大事な執事たち
悪魔執事は、天使を倒せる唯一の存在だ。人間を守るために命がけで天使と戦っている執事たちは、街の人々からも慕われているはず。ムーはそう考えて疑わなかったからこそ、街の人々から嫌悪と暴言を向けられたことが信じられなかった。そして言葉に留まらず、人々はアモンに暴力を振るうのだ。
ムーは主様とアモンとともに薄暗く埃っぽい路地裏に連れ込まれ、むき出しの悪意を向けられていた。アモンが、ムーや主様を庇って殴られる。ムーも執事として主様を守らねばと主様の前に立ったが、容赦のない暴行に耳が下がっていた。
ムーはどうすればいいのか分からず、ただアモンを見ることしか出来なかった。暴行を受けるアモンも、それを目撃している主様も心配だ。しかし、自分の小さな手では何も出来ない。止めてください、と声を上げるので精一杯だった。
誰か助けて欲しいと心の中で他の執事たちを呼んでいると、ムーの背後で主様が息を吸ったのが分かった。
「今から、あなたたちが嫌がるであろうことを言います」
「あ、主様⁉」
突然の暴力に怯えていた主様が、声を上げて立ち上がる。よく通る主様の声は怒り狂う人々の動きを制止させた。
苦痛に顔を顰めるアモンが焦った表情で主様を振り返る。
「主様だめっす、主様に何かあったら」
「あのね、わたしはね、言いたいことはちゃんと言おうって、そう思っているの」
立ち上がった主様に見知らぬ誰かの腕が伸びる。無遠慮に主様を引っ張り倒そうとするそれをアモンが防いだ。主様は自分に矛先が向けられていることが分かっていても、また大きく息を吸った。
「そもそもあなたたちに戦う力があれば、あなたたちの大事な家族は死ななかった。その悲しみをわたしの大事な執事に向けないで欲しい」
ムーは血の気が引いた。主様は「嫌がること」と前置きをしていたが、「嫌がること」どころか火薬庫にマッチを放り込んでいる。
案の定、人々はアモンを蹴り飛ばして今度こそ主様の腕をつかんだ。主様と距離を詰めて刺々しい言葉を吐く。
「こンの女、知ったような口を叩きやがって! 天使を倒すのがお前らの仕事だろうが!」
「俺たちを守るのが仕事なのに、それが不十分だったせいで皆死んだんだぞ!」
「だから、そもそも、あなたたちが力をつけろって言っているでしょ」
主様の声には力がある。荒げているわけではないのに、張りがあって広く届く。その声でさらに暴徒の神経を逆なでしていく。
「執事のみんなは、特殊な力が無くても天使と戦っている。そして、それだけの力がありながらも、彼はあなたたちに一度も手を上げてない。その気になれば容易に昏倒させられるのに、ただ暴力を受け入れている。彼らが手に入れた力は天使への攻撃手段であって、一般人への暴力に使うためのものではないからだよ」
「主様……」
主様は拳を強く握っている。全ての怒りややるせなさを逃がすように、自分を奮い立たせるように、手に爪を立てていた。
主様は、決してこころが強くない。ムーは、主様と過ごした短い時間の中でもそう実感していた。その主様がアモンを守るために声を上げている。思いもよらない暴力に青ざめながらも、逃げずに立ち向かっている。
「彼らの献身に気付いて欲しい」
暴徒は瞬時動きを止めたものの、だから何だと主様の腕を強く引いた。たたらを踏んだ主様がその場に転げ、ムーはアモンと悲鳴に近い声を上げた。
しかし、すぐに白い光が目を焼いた。天使の乱入によって痛ましい暴行は中断された。
屋敷に戻ってからもほとんど休む間もなく舞踏会の準備が始まり、舞踏会ではまたトラブルがあり。ようやく終わったと思えばアモンの意味深な行動を目撃した。
ムーは、慌ただしい一日に目を回していた。常に渦中にあった主様も体力を使い果たした様子で、フルーレが作った部屋着に着替えてベッドに倒れ込む。
「お疲れ様でした、主様。大変でしたね」
「色々あったね……」
主様は体中の空気を抜くようなため息を付いてしばし沈黙した後、体を起こしてムーを呼んだ。
「ムーくん」
「はい?」
「ムーくんにお仕事があります」
「はい!」
どれだけ疲れていようとも、主様に頼られることは嬉しい。
主様の横に座ると、主様は自身の膝を軽く叩いた。ムーは自分を誘う動作に片足を上げたものの、ぐっと自制して主様を見上げた。主様の許可をもらって同室で休ませてもらっているものの、執事が主様の膝に乗るわけにはいかない。
主様はすこし残念そうにしながらムーを撫でる。
「みんなの様子を見ていて。わたしがいないときに、気になることがあったら後で教えて」
「執事のみなさんのことを、ですか?」
「うん。みんな、わたしがいるとしっかりしっちゃうから。わたしが調子を崩しがちなせいなんだけど……。それでもわたしはみんなの主人で、とても良くしてもらっているから。わたしがみんなを守らなきゃ」
「主様……」
「ムーくん、何かあったら教えてね。みんなには秘密だよ」
「分かりました、任せてください!」
「わたしの執事はみんな頼もしいなあ」
主様が疲れた笑顔でムーを撫でくりまわす。ムーはされるがままにベッドの上を転がりながらも、主様からの頼みをしっかりと胸に刻んだ。
ムーに出来ることは少ないが、だからこそ、出来ることには精一杯力を尽くしたいのだ。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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