かじかむ
雪の中で馬車の御者をしていたハウレスは、馬車から降りて手を握ったり開いたりを繰り返した。分厚い手袋をしているとはいえ、雪の中で乗り物を操るのだ。雪山での訓練の経験があるとは言っても、寒さが苦手なハウレスにとっては厳しいものだった。
馬を休めるための休憩だ。しばらくは御者の任を外れるとはいえ、行軍が再開すればまたボスキと御者の席に座ることになる。
ハウレスは焚火の前に立ち、ほっと息をついた。同じく寒さが苦手な主様が気にかかるが、馬車内は暖かいのできっと大丈夫だろう。今、冷え切った自分が会いに行ったほうが主様を冷やしてしまう。
揺らめく炎に筋肉を緩めていると、ぽす、と間抜けな音とともに分厚いコートが揺れた。
雪の発射元を見ると、何かを投げた体勢の主様と、その横で悪い笑顔を浮かべるボスキがいる。
「我ながらナイスピッチングだった!」
「さすが主様だ」
主様に雪玉を投げられたらしい。冷えた空気で鼻を赤くした主様は心配だが、楽しそうなので馬車に押し込むのも気が引ける。
主様はまたしゃがんで雪玉を作ると、ハウレスに向かって投げた。
「えいやっ」
避けようと体を動かしかけ、止める。主様からの珍しい方向の戯れだ、同じテンションで応えたかった。しかし、まさか主様に雪玉を投げるわけにも行かない。
ハウレスは主様の緩い雪玉を笑って受けた後、素早く雪を固く丸めてボスキに投げた。
「ハウレスてめえ……」
「主様に投げるわけないだろう」
対主様なら微笑んで何でも応えるが、相手がボスキとなれば話が変わる。
ハウレスは足元の雪を丸めでボスキに投げる。ボスキはハウレスからの雪玉を避け、あるいは叩き落として投げ返してくる。主様はせっせと雪玉を作ってボスキに供給していた。今、主様はボスキの味方らしい。
段々とハウレスとボスキの顔つきが険しくなり、球速が早くなり、主様の笑い声も大きくなってくると、とうとうベリアンが止めに入って来た。
「ハウレスくん、ボスキくん……他の方々の目もありますから、その辺で」
そう、今ここにいるのはデビルズパレスの面々だけではないのだ。ハウレスははっとして姿勢を正し、素直に謝罪した。ボスキも、ベリアンからの注意には素直に従う。そして、雪合戦のきっかけを作った主様も肩を落として気まずそうにした。
「ごめんなさい……つい楽しくって」
しょんぼり。見て分かるほど眉を下げる主様に強く注意するわけもなく、ベリアンは困ったように笑うだけだった。主様のはしゃぎように、すぐ止めに入れなかったのだろう。
主様は、まだ雪玉を握っているかのように手を動かしている。よほど楽しかったらしい。
寒さが苦手でいつも暖炉の前から動かない主様らしからぬ様子に疑問を持つ。それはハウレスだけではなかったようで、ベリアンが優しい声で問いかけた。
「主様、随分楽しそうでしたね。とても微笑ましかったですよ」
「うん……わたしの住んでいるところは、ほとんど雪が降らないの。積もることもなくって。だから、こんなにたくさんの綺麗な雪にテンションが上がりました……すみませんでした」
「謝ることではありません。屋敷の周りに雪が積もったら、そうしたらまた遊びましょうね」
「うん! かまくら作ってみたい。出来るかな?」
「やってみましょう。手も随分冷えたのではないですか? さあ、焚火の前で温まってください」
「ありがとう」
主様が濡れた手袋を外して焚火に手をかざす。動いて温まったからか、体は固まっていないようだったが指先は赤くなっていた。
ばつが悪そうにしたのはボスキだった。
「悪い、主様。手が冷えただろ」
「ううん、楽しかったよ。ハウレスくん、強かったね」
「次は倒そうぜ」
「いいね、打倒ハウレスくん。ベリアンくんもどう?」
「ふふ、では参加させていただきましょう」
いつの間にか四面楚歌になっていた。フェネスを呼ばなければ。
ハウレスは敵だらけの中で、何気なく、焚火から熱をもらっている主様の手を取った。赤い指先があまりにも寒そうだったのだ。屋敷内に居ても驚くほど冷える主様の指先は、血が通っているのか疑わしいほどに冷たかった。
ハウレスは筋肉量が多い反面で体脂肪が少ない。そのため寒さは苦手だが、そうは言っても主様ほど体を冷やすことはない。
ハウレスは主様の華奢な手を握って体温を移していく。ただ主様を温めなければとほとんど無意識でそうしていると、ボスキのこれでもかという大きなため息が耳に届いた。
「フェネスも俺ら側だな」
「何故だ」
ハウレスに手を握られたまま、主様が笑う。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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