喉元過ぎればあまくなる
「イゾウ、この後の⋯」
言いながら隣に並んだマルコはイゾウの表情にギョッとして口を噤んだ。和風美人が不機嫌面で腕を組み、じっと佇んでいればそれだけで相当な迫力がある。
「朝っぱらからンな怖ェツラして。一体どうしたんだよい?」
「⋯別に。何でも無ェよ」
プイと顔を背けるイゾウ。
マルコは先程まで彼が見ていたであろう視線の先を辿れば、あぁ成程⋯と合点がいった。
「そう目くじら立てんなよい。エースに悪気は無ェんだ。⋯⋯たぶん」
「⋯おい」
「あいつがまだオヤジに毎日突っかかってた時もアイラには何だかんだ心開いてる様子だったしなァ」
「お前と違って、」とわざと揶揄うように付け足せばイゾウは当時を思い出したのか、先程とは打って変わってバツの悪そうな顔をしている。
「その延長で今でもアイラに一番懐いてるんだろぃ。アイラも無邪気に慕って来る相手には甘いところがあるからな」
言われてみればイヌアラシとネコマムシが居た頃は確かにそんな感じだった。というか、アイラは基本誰に対しても優しい。一時の感情でその差し伸べられた手を突っぱねてしまったが為に自身と彼女は少々気まずくなってしまったが、そうでなければ今のエースのようにもっと早い段階でアイラと打ち解けられていたと思う。
「つーか、そんなに心配なら牽制しときゃいいだろぃ。いつもやってんじゃねーか」
「あからさまな下心が無い奴にそんな真似出来るか」
と言いつつも、このまま二人のやり取りを黙って見ているのも癪に障る。苦笑しているマルコに用件は何だったのかと催促し、それに応答してすぐにアイラの元へ歩み寄る。理由はとりあえず何でも良かったので適当な口実を並べてその場から彼女を連れ出した。
***
「なんか久しぶり。この時間にイゾウと一緒に居るの」
「そうだな」
「⋯違ってたらごめん。もしかしてイゾウ、ちょっと機嫌悪い?」
「そう見えるか?」
「うん。なんとなく」
マルコの前で晒していた様な態度は表に出さないようにと努めていたつもりなのに早々に指摘されてしまう。それだけ己のことをよく見てくれていると思えば嬉しくもあるが、この状況では些か複雑でもある。
「⋯嬢ちゃんはもう少し、警戒心を持て」
「警戒心?護身用の銃ならイゾウに言われた通りいつも肌身離さず携帯してるけど」
「そういう意味じゃねェ⋯」
上手く意図が伝わらず、どうしたもんかと頭を掻きながらアイラを見遣った。一方のアイラも更に疑問符を投げかけるような眼差しでイゾウを見つめる。
「おれ以外の男に、あんまり気安く触らせるな。隊長を任されてからおれが傍に居られる時間は前よりも減ってんだ。おれの目の届かない隙に嬢ちゃんが他の男と楽しくやってると思うと⋯正直良い気はしない」
こんなこと、言うつもりじゃなかった。
器の小さい男だなんて死んでも思われたくない。現にアイラは他の男に色目を使ったり、イゾウを疑心暗鬼に陥らせるような態度は今まで一度だって見せたことはなかった。仮にもしも、エースがアイラに対して特別な感情を抱いていたとしてもそれは変わらないだろう。
けれど、今回ばかりは本音を吐露せずにはいられなかった。
「近頃エースと親し気にしていることが多いだろう?あいつが嬢ちゃんに懐いてる理由は何となく察しが付くが⋯必要以上に甘やかすな」
言い終えるや否や、イゾウは自身の懐へとアイラを抱き寄せた。
どれだけ平静を装ってみても心臓の音だけはごまかせない。アイラの耳に響く鼓動は早く、彼が珍しく緊張しているのだとそれで察することができる。
「つまり要約すると⋯イゾウは嫉妬してたってことで合ってる?」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯器の小せェ男だと、幻滅したか」
「幻滅なんてする訳ないでしょ。ただ、驚きはしてる」
アイラの言葉に、イゾウはそっと抱き寄せていた体を離すと暗に先を促した。
「イゾウは前からそうだったけど隊長に就任してから余計引く手数多になったでしょう?新人のナースなんかは私達の関係をまだ知らなかったりもするし、私の前でも堂々と色めき立ったりしてるから。イゾウは誰かに言い寄られたって簡単に靡いたりするような人じゃないって判ってるし当然信用もしてる。だけど頭では判ってても心が追い付かないっていうか⋯そういう場面ではいつもモヤモヤしてた」
とはいえ、その逆があるとは思ってもみなかったとアイラは最後に付け加えた。あの美女軍団と比較して考えてみれば自分なぞ周りに女として認識されているのかどうかも怪しい。だからイゾウがまさか自分と同じように嫉妬心を抱いてるなんて想像もしなかった、と。
彼女の言い分を聞き終えると同時にイゾウは小さく溜息を吐いた。アイラが無自覚なだけで、彼女に好意を抱く輩は多い。薬師だけでなくカウンセラーの役目も担っているアイラは職業柄、相手の話にじっくり耳を傾けたり心に寄り添ったりする事に長けている。当然それを心地良いと思う人間は多数で、徐々にそれが恋愛感情へと変化することも少なくない。
そんな輩に対しイゾウはこれまでアイラの気づかぬ所で牽制し、ひっそりと釘を刺してきたのだ。
「でも、偶には分りやすく妬かれるのも悪くないね」
「それはこっちの台詞だ。そうやって常日頃思ってることがあるならちゃんと云え。もっと我儘も口にしろ」
「そんなこと言われても、私の方が年上なんだからみっともない真似できないでしょ」
「また妙な所で年上を持ち出してきやがって⋯」
「はぁ?イゾウだって器が小さいだのなんだのって気にしてるじゃない」
「おれは男で侍だ。それこそ女々しい言動なんざみっともねェだろうが」
「⋯ほんと、相変わらず肝心なところで意地張って素直じゃないんだから。そこはエースと大違い」
「あ”ぁ”?!」
ここぞとばかりにエースの名前を出してやれば案の定、イゾウは憤怒して額に青筋を浮かべる。いくら冷静沈着で頼れる隊長の顔を持ち合わせていようと、元来のイゾウは感情表現が豊かでどちらかと云えば短気な部類なのだ。そんな彼の素の言動や表情を見れるのが嬉しくてついつい笑みが零れてしまう。
「っていうかさ、さっきからマルコが呼んでない?」
耳を澄ましてみると確かにマルコの声が聞こえる。
すると次の瞬間イゾウは何か思い出したのか、サッと血相を変えてアイラに向き直った。
「そういや1番隊と合同訓練だった!悪いが行ってくる!」
「えっ じゃあ急がないと」
頷きつつ少々慌て気味にその場を後にしようとするイゾウにアイラは手を振ろうとした。が、片手を上げかけた所で再度イゾウが振り返り、咄嗟に腕を引かれて耳元で低く囁かれた。
「色々自覚が足りないようだから改めてその身体に教え込んでやる。だから今夜おれの部屋に来い。いいな?アイラ」
2022/09/23
お題配布元:白鉛筆
言いながら隣に並んだマルコはイゾウの表情にギョッとして口を噤んだ。和風美人が不機嫌面で腕を組み、じっと佇んでいればそれだけで相当な迫力がある。
「朝っぱらからンな怖ェツラして。一体どうしたんだよい?」
「⋯別に。何でも無ェよ」
プイと顔を背けるイゾウ。
マルコは先程まで彼が見ていたであろう視線の先を辿れば、あぁ成程⋯と合点がいった。
「そう目くじら立てんなよい。エースに悪気は無ェんだ。⋯⋯たぶん」
「⋯おい」
「あいつがまだオヤジに毎日突っかかってた時もアイラには何だかんだ心開いてる様子だったしなァ」
「お前と違って、」とわざと揶揄うように付け足せばイゾウは当時を思い出したのか、先程とは打って変わってバツの悪そうな顔をしている。
「その延長で今でもアイラに一番懐いてるんだろぃ。アイラも無邪気に慕って来る相手には甘いところがあるからな」
言われてみればイヌアラシとネコマムシが居た頃は確かにそんな感じだった。というか、アイラは基本誰に対しても優しい。一時の感情でその差し伸べられた手を突っぱねてしまったが為に自身と彼女は少々気まずくなってしまったが、そうでなければ今のエースのようにもっと早い段階でアイラと打ち解けられていたと思う。
「つーか、そんなに心配なら牽制しときゃいいだろぃ。いつもやってんじゃねーか」
「あからさまな下心が無い奴にそんな真似出来るか」
と言いつつも、このまま二人のやり取りを黙って見ているのも癪に障る。苦笑しているマルコに用件は何だったのかと催促し、それに応答してすぐにアイラの元へ歩み寄る。理由はとりあえず何でも良かったので適当な口実を並べてその場から彼女を連れ出した。
***
「なんか久しぶり。この時間にイゾウと一緒に居るの」
「そうだな」
「⋯違ってたらごめん。もしかしてイゾウ、ちょっと機嫌悪い?」
「そう見えるか?」
「うん。なんとなく」
マルコの前で晒していた様な態度は表に出さないようにと努めていたつもりなのに早々に指摘されてしまう。それだけ己のことをよく見てくれていると思えば嬉しくもあるが、この状況では些か複雑でもある。
「⋯嬢ちゃんはもう少し、警戒心を持て」
「警戒心?護身用の銃ならイゾウに言われた通りいつも肌身離さず携帯してるけど」
「そういう意味じゃねェ⋯」
上手く意図が伝わらず、どうしたもんかと頭を掻きながらアイラを見遣った。一方のアイラも更に疑問符を投げかけるような眼差しでイゾウを見つめる。
「おれ以外の男に、あんまり気安く触らせるな。隊長を任されてからおれが傍に居られる時間は前よりも減ってんだ。おれの目の届かない隙に嬢ちゃんが他の男と楽しくやってると思うと⋯正直良い気はしない」
こんなこと、言うつもりじゃなかった。
器の小さい男だなんて死んでも思われたくない。現にアイラは他の男に色目を使ったり、イゾウを疑心暗鬼に陥らせるような態度は今まで一度だって見せたことはなかった。仮にもしも、エースがアイラに対して特別な感情を抱いていたとしてもそれは変わらないだろう。
けれど、今回ばかりは本音を吐露せずにはいられなかった。
「近頃エースと親し気にしていることが多いだろう?あいつが嬢ちゃんに懐いてる理由は何となく察しが付くが⋯必要以上に甘やかすな」
言い終えるや否や、イゾウは自身の懐へとアイラを抱き寄せた。
どれだけ平静を装ってみても心臓の音だけはごまかせない。アイラの耳に響く鼓動は早く、彼が珍しく緊張しているのだとそれで察することができる。
「つまり要約すると⋯イゾウは嫉妬してたってことで合ってる?」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯器の小せェ男だと、幻滅したか」
「幻滅なんてする訳ないでしょ。ただ、驚きはしてる」
アイラの言葉に、イゾウはそっと抱き寄せていた体を離すと暗に先を促した。
「イゾウは前からそうだったけど隊長に就任してから余計引く手数多になったでしょう?新人のナースなんかは私達の関係をまだ知らなかったりもするし、私の前でも堂々と色めき立ったりしてるから。イゾウは誰かに言い寄られたって簡単に靡いたりするような人じゃないって判ってるし当然信用もしてる。だけど頭では判ってても心が追い付かないっていうか⋯そういう場面ではいつもモヤモヤしてた」
とはいえ、その逆があるとは思ってもみなかったとアイラは最後に付け加えた。あの美女軍団と比較して考えてみれば自分なぞ周りに女として認識されているのかどうかも怪しい。だからイゾウがまさか自分と同じように嫉妬心を抱いてるなんて想像もしなかった、と。
彼女の言い分を聞き終えると同時にイゾウは小さく溜息を吐いた。アイラが無自覚なだけで、彼女に好意を抱く輩は多い。薬師だけでなくカウンセラーの役目も担っているアイラは職業柄、相手の話にじっくり耳を傾けたり心に寄り添ったりする事に長けている。当然それを心地良いと思う人間は多数で、徐々にそれが恋愛感情へと変化することも少なくない。
そんな輩に対しイゾウはこれまでアイラの気づかぬ所で牽制し、ひっそりと釘を刺してきたのだ。
「でも、偶には分りやすく妬かれるのも悪くないね」
「それはこっちの台詞だ。そうやって常日頃思ってることがあるならちゃんと云え。もっと我儘も口にしろ」
「そんなこと言われても、私の方が年上なんだからみっともない真似できないでしょ」
「また妙な所で年上を持ち出してきやがって⋯」
「はぁ?イゾウだって器が小さいだのなんだのって気にしてるじゃない」
「おれは男で侍だ。それこそ女々しい言動なんざみっともねェだろうが」
「⋯ほんと、相変わらず肝心なところで意地張って素直じゃないんだから。そこはエースと大違い」
「あ”ぁ”?!」
ここぞとばかりにエースの名前を出してやれば案の定、イゾウは憤怒して額に青筋を浮かべる。いくら冷静沈着で頼れる隊長の顔を持ち合わせていようと、元来のイゾウは感情表現が豊かでどちらかと云えば短気な部類なのだ。そんな彼の素の言動や表情を見れるのが嬉しくてついつい笑みが零れてしまう。
「っていうかさ、さっきからマルコが呼んでない?」
耳を澄ましてみると確かにマルコの声が聞こえる。
すると次の瞬間イゾウは何か思い出したのか、サッと血相を変えてアイラに向き直った。
「そういや1番隊と合同訓練だった!悪いが行ってくる!」
「えっ じゃあ急がないと」
頷きつつ少々慌て気味にその場を後にしようとするイゾウにアイラは手を振ろうとした。が、片手を上げかけた所で再度イゾウが振り返り、咄嗟に腕を引かれて耳元で低く囁かれた。
「色々自覚が足りないようだから改めてその身体に教え込んでやる。だから今夜おれの部屋に来い。いいな?アイラ」
2022/09/23
お題配布元:白鉛筆