漢字の強み


 就寝前のハーブティーを飲む主様が、じっとハウレスを見つめて呟いた。

「……ハウレス」
「はい。どうされましたか?」
「はう、れす……は、う、れ、す……」

 ハウレスの名前を呟きながら思案気だ。珍しく呼び捨てにされたと思ったが、ハウレスに話しかけているのではなく独り言らしい。
 何度か呟いた後、談話スペースを見回す。

「メモってあったっけ」
「ございますよ」

 引き出しから紙とペンを出して主様に渡す。主様はペン先にインクを付けながら、紙に文字を書いていく。ハウレスには読めなかったが、それが漢字というものであることは分かった。ただ、主様の名前ではない。
 主様は漢字を三文字書くと、満足そうにしてハウレスに見せた。

「主様、これは?」
羽憂統はうれす≠ュん」
「……俺、ですか?」
「漢字を当ててみた」
 主様は羽憂統≠ニいう漢字の上にHaures≠ニも書いた。
「漢字はね、一文字一文字に意味があるの。我ながら良いセンスしていると思う」
「その漢字はどういう意味なのですか?」
「鳥の羽、考えること、統べること。素敵な並びじゃない?」
 主様と一緒にいると、自分の名前を好きになっていく。主様の感性が美しい。
 ハウレスは漢字の意味を思い浮かべながら、漢字になった自分の名前を見る。主様が「良いセンス」だと言ったということは、この素敵な文字の並びがハウレスに相応しいと考えてくれたということだ。
 主様はまたペンを持つと、別の文字を書いた。
「これは花丸≠ュん。そのまんま」
「そのまま、ですか?」
「うん。花丸って言葉があるの。素晴らしい! って意味」
「素晴らしい……」
 寝坊、酒、賭け事、サボり。手放しで褒めるのには同意しかねる。
 ハウレスが顔をしかめていると、また主様が漢字を書いた。何故か書きながら笑っているので、ハウレスもつられて笑う。
「んふ、ふふふ」
「ふふ、そんなに楽しい名前なのですか?」
「べりあん……苺庵べりあん=Aあはは」
「ベリアンさんですか?」
「うん。イチゴと、あと、落ち着く場所みたいな意味」
「イチゴ……あ、ストロベリー?」
「ふふ、無理矢理すぎるけど可愛い」
 甘い果物と落ち着く場所。読み方に癖はあるが、ベリアンに似合っているとも感じる。
 ハウレスたちの名前を組み立てているアルファベットは、一文字だけでは意味を持たない。一つ一つに意味がある漢字は、ただの名前でも感じ方に深みが出るように思う。
 羽憂統、羽憂統。主様の書いたメモはまたもらわなければ。
 主様は、羽憂統、花丸、苺庵に続いてまた漢字を書いていた。
「フルーレくんも! ここまではすんなり思いつくなあ」
「次はどういった意味ですか?」
降麗ふるーれ=B麗しさが降る。どう?」
「まるで詩のような響きですね。フルーレも感激します」
「みんなの名前も考えたいな。バスティンくんとフェネスくんと……あとテディくんも難航しそうだけど」
 ハーブティーを片手に、主様は鼻歌交じりでペンを握る。当て字だけではなくしっかり意味も考えてくれているようで、ああでもないこうでもないといくつかの文字を書いていく。
 ハウレスは主様を見守りつつ、横目で時計を確認した。明日も仕事だ、夜更かしにならないようハウレスが主様をセーブしなければ。しかし、夜に調子を崩しがちな主様の楽し気な時間を中断することも極力したくはない。時間の許す限り、執事たちの名前で遊んで欲しい。
 主様は改めて全員の名前をリストにし、その横に漢字を書いていくことにしたようだった。ハウレス、ハナマル、ベリアン、フルーレの名前が先に書かれる。他の執事たちの名前も埋まり始めたところで、主様がリストから離れたところに漢字を三文字書いた。
鳥慈愛とりしあ≠ソゃん!」
「!」
「鳥を愛するって意味になるかな。羽憂統はうれすくんと合わせて、なんだか綺麗にまとまった。会心の出来!」
 羽を憂いて統べる。鳥を愛する。意味が関連していること以上に、主様がトリシアの名前に愛≠当てたことが嬉しかった。
「ありがとうございます、主様。主様の世界の文字で、こんなに素敵な意味をもらって……トリシアも喜びます」
「良かった」
 主様の書いた文字を目でなぞる。ハウレスをいつも支えてくれた心優しいトリシアには、よく似合う文字だ。
 ごく自然に、主様がトリシアのことを思い出してくれたことも嬉しい。ハウレスから話を聞くだけではなく実際にその絶望を視た主様にとって、トリシアの名前はあまり聞きたくないかもしれない、と漠然と考えていたのだが杞憂だったようだ。
「トリシアのことを覚えていてくれて、ありがとうございます」
「当然だよ。トリシアちゃんはハウレスくんとセットだもの」
「……はい、ありがとうございます」
 主様はさらりと言って、執事たちの命名作業に戻る。
 主様が他の執事の名前に新たな意味を加えていく様子を見守っていたが、ペンを持ち直したタイミングでふと問いかけた。
「主様のお名前には、どういった意味があるのですか?」
「わたし?」
 主様はトリシアの名前の横に、自分の名前を漢字で書いた。ハウレスはお守り≠ニして主様のサインを持っているので、見慣れた字面だ。
「わたしの名前はね、」
 主様の言葉に笑みを返す。尊い主様に相応しい、これ以上なく素敵な名前だ。この名前を主様につけた主様の両親も、文字に意味があるという漢字の文化も、それらを大切に思う主様も、全てが素晴らしい。
 ほどなくして、執事の名前にも全て漢字があてられる。ハウレスは漢字の意味を主様から聞き、名前の横にメモを残した。
 名前すべてに意味がある。これもまた、全執事への共有事項だ。ただ漢字があてられただけではなく、主様が与えてくれたということが何より特別なのだった。


フルーレ → 降麗
ラト → 爛徒
ミヤジ → 美夜司
ベリアン → 苺庵
ロノ → 朗飲
バスティン → 刃司転因
ハウレス → 羽憂統
フェネス → 笛音周
ボスキ → 慕好気
アモン → 愛紋
ルカス → 流佳守
ラムリ → 楽夢里
ナック → 成駆
ハナマル → 花丸
ユーハン → 優伴
テディ → 輝出今
トリシア → 鳥慈愛


主様尊い……。
そよ風のかんざし
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