どちらが姉で妹なのか


 ハウレスが主様とともに書庫へ入ると、窓際のソファにフェネスが座っていた。フェネスはすぐにハウレスたちに気付き、本を置いて腰を上げる。
「こんにちは、主様」
「ごきげんよう、フェネスく……フェネスお兄ちゃん」
「え⁉」
「な⁉」

 ハウレスは、主様から出た不意の呼びかけに硬直した。主様の声音からからかっていることは分かるものの、衝撃の一言であることには変わりない。
 フェネスは狼狽えて赤面していた。言葉を失っているハウレスには気づかず、おろおろと手を動かしながら主様に歩み寄る。

「主様、それは……お、俺が主様の兄なんて恐れ多いですし、からかわないで下さい……」
「フェネス兄さん?」
「あ、主様……」
「フェネスお兄様!」
「!」
「!」
「フェネスおにいさまあ」

 主様は満面の笑みだ。対してフェネスは赤面に拍車がかかるし、ハウレスの硬直も解けない。
 ハウレスは深呼吸を挟んでなんとか頭の回転を取り戻すが、取り戻した矢先に思い浮かぶことが「フェネス羨ましい」なので、まだ最高の執事に相応しい思考力ではなかった。
 ハウレスはもう一度深呼吸を挟んだ。

「主様、フェネスが兄というのは……」
「この前、雑談の流れでそういう話になって。フェネスくんがお兄ちゃんなら甘えちゃうかもねって」
「甘え……」

 フェネス羨ましい。
 主様の前では柔らかいハウレスの表情筋も固まる。主様の兄になりたい訳では無いが、主様にとっての特別な存在というポジションは魅力的で、甘えられるというのもこの上なく嬉しい。今も頼られ甘えられている自覚はあるが、呼び方からそう示されることの衝撃は大きい。
 いくらか呼吸を落ち着けたフェネスが、ハウレスを示した。

「そ、そうだ主様、ハウレスも素敵な兄になると思いますよ」
「確かに、ハウレスくんは既にお兄ちゃんだもんね」

 フェネスの言葉を受け、主様がハウレスを見上げる。

「ハウレスお兄ちゃん」
「!」
「トリシアちゃんと双子は許されるかな」
「‼」

 主様がトリシアと双子⁉
 ハウレスは腕を組んで顎に手を当てた。脳内に、主様とトリシアが手を繋いでいる光景を思い描く。双子。主様とトリシアが、ハウレスを兄と慕ってくれるのだ。
 妹が双子になった生活を真剣に妄想する。慎ましくも穏やかに、三人で一緒に暮らすのだ。たかが妄想とはいえ、あまりにも幸福な生活にハウレスの胸は温かいもので満たされる。
 今こんなにも素敵な主様の幼少期にも興味がある。ハウレスとトリシアは歳が離れているのだ、主様がトリシアと双子と言うのならハウレスと主様の年齢差も出来る。幼く小さな主様がハウレスの後をついて歩く。なんとかして見たい。
 思わず頬が緩んだが、ふと気付く。子どもはいずれ独り立ちをする。双子の妹も例外ではない。いつかはハウレスの元を離れるかもしれないし、それぞれパートナーを得るかもしれない。そのとき、ハウレスは笑顔で妹たちを見送れるだろうか。
 眉間を押さえて奥歯を噛んでいると、フェネスに肩を叩かれた。

「ハウレス落ち着いて、百面相してたよ」
「あ、ああ……すまない」
「ごめんね、わたしが変なことを言ったからだね」

 主様が心底申し訳無さそうにハウレスを見上げるので、ハウレスは慌てて首を横に振った。

「いえ、嬉しかったんです。主様とトリシアと家族になれたら、毎日が幸福だなと。ただ……俺が、妹離れ出来なさそうだなと思いまして」
「ハウレス、いまの一瞬でそこまで妄想したの?」
「……フェネスは俺のことをとやかく言えるのか」
「……」

 主様から兄と呼ばれれば、誰だってその生活を妄想するに決まっている。フェネスはまだほんのり赤面したままハウレスから視線を逸らした。
 短時間でありながら詳細に妄想をされて、主様は不快ではないのだろうか。主様としては軽い冗談なのだ、執事たちの真面目な受け止め方を気味悪く思わないだろうか。
 ハウレスが不安になって主様をうかがうと、主様は芝居がかった大げさな動作で腕を組んだ。

「ハウレスお兄ちゃん。妹離れはともかく主様離れはしないでほしいな」
「するわけありません」

 食い気味に返答すると、主様はどこか満足そうに頷く。
 ハウレスは気恥ずかしくなってそっぽを向いたが、主様とトリシアの双子妄想はしばらく頭から離れなさそうだ。それに、他の執事を兄と呼ぶことも出来れば控えて欲しい。
 しかし後日、自ら進んで兄≠名乗る執事がやって来るのだ。




主様尊い……。
そよ風のかんざし
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