担当執事制度


 デビルズパレスに帰って来た主様を歓迎し、ハーブティーを淹れる。今夜は柑橘系とはちみつのブレンドだ。
 寝支度を整えている主様は、ティーカップにゆっくりと口を付けながらぽつりと言った。

「ハウレスくん」
「はい、どうかされましたか?」
「なんかね、みんなね、わたしと話すのが楽しいって言ってくれるの」
「ええ。みんな、主様とのお話を何より楽しみにしていますから。もちろん、俺もです」
「ありがとう」

 主様は嬉しそうにしながらも思案気だ。「んー」としばし逡巡ののち、ハウレスを見上げてぽつりと言った。

「担当執事の日替わり制度、どう思う?」
「⁉」

 ハウレスに激震が走った。
 担当執事の日替わり?
 ハウレスは主様が屋敷に帰って@た日から、主様から担当執事に指名されている。ハウレスがグロバナー家から呼び出しされたタイミングでは担当を交代したり、主様が決まった時間以外に帰って来てくれたときには近くにいた執事がお世話をするが、固定の担当≠ニしてはハウレスが務めている。
 それを日替わり?
 主様は硬直したハウレスに気付かず、ハーブティーの液面を見ながら続けた。

「ずっとハウレスくんにお願いしているけど、みんなと話すには交代のほうがいいのかなって。もちろん、ハウレスくんが嫌なわけじゃないよ。ただ、みんなと接点を増やすにはどうしたらいいのかな。わたしも時間があるときは屋敷をうろうろしてみんなと話すようにはしているけど、『最近ゆっくり話せないな』って思うときはあるし」
「……はい」
「ハウレスくんはどう思う?」

 嫌です。
 そうきっぱり即答出来たら良かったのだが、主様の気づかいも分かる。執事は誰もが主様との関わりを楽しみにしているし、主様もその時間を大事にしてくれている。それを増やそうとしてくれることは、純粋に嬉しいことなのだ。しかし、その分、当然ながらハウレスが主様と話す時間は減っていく。
 ハウレスは嵐のように荒れる心情をなんとか押し留め、尊い主様の最高の執事に相応しい微笑みを浮かべた。

「主様との時間が増えると、もちろんみんなは喜びます。ですが、俺としては……寂しいのが本音ですね」
「わたしが分裂出来たら良かったね。わたしも、ハウレスくんと話すの好きだからなあ。すっかり慣れ切ったっていうのもあるけど、一番落ち着くし」
「主様……!」

 主様は少しだけ照れたように目を伏せる。ハウレスもつられて照れつつ、主様の頭頂部から目が離せなかった。

「難しいなあ。何日は何階のみんなとティータイム≠ニか、ちゃんと時間を決めたほうがいいかな? 何となくで動きすぎだったかも」
「素敵なアイデアですね。不意に主様と出会う喜びも大きかったと思いますが、そうやって時間を決めていただけるのも嬉しいです。ですが、それだとより主様のお時間をいただくことになってしまうので……」

 デビルズパレスは主様の家だ。時間を拘束するというよりは、気軽にいつでも向こうの世界と行き来して欲しい。こちらの世界で過ごす時間を確保できるのはハウレスたちにとって嬉しいことである一方、主様を気疲れさせかねない。
 主様はうなっている。

「難しい……そうなんだよね。時間を決めたい気持ちがある一方で、動きづらいのもちょっとなって……あ、誤解しないでね、みんなと居るのは楽しいんだよ。わたしの体力がないって話」
「主様のお気持ちは伝わっていますよ。みんなと話したい……そうですね……平日はこうやって夜に帰って来ていただきますが、そのときに俺以外もお世話をするように致しましょうか?」

 ハウレスは涼しい顔で言った。自分は固定でありたいのだ。

「まさか全員を並べるわけにはいきませんので、交代で。順番は俺たちで決めておきましょう」
「いいね、お願いしようかな」
「休日はタイミングによって屋敷にいる執事も異なりますから、今まで通りにしましょうか」
「そうだね。何か確実な用事があるときは呼びかけるよ。またふらっと帰ってくることも多いと思うけど」
「もちろん、いつでもお帰りください。俺たちは主様をお待ちしていますから」
「ふふ、ありがとう。わたしね、みんなに挨拶してもらうのが大好きなの」

 主様が目を細めて笑う。少し眠気も来ていそうだ。不安や焦りからの眠気ではなく、至って健康で自然なもの。こうやって穏やかな夜を気ままに過ごす日は、出会った当初より断然多い。

「『おはようございます』『いってらっしゃいませ』『おかえりなさいませ』『おやすみなさいませ』……一人暮らしだったら、聞かない言葉でしょ? だから、ここに帰ってくることが楽しいの」
「それは良かったです。何度でも言いますから、何度でも帰って来てください」
「出入りしまくるね」
「歓迎しますよ」
「……わたしね、特にハウくんの『おやすみなさいませ』が好き。だから、今日も聞かせてね」

 ハウレスは自分の表情が緩み切るのを感じたが、引締めようとは思わなかった。
 優しい主様は、ハウレスたちが幸せそうにすると満足そうに笑うのだ。



主様尊い……。
そよ風のかんざし
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