海とあなたの物語A

無意識なのか否か、通り過ぎていったアイラの背中をイゾウは黙ってじっと見つめている。
それを見たマルコもまた、内心ずっと二人の関係が気掛かりだったこともあり今日は思い切って話を切り出してみよう⋯と決意し、先程から微動だにしないイゾウを促すと二人は揃って船を降りた。

町に向かう道すがら、マルコはイゾウに問う。

「お前、アイラと何かあったのかい?」

マルコからの唐突な直球質問にイゾウは面食う。とはいえ、この船の一員になって以降彼女と会話どころかまともに挨拶を交わした記憶もないに等しい。マルコが気にかけてくるのも無理はないか⋯と納得せざるを得なかった。

「女だから距離を置いてるって訳じゃなさそうだもんなァ」

現にイゾウはトキとよく他愛のない話に花を咲かせている。

「恐らくおれは、あの嬢ちゃんに嫌われてる」
「――は?」

思いもよらぬ返答に、今度はマルコが面食らう番。そんなマルコを余所にイゾウはあの夜の出来事を語った。

主君の危機的な状況下でいくら気が立っていたとはいえ、あの態度はなかったな⋯と今なら冷静に思い返せる。彼女はずっと飲まず食わずでいた己の身を案じてくれていたのだから。

勿論一言詫びを入れねばとイゾウ自身ずっと考えてはいた。けれど一日、また一日とその機会を逃すにつれて“今更感”が自分の中で大きくなってしまい現在に至る。

「なーんだ。そんなことかよい」

嫌われてる、なんて言い出すから余程の事情があるのかと思えば。

「お前がちょいと頭を下げりゃ済む話じゃねェか」

あっけらかんとそう言い放ったマルコに、イゾウはジト目で睨む。

「あのなぁ⋯それが出来ればとうの昔にそうしているさ」
「ハハッ!まぁ頑張れよい。アイラは良い奴だから」
「⋯それは見ていれば分かる」

特にイヌアラシとネコマムシは彼女に懐いているのか、しょっちゅうアイラの部屋を訪ねて菓子だの玩具だのを貰い受けてはそれを嬉しそうに見せびらかしてくるのだ。

イゾウも一緒に行こう!と何度誘われたことか。

「女の扱いはお手のもの、みてーな色男面してるクセに意外と奥手なんだな〜イゾウは」
「おい。人をからかうのはよせ」


***


この日の夕刻。

「んん?どうしたんだ、トキ」
「あ⋯おでんさん。アイラちゃんが帰ってこないの。日暮れまでには戻るって言っていたのだけれど」
「――よっこいせっと。今帰ったよい!」
「只今戻りました、おでん様」
「おぉ!丁度良かった。お前達アイラを見掛けなかったか?」

おでんの問いかけにマルコとイゾウは顔を見合わせる。

「いや、見てないよい。アイラがどうかしたのか」
「日暮れまでには帰るって言って船を降りたのだけれど、全然戻ってくる気配が無くて心配していたところなの」

日暮れどころか、日中の晴天が嘘のように分厚い雲が広がりだし辺りはすでに薄暗くなり始めている。
この調子だともうじき雨になりそうだ。

トキの話を聞いてすぐさまマルコはアイラを探しに行こうとする。――が、急に何かを思いついたらしく隣に立つイゾウを見遣った。

「イゾウ、悪いがおれの代わりにアイラを探してきてくれねーか」
「何?」
「多分大丈夫だとは思うが念のためオヤジに報告してくる。一時間経ってもお前らが戻らなければおれ達も探しに行くよい」
「そうだな。アイラは白吉っちゃんの大事な娘さんだ!イゾウ、頼んだぞ」
「⋯⋯はい。承知しました」

主君に念を押されてしまっては断るに断れない。
アイラの捜索を開始したイゾウの心と足取りは空を覆い始めた雲と同じく、どんよりと重かった。

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