に緊張が走る。しかし敵に捕まったにしては拘束も何も施されていない。不思議に思っていると突如部屋のドアが開き、良く知る銀髪の男が姿を現した。
「フン⋯ようやく目が覚めたか」
「⋯ジン、」
シャワーを浴びてきたのだろう。彼は上半身は裸のまま首にタオルを掛け、下はスラックスを身に着けていた。
「あれから⋯どうなったの」
「全て片付けた。情報も間違いなく手に入れた」
「どうして、私を置いていかなかったの」
「特に捨て置く理由もなかった」
「――嘘」
「それにお前を俺の女にするまでは⋯勝手に死なれちゃ困るんでな」
ジンは名前の身体を再びベッドに押し倒し、上から覆い被さる。まだ僅かに湿っている髪が彼女の頬を掠めた。
「もう一度だけ言ってやる。名前、俺の女になれ」
「この状況で、私に拒否権なんてあるのかしら?」
「さァ⋯どうだろうな⋯」
お前次第だ、と言いながらジンは名前に口付けた。
2016/4/16
お題配布元:Cock Ro:bin
タイトル改&加除修正:2023/06/09
「はぁ⋯まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった」
「そうやって俺から逃げているつもりか?無駄なことを⋯」
何処に雲隠れしようとすぐに探し出してやる、とジンは挑発的に口角を上げてその背中に向かって言い放った。くるりと椅子を回転させ、ここへきてようやく名前は銀髪男の顔を正面から見据える。
「―で、そろそろ俺の女になる気になったか」
「その台詞は聞き飽きたわ。それにそんな戯言、信じられると思う?」
「戯言か否か⋯試してみればいい」
「そうやっていつも女を口説いて夜な夜なベッドに連れ込んでるのかしら」
「ククッ、何とも酷い云われようだぜ⋯」
「否定しないって事は図星ね」
「俺が女を口説くなんざ、そんな面倒な事をすると思うか?」
「現に今やってるじゃない」
「強情な上に鈍いときたか⋯」
「貴方は私にとってただの顧客の一人に過ぎない。何度もそう言ってるでしょう」
「フン⋯まぁいい、」
この件は後回しだ、と云わんばかりにジンは今回の依頼について話し始める。内容を聞かされた名前は思わず眉を顰めた。
「悪いけど今までも、そしてこれからも私は誰とも組むつもりはないわ」
「報酬は一億でどうだ」
「⋯人の話聞いてる?それにこの依頼なら提示額の倍貰ってもいいくらいよ」
「ならそれでいい」
「あのね⋯だからそういう問題じゃなくて、」
「単独では絶対に成功は有り得ない」
「だったら初めからこんな話持ってこないでよ」
自分の組織のお仲間を連れて行けばいいでしょう?
名前は主張したが、ジンは鼻で笑ってあしらう。
「どうも近頃組織内に“ネズミ”が入り込んでいるようでな⋯。まぁ信用できる奴もいなくはないが、」
「この任務には適していない、と?」
「そういうことだ」
ジンは懐から煙草を取り出すと火をつけた。シュッとマッチを擦る小気味よい音が響き独特の香りが漂う。
「仮に私と組んだとして、貴方は私を信用できるの?」
それは自身に対する問いでもあった。長年苦楽を共にしてきた仲間に裏切られた過去の記憶が瞬時に甦る。もう二度とあんな思いをするのはご免だとFBIを辞め、情報屋になった。一人でいれば裏切られることも、裏切る立場になることも、決して無い。そんな思考に浸る中、ジンは真っ直ぐに名前の瞳を見据えて言い放った。
「契約が成立すれば⋯な」
「これでも元FBIよ。貴方自身の事も含め、組織の情報をリークするかもって思わないの?」
「その元飼い主の連中に裏切られたお前が、か?」
「っ⋯!」
「フン⋯くだらねぇ。その腹積もりなら俺と最初に会った時すでにそうしていただろう」
核心を突かれ、口を噤む。
「案ずるな⋯お前がヘマをやらかした時は俺も地獄に付き合ってやる」
「⋯?」
「どちらにせよ、失敗は死を意味する」
俺も、お前もな⋯とジンは黒く微笑む。その笑みに魅せられたのか、地獄に付き合ってやる、の言葉に絆されたのかは判らない。だが名前はそれも悪くないかもしれないと思った。今後いつまで情報屋という殻を被って生きていくのか⋯と自問自答していたのも事実だから。
「いいわ⋯。その依頼、特別に引き受けてあげる。その代わり成功報酬は三倍にしてもらうわよ」
「上等だ」
***
『侵入できたか』
「ええ、貴方の指示のお陰で。例のパソコンも見つけたけど⋯パスワードを解読するのに少し手間取りそう」
『どのくらいかかる』
「2分あれば何とか」
『いいだろう。だが可能な限り急げ⋯5分経つと警備システムが作動する』
「了解」
尋常でない速さでキーボードを叩いていく。宣言通り2分でパスワードを解読・ロックを解除し依頼された機密データをコピーする。無事コピーを終え、メモリを引き抜いて電源を落とそうとしたその時――突如警報が鳴り響き部屋のドアが施錠された。
このままでは不味い、と名前は咄嗟にバルコニーに面した窓ガラスを割って脱出を試みる。2階から地面に飛び降りて合流地点を目指そうと一歩足を踏み出した、までは良かったのだが。先程の脱出の際部屋に放出されたガスを僅かに吸い込んでしまった影響か⋯視界がクラリと傾く。こんな所でボヤボヤしていてはすぐに追手に捕まってしまう。けれども意識だけでなく手足にも鈍い重みを感じ始めてきた。
すると次の瞬間、右腕を強く引かれた。そのまま胸に身体を押し付けられたかと思えば発砲音。ドサドサと後方で人が倒れる気配。
「ジン⋯?!どうして此処に、」
「フン。誰かさんがヘマをやらかしてくれたようなんでな」
「失礼ね⋯ヘマじゃなくて想定外の事態が起きたのよ」
「それでこのザマって訳か」
「このくらい派手な方が楽しいでしょう?」
「クッ⋯違いねぇ」
言いながらジンも名前も追手に銃を向け、片っ端から片付けて行く。そして一段落した隙を見計らい、ジンの腕を引っ張りその場にしゃがみ込ませた。
「っ、これを持って先に⋯逃げて、」
「あ?何言ってやがる」
「脱出した時に少しだけど妙なガスを吸いこんじゃって⋯まともに立っていられなくなってきたの」
「何⋯?」
「これを持って帰れば⋯貴方は失敗したことにはならない」
「⋯⋯」
「ありがと⋯フォローに来て、くれて⋯」
嬉しかった。
徐々に朦朧とし始める意識の中、名前は初めてジンに笑顔を見せた。
「チッ⋯馬鹿が、」
ジンは小さく呟くと彼女の身体を抱え上げて徐に走り出す。あまりにも予想外な行動に名前は制止させようとするがジンは聞く耳を持たず。その間にも遠くから大勢の追手が此方へと迫ってきているのが気配で分かった。
「ジン⋯このままじゃ⋯貴方、まで⋯」
必死に訴えるとジンは不適に笑ってみせた。すると次の瞬間、建物から大きな爆発音と共に一気に火の手が上がる。爆風に堪える様に一瞬だけ歩みを止めたが、その後は余裕を感じさせるようにジンはゆっくりと愛車に向かって歩き出す。腕に抱いた名前は、すでに意識を失っていた。
気が付くと見慣れぬ天井が目に映った。ハッとして上半身を起こすが、僅かに視界が歪む。額を押えながらそっと辺りを見回してみるが、やはり此処は知らない場所のようで一気に緊張が走る。しかし敵に捕まったにしては拘束も何も施されていない。不思議に思っていると突如部屋のドアが開き、良く知る銀髪の男が姿を現した。
「フン⋯ようやく目が覚めたか」
「⋯ジン、」
シャワーを浴びてきたのだろう。彼は上半身は裸のまま首にタオルを掛け、下はスラックスを身に着けていた。
「あれから⋯どうなったの」
「全て片付けた。情報も間違いなく手に入れた」
「どうして、私を置いていかなかったの」
「特に捨て置く理由もなかった」
「――嘘」
「それにお前を俺の女にするまでは⋯勝手に死なれちゃ困るんでな」
ジンは名前の身体を再びベッドに押し倒し、上から覆い被さる。まだ僅かに湿っている髪が彼女の頬を掠めた。
「もう一度だけ言ってやる。名前、俺の女になれ」
「この状況で、私に拒否権なんてあるのかしら?」
「さァ⋯どうだろうな⋯」
お前次第だ、と言いながらジンは名前に口付けた。
2016/4/16
お題配布元:Cock Ro:bin
タイトル改&加除修正:2023/06/09