歪んだ恋A

みくの仕事の都合で結局3人揃って顔を合わせることができたのは六太が日本に帰国する前日だった。けれどこの日は六太の二次通過の知らせが加わったこともあって夕食会は盛り上がりを増していた。

「これ全部みくが用意してくれたのか?!」
「ムッちゃんがこっちに来るって決まってからみく張り切ってたから」
「そんな大した物じゃないんだけど、良かったら食べて」
「いやいや!十分すげーって。ありがとな、みく」

声高らかに乾杯した後は合間に料理も堪能しつつ歓談を楽しむ。終始笑顔の絶えない兄弟のやり取りを微笑ましく傍らで見つめながらもふと、あの夜の出来事がみくの頭を過ぎった。

天真爛漫で基本何事にも大らかな日々人が稀に垣間見せる仄暗い表情。彼に“愛されている事”に幸せを感じているのは確かなのに、日々人を怖いと思ってしまう瞬間があるのも事実で。

『ずっとみくのことが好きだった』

宇宙飛行士になれたら俺と付き合って欲しい、と日々人から想いを告げられたあの時も。此方に選択肢を与えているようで最初から有無を云わせぬ“絶対事項”であるかのような迫力があって。その後日々人は見事に夢を実現してみせ、現在に至っている。

もちろん恋仲になったのは彼が“宇宙飛行士になったから”というのが理由じゃない。告白されて以降、ひたむきに努力を重ねる姿とその間も一途に己を想い続けてくれていたことに心を動かされたからだ。

だから⋯日々人の想いに応えた自分に疑問なんて持ちたくない。持ちたくはないのに、何故だか時々、無性に⋯。


「―なぁみくってば、聞いてんの」

日々人の声にはっとする。

「ご、ごめん。一瞬ぼーっとしてた」
「なんだよ、もう酔っぱらったのか」
「ううん。違うよ」
「そ?つか、ビールのストックってどこだっけ」
「ガレージに置いてある段ボールの中」
「りょーかーい」

日々人が席を立つと六太は徐にみくの方へ向き直る。

「みくはいつまでこっちに居んの?」
「取材が終わり次第だけど⋯3,4日以内には私も日本に戻ると思う」
「そっか。つーか、日々人とはどうだ?遠距離でも変わらず上手くやってんのか」
「うん。おかげさまで」
「あいつは何事も決めたら一直線な奴だし、離れてても浮気の心配はなさそうだな」
「その点は私も安心してるっていうか、信頼してる」
「けど一直線も度が過ぎるとなぁ⋯なんていうかこう⋯息苦しさみたいなのを感じる瞬間があるっつーか」
「あー⋯何となく六くんの言いたいことは分かるよ」
「みくはどっちかってーと俺と似たタイプだし、妥協込みで折り合いつけながらその場を凌いでいくことも多いかもしれねぇけどさ。何かあった時は一人で抱え込まずにちゃんと吐き出せよ?」

そう言った六くんの瞳が、思わず息を飲むほど真剣で。

なんだか心の奥底で燻っている靄を見透かされてるような気がしてきて咄嗟にお酒の入ったグラスに手を伸ばし、曖昧に微笑みながら不自然にならないように目を逸らした。

「そういう六くんも、しんどい時はちゃんと周りを頼ってよね」
「俺?俺はダイジョブよ〜。凹むのも愚痴るのも大得意!」
「その凹みも愚痴もお一人様で自己完結してたんじゃ意味ないんだからね。だからいつもコロコロムッタ発動させてんでしょ」
「コラコラお嬢さん?それ言うならお前だってそうだろ!?」

言いながらわしゃわしゃとみくの髪を掻き混ぜる六太と笑いながらそれを受け止めるみく。そんな二人のじゃれ合いを日々人は暫くの間、缶ビールを両手に抱えたままリビングを隔てる扉越しに無表情で見つめていた。


***


「たでーま」
「おけ〜り〜〜」

みくを宿泊先のホテルまで送り届けてきた弟を迎えた六太は未だほろ酔い気分でテンション高め。

「いや〜今日は飲んだなぁ〜〜日々人」

明日は帰国だ、フロ入って寝よーと呟いている。

「ムッちゃん、おみやげトランクに入れとくからな」
「ウィ〜〜サンキュウ」

やや千鳥足でバスルームに向かっていた六太が急に何かを思い出したかのように後ろを振り返り、スススス⋯と日々人ににじり寄る。

「お前さ、みくのこと大切にしてやんなきゃダメだぞ?」
「ちょ⋯なんだよムッちゃん、唐突だな」

酔っぱらいの冷やかしかと思ったがどうやらそうではないらしい。腕を組んでじぃっと鋭い視線で射抜いてくる兄の姿にあの夜の事が脳裏を掠め、仄かに生じた後ろめたさにたじろぎながらもそれは噯にも出さず返答してみせる。

「ムッちゃんに言われなくてもちゃんと大事にしてるし。それにみく以外の女なんて眼中ないよ、俺は」
「それはまぁ⋯そうだろうけどよー⋯」

さっきみくと話している最中にほんの一瞬だけシャツの袖口から見えた、縛られたような痕。細かい事が気になってしまう己の性分を六太は恨めしく思いつつ、この件を日々人に直接問い質すか否か思案する。だがいくら血を分けた弟と大事な幼馴染の事とはいえ、あからさまな拗れが見て取れた訳でもないのに第三者が口を出すのもどうなんだ⋯と結論付けた末、六太は本題を口にすることなく今回は煙に巻くことにした。

「お前がみく一筋だってことは俺だってじゅ〜ぶん理解してるさ。けど愛情も腹八分目くらいが丁度いい!⋯⋯と思うぞ、俺は」

最後自信なさげに小声になりつつも自身の思いを吐露すると六太は弟の反応を待たず「さーてフロフロ〜」と先程同様、独り言を口にしながらクルリとターンしてバスルームへ向かい始める。

一方の日々人はその場に立ち尽くし、無意識に握りしめていた拳の内側で爪が徐々に食い込んでゆくのを感じながら⋯兄の背中を只黙って見送った。


目を逸らして曖昧にして


お題配布元:確かに恋だった
2023/1/27