海とあなたの物語I
あれからどこか吹っ切れたかのようにイゾウはアイラの傍らに居ることが多くなった。島に着けばよく二人で出掛けているし、あからさまではないがイゾウは周囲への牽制も忘れておらず、彼女に対する独占欲も時折垣間見えることさえあった。
そういう訳でてっきり、公言していないだけで二人はめでたく恋仲に発展したのだろうと思っていた。だがしかし、折をみてマルコがイゾウにそれとなく尋ねてみれば先走った思い込みも甚だしく、実際二人の関係は以前と変わらぬ距離を保ったままだった。
「アイラに“家族”じゃなく“一人の男”として意識されるまで、焦らずいくことにした。あの時は家族認識のまま危うく早々にフラれちまいそうな雰囲気だったからな⋯」
要は察するに、アイラはイゾウの告白に対して色よいとは云えない返事を返そうした。それをイゾウは強引に押し留める形で彼女の気持ちを己に向けるべく、今後も尽力していくことを決意したのだろう。
そんな健気な男心にマルコは敢えて何も言うことはせず、優しく肩を叩いてそっとイゾウにエールを送った。
あれから早2ヶ月が経過しようとしている。
いい加減、傍目にもじれったく先日もハルタに『表向きイゾウの胸中を知ってるのはマルコだけなんだし、どうにかして後押しできないの!?』と迫られたばかりだ。
静かに見守ると告げていたジョズとビスタも決して口には出さないが心境的にはハルタと同様なのかもしれない。
(見ていて至極もどかしいのは同意するがよい⋯)
結局は当人同士の問題で外野があれこれ口を出すことではないとマルコは思っている。けれど事あるごとにハルタに二人のアシストを強要され、板挟み状態が続くのも正直しんどい。
『いっそのことイゾウが嫉妬して暴走しちゃう、みたいなプランでも考える?あいつも男だし危機感煽ればアイラを押し倒すくらいの勢いで、」
『待て待て⋯!そんなことして後でコトの真相がバレたら只じゃ済まねェよい!!』
ハルタとのやり取りを改めて今思い返してみても、絶対にこの提案だけは飲めないと思うマルコだった。
***
数か月ぶりに縄張りの島に上陸した。
クルーの大半が船を降りている中でアイラはこの日、薬草の天日干しに精を出していた。
運良くこの状況に出くわしたマルコはイゾウではなくアイラの方に探りを入れてみるか、と咄嗟に思い立ち彼女に声を掛けた。
ここで上手い具合にアイラの本心を聞き出せれば、もしかすると――。
「よぅ。ご苦労さん」
「あれ、船に残ってたんだ?」
「ああ。さっきまで書類の整理をしてたんだよい」
「そっか。マルコもお疲れさま」
樹皮や実を種類ごとに分け、ザルの上に丁寧に広げていくアイラ。マルコが手伝うと申し出れば笑顔で礼を口にしてからアイラは手順を示す。一通り説明を聞き終えてからは他愛のない会話を挟みつつ、マルコは彼女の指示通り作業を進めていった。
「――ところでアイラ」
「んー?」
「ここだけの話⋯イゾウとはどうなんだよい?」
「えっ」
まさかの質問にサッと頬に朱が差す。
確かに傍目には最近よくイゾウと一緒に居るように見えているだろうなとは思っていたけれど、イゾウは節度を持ちクルー達の前では以前と何ら変わりない態度で接してくれていた。
『おれの女になる気になったか?』
なんて、時々からかい混じり(?)に問いかけてくることがあるのは事実だけれど、一度たりとも誰かの耳に入るような場でそういう発言をしたことはない。
「ど、どうしてそんなこと⋯」
「悪い。外野が口を挟む話じゃねェのは承知してるんだが⋯イゾウがお前を好いてること、実は前から知ってたんだ。告白の件も少し前に本人の口から聞いていた」
「――そうだったんだ」
もっと動揺するかと思っていたが意外にもアイラは落ち着いていて。些か考える素振りを見せた後、アイラも意を決したのかマルコに己の心情を吐露し始めた。
「気持ちを聞かされた時は、正直びっくりした。予想だにしなかったっていうか」
「まあ、そりゃそうだろうよい」
「知っての通り最初私の中でイゾウの印象ってあんまり良くなくて。だけど自分の言いたいことをズケズケ言い合えるのって今でも彼だけなんだよね。変なところで意地張っちゃうのも、お互い似てるのかもしれない」
つらつらと想いを語るアイラに黙って耳を傾けていたらふと、人の気配を感じたマルコ。すぐに会話を中断せねばと思ったがチラリと後方の様子を窺えば、積み上げられた空箱の影に身を潜めているであろう人物の履物が一瞬目に映り込んだ。
「マルコ⋯?どうかした?」
「いや、なんでもねェよい。つーかその感じだとお前自身すでに答えは出てるんじゃねェのかい」
「――うん。そうかもしれない」
「おれの目から見てもアイツは男気もあるし、サムライ魂っつうのか?一本芯が通ってる奴だ。アイラのことも大切にしてくれると思うけどな」
「凄く分かるよ、マルコの言ってること。だけど⋯⋯怖いんだ」
「怖い?」
「もしイゾウとそういう関係になったとして、自分が好ましくない女になっちゃうんじゃないかって」
「? どういうことだ?」
「前まで全然気にならなかったのに最近イゾウと一緒に出掛けたりしてると気になるの。イゾウってほら、容姿端麗さが半端ないでしょ」
「あ〜⋯まぁそうだな。ヘタすりゃそこらの女よりもべっぴんだってのは否定しねェ」
「同じ男目線で見てもそうなんだもん。相手は私じゃなくてもイゾウなら引く手数多だろうし、もし恋人関係になったら今以上にモヤモヤした気持ちになるのは目に見えてる」
「そりゃあつまり、アイラはイゾウに嫉妬しちまってるってことかい」
「ちょっとマルコ。人が恥を忍んで言葉濁してるんだからそんなハッキリ断言しないでよ」
「あ〜悪ぃ悪ぃ」
「それと⋯ね」
「まだ何かあるのかよい」
もうさっさとくっついちまえ、と半ば呆れ気味に問い返したマルコ。
ところがアイラは先程とは打って変わりどこか切なげで、思い詰めたような表情をしていて。マルコもすぐに真面目な顔つきになり先を促した。
「イゾウはいつかこの船を降りてワノ国に帰っていく人。その時笑って送り出せるように“大事な家族”のままで居た方がお互いの為だと⋯そう思ってる」
それを聞いてマルコははっとした。別れを迎えるまでの時間が幸せであればある程辛くなる。その複雑な心情に至るのは容易に想像がついた。
だが未だ訪れてもいない未来を想定して悲観するには早過ぎるのではないか。この先は当人同士で話し合うのがベストだとマルコは早急に結論づけた。
「――だとよい、イゾウ」
マルコの声に促される形で物陰から静かに現れたイゾウ。これまでの会話がまさか本人に筒抜けだったとは夢にも思わないアイラは、只々驚愕して瞬きを繰り返すばかり。
「お節介鳥の世話焼きも正真正銘これで最後だ。後はお前がしっかりやれよい」
「あぁ。ありがとう」
マルコと入れ替わりにアイラの隣に腰を下ろしたイゾウ。一方のアイラはあまりの気まずさにもうどうしていいのか分からず、両手で自身の顔を覆い隠した。
「嬢ちゃん」
「⋯⋯⋯」
「頼むから顔を上げてくれないか」
「⋯⋯そんなの絶対無理」
「マルコに言ったこと、今度はちゃんとおれに聞かせてくれ」
「⋯⋯⋯」
「――アイラ」
愛称ではなく、滅多に口に出さない本来の名を呼ばれてアイラは一瞬気まずさも忘れ勢いよくイゾウを見遣った。すればイゾウはしてやったりと云わんばかりで、そのまま流れるように自然な動作で手を取られてしまってはこの場を立ち去ることも不可能。
「はぁ⋯一体いつからそこに居たの」
「『おれと嬢ちゃんは変なところで意地を張るところが似ている』って辺りか」
「それ、殆ど最初の方⋯」
ガクリと項垂れる姿にイゾウは苦笑しつつも、話を続ける。
「色々言いたいことはあるが一先ずこれだけは言っておく。おれはアイラが好きだ。アイラもおれと同じ気持ちだというなら、おれと付き合ってくれないか」
あの時と同じなようで、あの時とは違う。
アイラの想いに確信を得たイゾウはもう彼女を逃がすつもりはなかった。
「さっきの話⋯聞いてたんだよね」
「ああ」
「いつかイゾウはこの船を降りるってくだりも、勿論聞いてたよね?」
「ああ」
「だったら⋯!」
「ハァ〜⋯」
今度はイゾウが深く溜息を吐く。
「嬢ちゃんは肝心なことを失念しているぞ」
「⋯⋯?」
「おれは“海賊”なんだ。もしもその時が来たら当然お前さんを掻っ攫っていくに決まってんだろ」
「!!?」
「そういう訳で嬢ちゃんの心配事はこれで見事解決だ」
「ちょっ⋯!そんな勝手なこと、」
「煩い。もうこれ以上の問答はナシだ」
そのままグイとイゾウの方に引き寄せられた次の瞬間には、柔らかな唇同士が重なり合っていた。
(end)
そういう訳でてっきり、公言していないだけで二人はめでたく恋仲に発展したのだろうと思っていた。だがしかし、折をみてマルコがイゾウにそれとなく尋ねてみれば先走った思い込みも甚だしく、実際二人の関係は以前と変わらぬ距離を保ったままだった。
「アイラに“家族”じゃなく“一人の男”として意識されるまで、焦らずいくことにした。あの時は家族認識のまま危うく早々にフラれちまいそうな雰囲気だったからな⋯」
要は察するに、アイラはイゾウの告白に対して色よいとは云えない返事を返そうした。それをイゾウは強引に押し留める形で彼女の気持ちを己に向けるべく、今後も尽力していくことを決意したのだろう。
そんな健気な男心にマルコは敢えて何も言うことはせず、優しく肩を叩いてそっとイゾウにエールを送った。
あれから早2ヶ月が経過しようとしている。
いい加減、傍目にもじれったく先日もハルタに『表向きイゾウの胸中を知ってるのはマルコだけなんだし、どうにかして後押しできないの!?』と迫られたばかりだ。
静かに見守ると告げていたジョズとビスタも決して口には出さないが心境的にはハルタと同様なのかもしれない。
(見ていて至極もどかしいのは同意するがよい⋯)
結局は当人同士の問題で外野があれこれ口を出すことではないとマルコは思っている。けれど事あるごとにハルタに二人のアシストを強要され、板挟み状態が続くのも正直しんどい。
『いっそのことイゾウが嫉妬して暴走しちゃう、みたいなプランでも考える?あいつも男だし危機感煽ればアイラを押し倒すくらいの勢いで、」
『待て待て⋯!そんなことして後でコトの真相がバレたら只じゃ済まねェよい!!』
ハルタとのやり取りを改めて今思い返してみても、絶対にこの提案だけは飲めないと思うマルコだった。
***
数か月ぶりに縄張りの島に上陸した。
クルーの大半が船を降りている中でアイラはこの日、薬草の天日干しに精を出していた。
運良くこの状況に出くわしたマルコはイゾウではなくアイラの方に探りを入れてみるか、と咄嗟に思い立ち彼女に声を掛けた。
ここで上手い具合にアイラの本心を聞き出せれば、もしかすると――。
「よぅ。ご苦労さん」
「あれ、船に残ってたんだ?」
「ああ。さっきまで書類の整理をしてたんだよい」
「そっか。マルコもお疲れさま」
樹皮や実を種類ごとに分け、ザルの上に丁寧に広げていくアイラ。マルコが手伝うと申し出れば笑顔で礼を口にしてからアイラは手順を示す。一通り説明を聞き終えてからは他愛のない会話を挟みつつ、マルコは彼女の指示通り作業を進めていった。
「――ところでアイラ」
「んー?」
「ここだけの話⋯イゾウとはどうなんだよい?」
「えっ」
まさかの質問にサッと頬に朱が差す。
確かに傍目には最近よくイゾウと一緒に居るように見えているだろうなとは思っていたけれど、イゾウは節度を持ちクルー達の前では以前と何ら変わりない態度で接してくれていた。
『おれの女になる気になったか?』
なんて、時々からかい混じり(?)に問いかけてくることがあるのは事実だけれど、一度たりとも誰かの耳に入るような場でそういう発言をしたことはない。
「ど、どうしてそんなこと⋯」
「悪い。外野が口を挟む話じゃねェのは承知してるんだが⋯イゾウがお前を好いてること、実は前から知ってたんだ。告白の件も少し前に本人の口から聞いていた」
「――そうだったんだ」
もっと動揺するかと思っていたが意外にもアイラは落ち着いていて。些か考える素振りを見せた後、アイラも意を決したのかマルコに己の心情を吐露し始めた。
「気持ちを聞かされた時は、正直びっくりした。予想だにしなかったっていうか」
「まあ、そりゃそうだろうよい」
「知っての通り最初私の中でイゾウの印象ってあんまり良くなくて。だけど自分の言いたいことをズケズケ言い合えるのって今でも彼だけなんだよね。変なところで意地張っちゃうのも、お互い似てるのかもしれない」
つらつらと想いを語るアイラに黙って耳を傾けていたらふと、人の気配を感じたマルコ。すぐに会話を中断せねばと思ったがチラリと後方の様子を窺えば、積み上げられた空箱の影に身を潜めているであろう人物の履物が一瞬目に映り込んだ。
「マルコ⋯?どうかした?」
「いや、なんでもねェよい。つーかその感じだとお前自身すでに答えは出てるんじゃねェのかい」
「――うん。そうかもしれない」
「おれの目から見てもアイツは男気もあるし、サムライ魂っつうのか?一本芯が通ってる奴だ。アイラのことも大切にしてくれると思うけどな」
「凄く分かるよ、マルコの言ってること。だけど⋯⋯怖いんだ」
「怖い?」
「もしイゾウとそういう関係になったとして、自分が好ましくない女になっちゃうんじゃないかって」
「? どういうことだ?」
「前まで全然気にならなかったのに最近イゾウと一緒に出掛けたりしてると気になるの。イゾウってほら、容姿端麗さが半端ないでしょ」
「あ〜⋯まぁそうだな。ヘタすりゃそこらの女よりもべっぴんだってのは否定しねェ」
「同じ男目線で見てもそうなんだもん。相手は私じゃなくてもイゾウなら引く手数多だろうし、もし恋人関係になったら今以上にモヤモヤした気持ちになるのは目に見えてる」
「そりゃあつまり、アイラはイゾウに嫉妬しちまってるってことかい」
「ちょっとマルコ。人が恥を忍んで言葉濁してるんだからそんなハッキリ断言しないでよ」
「あ〜悪ぃ悪ぃ」
「それと⋯ね」
「まだ何かあるのかよい」
もうさっさとくっついちまえ、と半ば呆れ気味に問い返したマルコ。
ところがアイラは先程とは打って変わりどこか切なげで、思い詰めたような表情をしていて。マルコもすぐに真面目な顔つきになり先を促した。
「イゾウはいつかこの船を降りてワノ国に帰っていく人。その時笑って送り出せるように“大事な家族”のままで居た方がお互いの為だと⋯そう思ってる」
それを聞いてマルコははっとした。別れを迎えるまでの時間が幸せであればある程辛くなる。その複雑な心情に至るのは容易に想像がついた。
だが未だ訪れてもいない未来を想定して悲観するには早過ぎるのではないか。この先は当人同士で話し合うのがベストだとマルコは早急に結論づけた。
「――だとよい、イゾウ」
マルコの声に促される形で物陰から静かに現れたイゾウ。これまでの会話がまさか本人に筒抜けだったとは夢にも思わないアイラは、只々驚愕して瞬きを繰り返すばかり。
「お節介鳥の世話焼きも正真正銘これで最後だ。後はお前がしっかりやれよい」
「あぁ。ありがとう」
マルコと入れ替わりにアイラの隣に腰を下ろしたイゾウ。一方のアイラはあまりの気まずさにもうどうしていいのか分からず、両手で自身の顔を覆い隠した。
「嬢ちゃん」
「⋯⋯⋯」
「頼むから顔を上げてくれないか」
「⋯⋯そんなの絶対無理」
「マルコに言ったこと、今度はちゃんとおれに聞かせてくれ」
「⋯⋯⋯」
「――アイラ」
愛称ではなく、滅多に口に出さない本来の名を呼ばれてアイラは一瞬気まずさも忘れ勢いよくイゾウを見遣った。すればイゾウはしてやったりと云わんばかりで、そのまま流れるように自然な動作で手を取られてしまってはこの場を立ち去ることも不可能。
「はぁ⋯一体いつからそこに居たの」
「『おれと嬢ちゃんは変なところで意地を張るところが似ている』って辺りか」
「それ、殆ど最初の方⋯」
ガクリと項垂れる姿にイゾウは苦笑しつつも、話を続ける。
「色々言いたいことはあるが一先ずこれだけは言っておく。おれはアイラが好きだ。アイラもおれと同じ気持ちだというなら、おれと付き合ってくれないか」
あの時と同じなようで、あの時とは違う。
アイラの想いに確信を得たイゾウはもう彼女を逃がすつもりはなかった。
「さっきの話⋯聞いてたんだよね」
「ああ」
「いつかイゾウはこの船を降りるってくだりも、勿論聞いてたよね?」
「ああ」
「だったら⋯!」
「ハァ〜⋯」
今度はイゾウが深く溜息を吐く。
「嬢ちゃんは肝心なことを失念しているぞ」
「⋯⋯?」
「おれは“海賊”なんだ。もしもその時が来たら当然お前さんを掻っ攫っていくに決まってんだろ」
「!!?」
「そういう訳で嬢ちゃんの心配事はこれで見事解決だ」
「ちょっ⋯!そんな勝手なこと、」
「煩い。もうこれ以上の問答はナシだ」
そのままグイとイゾウの方に引き寄せられた次の瞬間には、柔らかな唇同士が重なり合っていた。
(end)