04:見透かされた不協和音

研究室から呼び出しがありイチジの許可を得て幾日振りかに部屋の外へ出たが、システムの不具合をチェック・修正した後もすぐに戻る気にはなれなかった。

培養液に浸る兵士に囲まれたこの部屋の居心地は決して良いとは云えないけれど、束の間の解放感に深く息を吐く。そして椅子の背もたれを頼りに首を反らし天井を見上げた。

無機質な白色と絶えず部屋に響くコポコポという科学的な水音に、何故だか次第に心が押し潰されそうになってきて。全ての情報を遮断すべく静かに目を瞑った。

「アイラじゃないか、久しいな。もう自由の身になったのか?」

驚いて後ろを振り返るとそこにはヨンジが居て。
イチジやニジとは違い彼の表情や言葉には何の含みも感じられず、ただ純粋に問うてきたようだ。

「そうしてくれるよう貴方からイチジに頼んでくれない?」
「そうだな、考えておこう。またあの時のような可笑しな真似をされても困るからな」
「⋯⋯?」
「昔訓練用の水槽で溺れてイチジがお前を助けたことがあっただろう。誰にも気づかれていないと思っているだろうが、イチジは気づいていたぞ」

あれは事故なんかじゃない。
あの時、死ぬつもりだったんだろ?

確信を持ったヨンジの発言。
レイジュにさえ話していなかった心の内を何の前触れもなしにぶつけられて目を見開いた。

「イチジに誰にも口外するなと言われていたからずっと黙っていた。――で?本当の所はどうなんだ?」

真相を話した所で理解を得られるとは到底思えない。けれどヨンジは答えをはぐらかすことは許さないと暗に告げている。

「⋯仮にそうだったとして、貴方達にはどうだって良い事でしょう?」
「まぁな。だがお前はジェルマにとって必要不可欠な人間だ。おまけに今じゃイチジの婚約者ときたもんだ」

だから勝手に命を絶つようなことはあってはならない、とヨンジは云う。

「それにしたってイチジもイチジだ。あの出来損ないが帰ってくるからと下手に意識し過ぎなんだよ」
「⋯⋯⋯」
「まぁそれもある意味仕方ないのかもな。常日頃何事にも動じないイチジがあの日、水底に沈むアイラを見つけて⋯」

「ヨンジ」

突如割って響いたイチジの声。その声色は平然としたものだったがどこか威圧感を含んでおり、ヨンジは口を噤んでイチジを見た。

「父上がお呼びだ。早く行け」
「―あぁ分かった。すぐに行く」

最後、チラリと此方に視線を寄越してマントを翻したヨンジ。その後ろ姿を黙ってみつめていればすぐに視界は緑から鮮やかな赤色へ。

「用が済んだのならお前も早く部屋に戻れ」

一瞬、適当な理屈を並べてもう少し此処に留まれないかと考えた。けれどすぐにその思考は打ち消した。サングラス越しに射抜いてくる視線が決して嘘は許さないと語っていたから。


分かってるわ、とだけ静かに答えてからヨンジに続き研究室を出て行こうとした刹那。すれ違いざまに手首を掴まれて強制的に足止めされてしまう。

何事かとイチジを見上げれば、掴まれた箇所に僅かに力が加わり小さく痛みが走る。

「ヨンジと何の話をしていた?」
「別に。久しいなとか、その程度の他愛のない話よ」
「⋯⋯⋯」
「あぁそれと。いい加減軟禁生活もうんざりだから、早く今まで通りの生活に戻してくれるようヨンジからイチジに頼んで欲しいってお願いしただけ」
「――本当に、それだけか」

ギリッと更に手首を圧迫され痛みが増す。
思わず顔を顰めて見せるもイチジは全く意に介した様子はない。

「お前はこの国の科学力を向上させ発展させること。そして今後は第一王子の妻として、おれのことだけ考えていればいい」

恐らくいつもなら適当に聞き流していた。
彼から『口答えするな』と釘を刺されたことも記憶に新しい。

頭では判っていた。
けれど気づいた時にはすでに否定が口をついて出ていた。

「私は⋯意思や情を持たない人形とは違う」
「何?」
「私は!貴方達が“出来損ない”と馬鹿にしていたサンジと同じ人間⋯ッ?!」

そこから先の言葉は、イチジによって強制的に遮断される。

自分の身に一体何が起きているのか。
ありえない程の至近距離にイチジの顔があって、唇には彼のものが重なり塞がれていた。

キス、されている。

そう認識すると同時に咄嗟に離れようとするも反対にもう片方の腕も捕らわれて余計パニックに陥った。挙句、僅かに開いた隙間から舌を差し込まれてイチジはそのまま口腔内を好き勝手に蹂躙し始める。

「⋯っ!」

しかし何とかこの状況から脱しようと無我夢中で歯を立てれば、意外な程あっさりとイチジはその身を離した。口元には僅かに血が滲んでいる。

今にもその場にへたり込んでしまいそうな身体と心をどうにか奮い立たせて彼を睨みつける。一方のイチジはそんなアイラを不敵な笑みを浮かべながら見つめ返し、手の甲で口元を拭ってみせた。

「気の強い女は、嫌いじゃない」

イチジが吐いたセリフが耳に入った瞬間、頬を張っていた。外骨格を持つ相手を力任せに叩いた自身の手の方が痛んでいるだろうがそんなことはどうでも良かった。

「最低⋯!」

怒り任せにそう吐き捨て、イチジの前から走り去った。

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2022/06/03
お題配布元:誰花