一妻多夫


 ハウレスはフェネスとベリアンとともに、主様の部屋で主様の帰りを待っていた。主様のお世話を卒なく滞りなく行うため、執事たちは自分たちの用事をローテーションで済ませているが、今日はたまたま三人が早めの食事を摂っていたのだ。そのまま主様の部屋に行き、主様を待っているのである。
 ハウレスとフェネスとベリアンは、方向性が多少違えども穏やかで真面目なメンバーだ。仕事のことや主様のことで堅苦しくない程度に話していると、瞬きしたほんの一瞬で人が増える。
 主様の帰宅はいつも静かだ。何か楽器の音でも鳴ってくれたら華やかで分かりやすいのだが、突然現れるので驚くことも多い。

「おかえりなさいませ、主様」

 三人が口々に言うと、主様は疲れた様子ながらも笑顔を浮かべる。

「ただいま。なんだかお出迎えが豪華だね」
「誰もが、主様にお会いしたくて仕方がないのですよ」

 さて、食堂で軽く夕食を。その後は部屋着に着替えてハーブティーで一息ついて、そして就寝だ。
 ハウレスは主様をエスコートしようとしたものの、主様はどこか得意気にしながら胸の位置まで左手を上げる。手の甲をハウレスたちに向けて指を揃えるので、薬指の指輪がよく見えた。
 ……左手薬指に指輪?

「主様は結婚しました!」

 主様の笑顔が眩しい。
 ハウレスはふらついてソファに手をつき、フェネスは眼鏡を落として硬直し、ベリアンは腕を組んで眉間を押さえた。
 主様が恋愛をすることは自由だ。向こうの世界での生活があることも十分承知している。ハウレスの知らない人間関係も、もちろんあるだろう。しかし、主様に頼られている自覚があるのにこういった重大発表が初耳なのが――いや、ハウレスの知らないところで主様の大事な人が存在していることが悔しいのだ。
 ハウレスの知らない主様を、その人物は知っているのだろうか。主様のことを誰よりも知り、理解し、寄り添うのは自分でありたかった。
 三者三様で衝撃を表していると、主様が焦った声を出してハウレスの背中をさすった。

「ど、どうしたの、みんなして。こんなに狼狽えているところ初めて見た」
「いえ、その、おめでとうございます……」

 祝う声も苦しくなる。おそらく、魚のムニエルを食べたときよりも苦い顔をしている。
 歯を食いしばって心を落ち着けているとアモンが顔を出した。

「あ、主様おかえりなさいま……どうしたんすか」
「分かんない。結婚したって言って指輪見せたら、みんなの具合が悪くなった」
「結婚⁉」

 アモンが声を上げて膝から崩れ落ちる。ハウレスもその気持ちはよく分かった。主様の前だから堪えているだけで、気持ちとしては崩れ落ちている。
 執事四人が四人とも体調を崩している中で、主様が右往左往しつつハウレスの顔を覗き込む。

「こんなに困惑させるとは思わなくて……よく見て、これはこっちの世界に来るための指輪だよ」
「え?」
「みんなと結婚したみたい! って言いたかっただけなんだけど……」

 改めて主様の指輪を見る。金色でシンプルな造りは、確かに見覚えのあるものだった。
 安心が押し寄せる。どっと疲れた気がする。
 ハウレスたちは全員胸を撫で下ろしながら姿勢を正した。主様が結婚していないことに加えて、執事たちと結婚という嬉しい冗談まで聞けた。ショックを受けたことが一転、晴れやかで穏やかな気持ちになる。
 ハウレスは涼しい顔で一礼した。

「俺たちとのご結婚、おめでとうございます」
「全員わたしが娶る」
「ふふ、俺たちが嫁ですか」
「うん」

 きっぱり頷くので笑ってしまう。
 主様は指輪を撫でると、両手を腰に添えて胸を張る。

「漏れなくみーんな、主様が幸せにしますのでね! わたしの片想いかもしれないけど!」

 心底楽しそうな主様の笑顔に目を瞬いた。ハウレスだけではなく、その場の全員がそうだった。
 自分たちを、幸せに。
 普段から主様の存在に癒され、支えられることをこれ以上なく嬉しく思っているというのに、その主様からこれほど真っ直ぐな愛を伝えられるとは思わなかった。
 嬉しいという言葉だけでは到底足りない。自分たちのどうしようもない空虚な部分を、主様自らが埋めてくれるというのなら。
 主様はハウレスたちの衝撃に気付かないままで、ハウレスの手を取った。ハウレスの手を引くので抗わずに一歩を踏み出すと、主様はハウレスの体に腕を回す。

「まずは、お世話になりまくっているハウレスくんから! きみから幸せにしなくちゃ!」

 主様がワルツを踏むので自然と寄り添う。ハウレスは呆然としたままつられて数テンポを踏み、主様が動きを止めると立ち止まった。

「あるじさま」
「片想いだったらごめんね」

 言葉に窮しているハウレスに対して、主様が眉を下げて笑う。
 違うのだ。嫌な訳では決してない。ただ、あまりにも幸福を感じられる言葉に頭が追いついていない。
 主様が生きていてくれるだけで、自分を頼ってくれているだけで十分なのに。それ以上を望むなど、恐れ多いことなのに。
 ハウレスは一呼吸で全てを飲み込み、指輪を嵌めた主様の指を撫でた。

「両想いですよ、主様」
「ほんと? やった!」
「俺を幸せにしてくださいね」

 主様の言葉をなぞり、冗談めかして返答する。
 主様は笑うことも狼狽えることもなく、目を細めてハウレスを見上げていた。


 そういったやりとりがあったものだから、ハウレスたちが依頼の一環で結婚式場を設営して着飾った状態で主様を出迎えた際、「俺たちとの結婚おめでとうございます」と冗談を言っても、主様は驚きことすれ困惑はせずに嬉しそうだった。
 二桁以上の人数の執事たちと結婚≠ニいうとんでもない状況であるにも関わらず、主様はすぐに順応すると腕を組んで思案気にする。

「ファミリーネームはデビルズパレス≠ナいいかな」

 冗談であることが分かりながらも大真面目な声に、ハウレスたちは顔を見合わせた。
 主様がお望みならば、それを叶えるのが執事では?
 会場設営を続けながら主様をパートナー役として写真撮影をする≠ニいう話になったとき、全員の心は一つになった。この大役を誰かひとりに任せるわけにはいかない。主様には、文字通り全員と結婚してもらおう、と。



主様尊い……。
そよ風のかんざし
ALICE+