いつかの復讐
「みんな、優しすぎるよね」
主様が渇いた鼻声で言う。ベリアンは申し訳なく思いながら、主様の前に温かい紅茶を淹れたティーカップを置いた。
ハウレスの悪魔化を止めたことについて、ベリアンは主様に詳細を聞かねばらなかった。ハウレスの絶望をなぞったばかりの主様に質問を重ねるのは心苦しかったが、感覚が新しい内に聞いておきたかったのだ。
主様はティーカップを持ちあげて一口飲み、テーブルに置く。
「バスティンくんも、ハウレスくんも、よく人間を嫌いにならなかったよね」
「ええ。本当に強くて優しい人たちです」
「うん。……わたしなら、出来ないと思う」
主様はティーカップに視線を落としたまま、沈んだ声で心情の吐露を始めた。
「……もし、あのまま本当にハウレスくんが処刑されてしまったとして。その後で無抵抗な貴族たちがわたしの目の前に並んでいて、わたしの手に武器があったなら。わたしは、復讐すると思う」
「主様……」
「喪われた命は還って来ないし、誰も復讐を望んでいないことは分かってる。でも、わたしは復讐すると思う。大切な人がない$「界で、そいつらがある≠アとは許せないから」
死ぬ≠竍生きる≠ナはなくない≠ニある≠ナ表現することが、どこか主様らしかった。心の中で生きる♂]々ではなく、ただ純粋にその存在が喪われることに耐えられないのだ。
優しい主様から復讐≠ニいう言葉が出ることは、ベリアンの心も締め付けた。優しすぎて怒ることも出来ない主様を復讐に駆り立てるような事態を引き起こしてはならない。
「……主様が復讐するようなことには、絶対になりません。安心してください」
「うん……」
「主様がそこまでわたしたちのことを大事に想ってくださって、嬉しいです」
「大事だよ。とっても大事。ずっと幸せに生きていて欲しい。みんなはとても優しいから、優しい世界で生きて欲しい」
「ありがとうございます」
「わたしが空を飛べたなら、天使なんて地面に叩き落とすのに」
主様が赤い目を細めた。ほんの少し気分が回復したらしい。バスティンのときのように悪夢に苦しむ期間があるかもしれないが、そこはベリアンやハウレスがフォローしなければ。
主様は執事たちの絶望の追体験を強いられる。心が柔らかすぎる主様にとって、これほど過酷なこともないだろう。しかし、そうなると分かっていても、主様はハウレスの悪魔化を止めることに躊躇いを見せなかった。ただ生きていて欲しいと、ハウレスの生存を望んでくれた。
ベリアンたちの幸せを心の底から祈ってくれる、優しい人だ。この人を守るために生きたいと誰もが思っている。
ベリアンは不謹慎ながらも微笑みを止められなかった。想い合うというのは心地が良い。
「もし主様が空を飛べたら。女神のごとき美しさに、誰もが息を吞むのでしょう」
「ご利益ありそう。お賽銭もらって、デビルズパレスの資金にしようよ」
「ん、ふふ、ンン」
妙に現実的な発想に笑う。
「フルーレくんにお洋服も頼んでおこうかな」
「女神の装いとなれば、フルーレくんの気合いも一層でしょう」
「飛行訓練をしておかないと」
主様の声のトーンが落ち着いているので、本当に出来そうな気になってしまう。涙もすっかり止まった様子に安堵しつつ、ベリアンは紅茶のおかわりを淹れた。
主様が空を飛べたなら。飛び去ってしまわないように、ベリアンたちはきっと必死になって引き留めるのだろう。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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