ようこそ、主様
ハウレスが武器庫で武具の整理をしていると、早足でベリアンがやって来た。
「ハウレスくん、今いいですか?」
「ベリアンさん? ええ、問題ありません」
手を払いながらベリアンに向き直ると、ベリアンはどこか楽しそうに言う。
「お仕事中のところすみませんが、急ぎ身支度を整えて応接室に来てください。主様がいらっしゃいまして」
「主様が⁉」
「そして、担当執事としてハウレスくんをご指名なんです」
「すぐに向かいます!」
主様≠ニいう待ち焦がれた存在への驚きを、担当執事として指名された喜びが上回る。
急がなくては。主様を待たせるわけには行かない。
ドローイングルームに戻るというベリアンと別れ、浴室で軽くシャワーを浴びて燕尾服に着替える。慌てすぎて石鹸を一つ砕いたが、このときばかりは許して欲しい。なにせ、主様がハウレスを待っているのだ。
ハウレスは鏡の前で髪を整え、ネクタイの角度、靴にくすみが無いことも確認する。脱衣所のドアを強めに閉めて、応接室へ歩き出した。ほとんど駆け足だった。
主様はどんな人だろうか。ベリアンは何も言わなかったが、いつも通り柔らかい雰囲気だったので、主様が変わり者という可能性はなさそうだ。主様がどんな方であれ仕えることには変わりないが、優しい人ならば嬉しい。個性的な執事たちと上手くやっていけるといいのだが。
ハウレスはドローイングルームのドアの前で深呼吸をし、鼓動を飲み込みながらドアをノックした。
「ハウレスです」
「どうぞ、入ってください」
ベリアンの声を聞いてから、静かにドアを開ける。部屋内には紅茶の香りが漂っている。ベリアンが淹れたのだろう。部屋にはフルーレもいた。
主様はすぐに分かった。テーブルに見慣れない女性が座っているのだ。なぜか目元が赤いが、まさか特異な環境に困惑して涙したのだろうか。
ハウレスは胸に手を当て一礼をした。
「遅れて申し訳ありません。はじめまして、主様。俺はハウレス・クリフォードと申します。担当としてご指名いただいたとうかがいました。どうぞよろしくお願い致します」
主様はハウレスの自己紹介を聞きながら機敏な動作で立ち上がった。緊張気味だが柔和な笑みを浮かべ、両手を前で揃えて軽く頭を下げる。
ハウレスは、主様の丁寧な動作に目を瞬いた。主様≠ニいうだけで堂々とした人間のイメージが漠然とあったのだが、どこか素朴だった。
「はじめまして、主様らしいです。よろしくお願いします、ハウレスさん」
主様の言葉に「敬語も敬称も不要ですよ」と返しながら、ふと気付く。
主様の椅子の後ろで控えているフルーレより、頭の位置が低かった。
ハウレスは二階の執事室に戻ると、大きく息を吐いて椅子に座った。すぐにフェネスが水の入ったグラスを置く。
「ハウレス、お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
「主様の担当になったんだよね。ハウレスがここにいるってことは、もう帰られたのかな」
「ああ。屋敷をぐるっとご案内してからお帰りになった」
ハウレスはグラスを持って水を一気に飲むと、もう一度息を吐いた。ハウレスの疲労困憊の様子に、フェネスが狼狽えながらピッチャーを持って水をまた注ぐ。
「ハウレスがそんなに疲弊するほどの主様なの……?」
「いや、主様ご自身は気さくで謙虚な方だったよ。他の執事に圧倒されないか……心配だ」
「そうなんだね。俺もゆっくり話してみたいな。今日はちょっとタイミングが合わなかったけど」
「ただ……主様は、フルーレより小さいんだ」
「⁉」
ハウレスの苦し気な声にフェネスが息を呑む。
ハウレスは自分の苦悩が共有出来たことを嬉しく思いながら続けた。
「女性として特別小柄なわけじゃない。だが、頭が俺の肩くらいにある。ここは男だらけだが街に出れば女性はいるし、俺の背が高いほうだということも自覚している。分かっているんだが、これから過ごす時間が長くなるでろう主様がフルーレより小柄だというのは、何故か結構な衝撃だったんだ」
「分かる、なんとなく分かるよ。知っているのと実感するのとじゃあ、印象が違うよね。でもそうか、フルーレより小柄なのか……」
「そうなんだ。歩幅も小さい……フェネスも歩くスピードには気をつけろよ」
トリシアも小柄だったが、年の離れた妹という注釈がつく。守るのが当たり前で、その華奢さに驚いた日はない。しかし、主様は当然、ハウレスの年の離れた妹ではないのだ。
そして後日、ハウレスたちは主様の食事量の少なさに言葉を失う。
過保護な執事たちの完成である。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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