紅茶を美味しく飲むコツ


 ベリアンは、部屋に置いている私物の紅茶缶を眺めていた。
 一息つきたいが、今日はどの紅茶を入れようか。以前買ったウバはそろそろ飲みきらなければ香りが落ちそうだが、先日買ったキーマンの香り高さも感じたい。アッサムでミルクティーにするのも良い。もしくは、ブレンドティーの開発に勤しんでもいい。
 脳内で機嫌良く会議をしていると、部屋の外から「あ、うん? ん!?」という感情豊かな声が漏れてきた。主様の声だとすぐに気付いてドアを開けると、小さな紙袋を抱えた主様が立っていた。

「おや、主様」

 主様は紙袋を片手で抱え、気さくに片手を上げる。フルーレの作った服を着ていないので、たった今デビルズパレスにやって来たようだった。

「ただいま。ごきげんよう、ベリアンくん」
「おかえりなさいませ、主様。今帰られたのですか?」
「うん。ちょっと予想外の所に出たけど、ベリアンくんがいるなら納得かな」
「わたし、ですか?」
「紅茶のことを考えていたんだよね。わたしにとって、紅茶イコールベリアンくんみたいだ」
「ふふ、光栄です」
「そして新しい発見もあった」

 主様は楽しげに紙袋をベリアンに示した。中には筒状の缶がひとつ入っている。話の流れからして、紅茶缶だろうか。
 紅茶缶についても聞きたいが、確かにこれは発見だ。ベリアンも主様につられて声が弾んだ。

「物の移動が可能なのですね」
「うん。わたしが服ごと移動できるから、小さいものは持っていけるんじゃないかと思って。どのくらいの大きさまでいけるんだろうね」
「実験のし甲斐がありますね」
「わたしが抱き着いてたら、人の移動も出来たりして。怖くて試せないけど」

 主様に抱き着かれるのは恐れ多いと同時に魅力的だが、万一事故があって人の形が保てなくなったり、それ以降の主様の移動に支障が出ると大変困る。リスクの高い実験を出来るほど、指輪のことは理解出来ていない。
 それでね、と主様が紙袋から缶を取り出した。

「この紅茶、会社の人がくれたの。なんかイイヤツな気がするんだけど、わたしが入れたら台無しにしそうなので持って来ました」
「それでわたしのところにいらっしゃったのですね」
「念じた所に移動しちゃうの、便利なような不便なような……。ベリアンくんがシャワー中じゃなくて良かったよ」
「そうですね……」
「わたしも、ちゃんと自分の部屋に出るって念じながら指輪をしないとな」

 シャワー中もまずいが、一番まずいのは用を足しているときである。お互いのために、その悲劇は回避しなければならない。切実な問題だ。
 ベリアンは、主様に差し出された紅茶缶を確認した。読める文字もあるが、読めない文字もある。見たことのない形をしていた。

「ベリアンくんが読めるのってここ?」

 主様が文章を指さすので頷いた。

「はい、そこなら読めます」
「やっぱり英語だよね……わたしは日本語を話しているつもりだけど、この世界では英語ばかりだし。全く見たことのない文字よりは、英語のほうがわたしも一部なら読めるしありがたいけど」
「そのようですね。わたしとしても、主様とお話をしていて違和感はありませんし……この柔らかい文字が日本語というものですよね?」
「そうそう」
「この紅茶は……コベントガーデン?=v
「イギリスの……えっと、わたしが住んでいる国とは違う国の地名。その土地をモチーフにしたブレンドティーなんだって」
「なるほど……甘い香りがしますね」
「桃とアプリコットだって聞いたよ」

 同じ言葉で同じものを指すということは分かっている。主様の世界の桃とアプリコット≠ヘこの世界でも桃とアプリコット≠ネのだ。異世界の謎である。

「お時間がありましたら、今からご準備しましょうか?」
「いいの?」
「もちろんです」
「正直それを狙っていました。一緒に飲もうね」

 主様は、執事たちと何かを共有することを好む。美味しいものは必ず分けるし、お茶も一度は必ず執事を誘う。執事として最初は辞退していたが、主様が建前ではなく本気で共有したいのだと気付いてからは、頑なな遠慮はしないようにしている。外出先ならばともかく、屋敷にいるうちは主様の希望に応えたい。
 食堂に移動して、ティーセットを準備する。キッチンには主様用のお菓子が常に準備されているので、それも出した。今回はマドレーヌだ。
 主様が持ち込んだ紅茶は、甘い香りと香ばしさに満ちており非常に美味だった。

「これめちゃくちゃ美味しくない?」
「ええ、とても」
「わたしが淹れてもこうはならないよ。ありがとね、ベリアンくん」
「光栄です」
「しかし物の移動……」

 主様はカップを持ったままで眉を寄せた。

「どちらからでも可能なのかな……それも試したいね。物の行き来ができるなら、ロノくんの美味しいマドレーヌを向こうで自慢できるし、逆にわたしがよく行くパン屋さんのクロワッサンを持って帰ることも出来る。少しずつ大きくするのも試したい」
「主様は研究熱心ですね」
「そう? ああでも、ベリアンくんの天使研究にもすごく興味はあるよ」
「そうなのですか?」

 その割には、主様から何かを聞かれたことがほとんどない。ベリアンに対して聞かないだけで担当のハウレスに対しては違うのかもしれないが、ベリアンが天使の研究を把握しているのだから、天使に関してはベリアンに問おうと思うことはあるはずだ。
 まずはさ、と主様がカップを置く。

「みんなのことにもすごく興味あるよ」
「悪魔執事に、ですか?」
「例えば、どうして悪魔と契約したのか。悪魔と契約することに条件はあるのか。悪魔という大きな力と契約することにリスクはないのか。魔導服とは何なのか。フルーレくんがみんなのお洋服を作っているけど、つまりそれは魔導服なわけで、フルーレくんに秘密があるのか。布か、糸か、加工か、それとも悪魔執事が着ることで力を持つのか。主様とは一体何なのか。色々ね」
「それはそれは……わたしたちに聞かないのは何故ですか?」
「なんかまあ、いっかなって」

 疑問点を列挙したことに反した乱暴な投げ方に、ベリアンは思わず笑う。

「いいのですか」
「根掘り葉掘り聞くことが良いとは限らないかなって。かなりプライベートな話になる気もするし、大事なことは話してくれると思っているし」
「信頼してくださっているのですね」
「わたしのことを信用して慕ってくれているから、わたしもそうありたいと思っているだけだよ」

 確かに、主様は異世界を現実と受け入れることにこそ時間がかかったが、その後はベリアンたちに対して懐疑的ではなかった。危機感がないとも言えるが、ベリアンたちの接し方を受け入れてくれたのだ。
 大切な主様に、大切に思われているのだ。これほど幸せなことはない。

「主様。参考までに、天使についての疑問点を教えていただけますか? わたしの研究の参考にもなりそうなので」
「参考になるかなあ……」

 主様は自信無さそうに言った後で、つらつらと的を射た問いを並べた。

「まず、なぜ人の形を持って人の言葉を話すのか。こっそり人間に近づきたいなら、あんな物騒な言葉じゃなくて『助けて』って言ったほうが効率もいい。それに、人を殺すでも食べるでもなく消すのは何故か。まるで人類の数を調整しているみたい。あと考えられることは、なんだろうな……どうやって増えているのか、かな。無性生殖なのかね」
「……主様は、研究熱心ですよね」
「そうかなあ」

 主様は首を傾げながらカップに口をつける。
 主様が飲み切ったことに気づき、ベリアンはポットを持ち上げた。



主様尊い……。
そよ風のかんざし
ALICE+