無意識を過ごす練習


 ハナマルは、心地よい日を浴びて伸びをした。
 朝から剪定を手伝い、一人鍛錬をし、シャワーを浴びて午後の四時。厨房にあるスコーンを食べて空腹を紛らわせたこともあり、睡魔に襲われていた。朝、アモンの仕事を手伝う前に、部屋の片づけをしろとユーハンに叩き起こされたせいだ。
 部屋で昼寝をするのも、和室で寝転がるのももちろん良いが、折角の陽気だ。ガラス越しの日向か、外の木陰か。心地よい場所を探して敷地内を歩き、腰を落ち着けたのは厩舎の影だった。
 夕食の準備を手伝うまで、まだ少し時間がある。

「おやすみーっと」

 馬たちに呼びかけ、厩舎に背を預けて目を閉じる。寝すぎて夕食の準備に遅れたら、それはそのときに謝ればいい。
 うつらうつら意識を途切れさせていると、わらを踏む音が聞こえた。誰か来たらしい。バスティンだろうか。影になっているから見つかりはしないだろうと寝る体勢を崩さずにいると、足音が近づいてきた。
 その足音が小さいことに気付く。鼻歌も混じっている。ご機嫌な主様だ。
 起きて出迎えても良いが、足音が近づいていることもあって狸寝入りを決め込んだ。さあ、主様は自分を見つけるだろうか。
 草を踏む音は、ハナマルの傍で止まった。

「あ、いた」

 小さな声で呟いた後、「よいしょ」とこれまた小さな声が聞こえる。衣擦れの音がしばらく聞こえた後、静かになった。
 ハナマルが薄目で隣を確認すると、アウトドアブランケットを広げた主様がクッションを枕にして横になっていた。フリルとリボンの多い衣装を汚さないようにスカートを抱えて丸まっている。
 思いもよらない昼寝仲間にハナマルの表情も緩む。しかし、今動いては主様の眠気を覚ましてしまうかもしれない。ハナマルはそのまま狸寝入りを続け、主様が完全に脱力してから目を開けた。

「ハウレスに怒られても知らねえぞー」

 自分の囁き声は笑っていた。主様がハウレスに怒られることはないだろう。せいぜい「冷えますよ」とソファに運搬されるくらいだ。
 ハナマルも、その行動が執事として正しいことは分かっている。しかし、静かにすり寄って来た主様を起こすことはしたくなかった。日が傾いてきたら起こすつもりだが、まだ温かい。体を痛めないかは少し心配だ。

「そうか、眠かったんだなあ」

 自然と、子どもに対するような声音になる。執事たちに優しい反面、自分を追い詰めがちな主様の休息だ。それも、ハナマルの傍で丸まっている。可愛がらないわけがない。
 いくら寝顔を眺めていても飽きない。穏やかな寝顔に幸福を感じていると、主様の瞼が震えた。ぱ、と一気に覚醒し、そのままの体勢でハナマルを見上げる。

「ハ、ナマルくん」
「おはよう、主様。よく眠れたか?」
「うん、ちょっとすっきりした。起きてた?」
「さっき起きた。珍しいもんを見た気分だな」

 主様はアウトドアブランケットの上で体を起こすと、座ったままで体を伸ばす。十分リラックス出来たようで安心した。
 ハナマルは正直なところ、主様から苦手意識を持たれているのではと思っていた。目に見えて避けられているわけではなし、ハナマルの冗談にも笑って乗ってくれるが、主様は基本的に折り目正しい生活をしている。隙あらば昼寝をし、隠れて飲酒をし、仕事もサボるハナマルとは別のカテゴリにいる人間なのだ。どちらかと言うとユーハンタイプだろう。
 そう考えていたというのに、主様はこうして昼寝場所にハナマルの隣を選んだ。

「主様はさあ、なんで俺の隣で寝ようと思ったの?」

 軽い調子で問いかけると、主様からも力の抜けた声が返ってきた。

「昼寝しようかなと思いながらこっちに来たら、あくびをするハナマルくんが窓から見えて。きっと昼寝するかなって思って、ブランケットを抱えて急いで来た」
「添い寝相手に選んでもらえて、嬉しいねえ」
「今日はね、ぼーっと出来る日≠ネの」

 時間に余裕があるということだろうかと思ったが、ただそれだけにしては、主様は心底嬉しそうだった。

「わたしぼーっとする≠ェ出来ること、ほぼないから。こうやって時間を使えることがすごく嬉しいの。日が傾くにつれて、なんていうか……焦りとか不安とか、そういうものと戦っていることが多いから」
「そっか」
「ぼーって出来そうだと思って嬉しくて。ハナマルくんならいい昼寝スポットを知っていそうだし、外での昼寝なんて楽しそうだから追いかけたの」
「光栄だな。存分にだらだらしようぜ」
「する。今日はそれが出来る日だから!」

 自分が選ばれた理由にも納得だ。確かに、ハウレスを前にして全力でだらけるのは難しいだろう。主様を脱力させるのは、きっとハナマルの役目だ。
 そうは言っても、そろそろ日も暮れて来る。いくら主様がだらだらすることを望んでいても、地面に座らせ続けるわけにはいかない。
 ハナマルは立ち上がると、主様に手を伸ばした。エスコートされ慣れている主様はハナマルの手を使って立ち上がると、スカートの裾を軽くはたく。

「ハナマルくん、今日はもう休み?」
「いや? 調理手伝うことになってた」
「過去形?」
「主様眺めてたら、言われてた時間が過ぎた」
「え、一緒に謝りに行こうか?」
「さすがの俺もそれは頼まねえなあ」

 ハナマルはアウトドアブランケットを畳んで持ち、ぼーっとする≠ニいう目的とは裏腹に溌剌とした顔つきの主様を見た。ぼーっと出来るということが本当に嬉しいのだろう。いつでもぼーっと出来るハナマルには未知の感覚だ。
 ハナマルは首の後ろをかいて、別館の方向を指さした。

「別邸の和室、行くか?」
「畳! お邪魔していいなら行きたいな。イグサの香りっていいよね」
「分かる、良い香りだよな」
「あ、でも、謝るかはともかく食堂のほうには行きたいな。わたしが来ているよって伝えないと……この時間の食堂なら絶対誰かいるし」
「げえ……ま、でも俺には主様のお世話≠チつー免罪符があるし」
「わたしが畳に執着しているって言っても良いよ」
「いいねえ」

 アウトドアブランケットを小脇に抱え、主様とともに食堂へ向けて歩き出す。主様のいうぼーっとする≠フレベル感は分からないが、畳に転がりながら駄弁るだけで十分だろう。
 和室には、ユーハンとテディはいないほうが助かる。ハナマルは、主様のぼーっとする≠全力で支援しなければならないのだ。



主様尊い……。
そよ風のかんざし
ALICE+