良く晴れた夜


 夜の屋敷の雰囲気は、昼間と全く異なる。ナックは暗い廊下を歩きながら、窓に写った自分を横目で見た。いつも通り、髪には一房の乱れもない。
 昼のデビルズパレスは賑やかだ。なにせ、執事の数が多い。屋敷の広さを思えば多すぎるというほどではないが、十人以上が同じ屋根の下にいると、どこにいても大抵人の気配がある。主様がいる時間ならば尚更、屋敷は全体的に賑やかだ。
 その朗らかさが一切消えるのが夜である。不気味だとは思わないし、息をひそめたような空気感も心地よい。
 今日も静かな夜だと窓から月を見上げていると、平静な空気が一転、幼い声が響いた。

「主様!」

 ムーの声だ。焦ったような声音と内容、そして声の元が屋敷の中ではなく庭であること。ナックはそれらを瞬時に判断し、窓を開けて外に出た。月明りしかない外は決して明るくはないが、それだけの明るさがあれば走ることに支障はない。
 事態はすぐに把握出来た。庭に侵入者が二人、その前に毛を逆立てたムーが立ちはだかり、主様は座り込んでムーに庇われていた。
 ナックは舌打ちをこぼすと、一段と走る速度を上げる。侵入者の背後に回り込むと、声を上げる前に首を締め上げて昏倒させた。

「主様、ご無事ですか!」
「う、うん、大丈夫」

 主様に怪我がないことを確認して、手持ちの縄で侵入者を拘束する。手足を縛りあげてから、改めて主様の前に膝をついた。そばには、火の消えたランタンが転がっている。

「ご無事で良かった……立てますか?」
「うん」

 ナックの手に添えられた主様の手は震えている。主様の感じた恐怖が伝わり、ナックは自分のコートを主様に羽織らせた。「もう大丈夫ですからね」安心してもらえるよう微笑みながら背中を撫でる。
足元では、ムーがおろおろと主様の周りを回っていた。

「主様、本当にお怪我はないですか? 腕を掴まれていましたよね。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ムーくん、守ってくれてありがとう」
「僕は主様の執事ですから、当然です!」

 胸を張るムーに主様が笑顔を浮かべる。ショックが大きくないことに安堵していると、屋敷から執事たちが駆けて来た。深夜とあってカジュアルな格好だが、各々自らの得物を握っている。
 転がされた侵入者を見て、ナックが何も言わずともみなが状況を察する。ただ侵入者があっただけならばともかく、主様が巻き込まれたとあっては平静ではいられない。執事たちは口々に主様の無事を確認した。
 謝罪と礼を繰り返す主様だが、そもそも何故こんな時間に庭へ出ていたのだろうか。ナックはランタンを拾い上げながら、主様に問いかけた。

「主様、どうして深夜に庭へ出られたのですか?」

 執事たちから心配≠フ視線を浴び続ける主様は、申し訳なさそうに言った。

「……星が見たかったの」
「星?」
「目が冴えて外を見たら、月明りが綺麗だったから……庭なら、広く綺麗に星が見えるかなって思ったの」

 主様は体の前で落ち着かなそうに手を握っている。
 ナックは夜空を見上げた。確かに今日は天気が良い。主様が星を見たくなるというのも頷ける。その感性は素晴らしいが、やはり一人で屋敷を歩くのは危険が伴う。夜ならば尚更だ。
 主様は心が柔らかく、落ち込みやすい。直接的な注意は主様に強く刺さりすぎるため、ナックは優しい声で注意を促した。

「夜は危ないですから、出歩きたくなったらムーくんに伝えてください。そして、執事の誰かを起こしに行ってもらいましょう。ムーくんならば夜も支障なく動けるでしょうから。ね、ムーくん」
「お任せください!」
「主様と星を眺めるなんて、眠気が吹き飛ぶほど嬉しいことですから」

 笑いかけると、主様が安心したように頷く。
 ナックが主様と和やかに言葉を交わす一方で、ハウレスとフェネスが意識のない侵入者を乱暴に担ぎ上げていた。明日、グロバナー家の憲兵に引き渡すことになるだろう。
 ナックは、手持ちのマッチでランタンに火を入れた。明りの灯ったランタンはラムリが握る。ナックは夜番中で主様ともに天体観測は出来ない、ここはラトに任せよう。

「主様。もしよければ、見張り台で温かいものを飲みながらボクと星を見上げませんか?」
「……いいの?」
「もちろんです! ゆっくりしていたら、きっと眠気も来ると思いますから。主様と星を見上げられるなんて、とっても贅沢な夜ですよ!」
「あ、じゃあ俺も行きたいです!」

 ロノが挙手をする。主様に料理を提供できる機会を逃してたまるかという気概を感じた。

「ホットミルクかココアか、どちらがいいですか?」
「こんな時間だけど、お願いしても良いの?」
「もちろんです!」
「じゃあ、ココア」
「分かりました! 他は? 飲み物いるやつ、挙手」

 ロノが当然のように呼びかけ、当然のように手が上がる。主様とラムリの天体観測が一転、デビルズパレスの天体観測会になりそうだ。不参加なのは、ナック、ハウレス、フェネス。あと侵入者の状態を診るためにルカスもだ。ナックは決して力加減を間違えてはいないが、倒れた拍子に打ち所が悪ければ命に関わる。
 ナックは空を見上げた。屋敷の見回りが終われば、天体観測会の様子を見よう。まだ開催されていればココアも飲みたい。
 ただの夜番の見回りに、楽しい思い出が増えそうだ。



主様尊い……。
そよ風のかんざし
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