カスタムメモ
夜、ハーブティーを飲みに屋敷に帰って来た主様は、空になった弁当箱をロノに手渡した。ハーブティーを準備するハウレスとともに待機していたロノが溌剌とした笑顔を浮かべる。
今夜、ハウレスとともに控えているのはフルーレだ。ロノは弁当箱を受け取りに来ただけだが、いま三人の執事が主様を迎えていた。
「今日も美味しかったよ。人参がすごく美味しかった。大きな塊の人参、ちょっと苦手だったんだけど……グラッセだよね。あんなに美味しいの、初めて食べたよ」
「へへ、それは良かったです! 大きな人参が苦手だとはうかがっていたんですけど、これなら食べられるかなって」
「お代わりが欲しいくらい美味しかった。明日も入れてくれる?」
「もちろんです! 明日も楽しみにしていてくださいね!」
「あと、今日入れてくれていたフィナンシェ、仲良いひとと分けたんだ。すごく美味しいって言ってくれて、わたしもすっごく嬉しかった。ロノシェフを紹介できなかったのが残念だけど……」
「本当ですか! すっげー嬉しいです。主様のご友人にまで俺の料理を褒めていただけるなんて」
テンポの良い会話を交わして、ロノが主様に就寝の挨拶をして下がる。主様はフルーレが引いた椅子に座り、ハウレスはその前にティーカップを置いた。
今日は、主様がお気に入りのジャーマンカモミールとレモンマートルのハーブティーだ。主様は丁寧にティーカップを持ちあげて一口飲む。
「これ好き。落ち着くな。ありがとう、ハウレスくん」
「ごゆっくり楽しまれてください」
「うん。あ、そうだフルーレくん」
「はい、どうされましたか?」
主様はティーカップを一度置き、どこか得意げにした。
「家にね、何着かフルーレくんが作ってくれたお洋服を置いているでしょ? 昨日家に遊びに来た友達が見つけてね、すごく可愛いって。べた褒めだったよ」
「そ、そうですか! 嬉しいです!」
「どこのブランドかって聞かれたから、お裁縫が得意な友達がいるって言っちゃった。ロノくんのときもそうだけど、フルーレくんのことも、自慢出来ないのが悔しいなあ。スマホを持ち込めたら証拠も沢山撮れるのに」
「スマホ、というと……主様の世界にある便利道具ですか?」
ハウレスは、何度か聞いたことのある名称を復唱した。主様いわく、遠く離れた人と文字や声で交流出来、高性能なカメラでもあり、財布にもなるという。ハウレスには全く想像出来ないものだが、主様の世界ではメジャーなものらしい。それが手のひらサイズだというのだから、より一層イメージがわかない。
主様は頷いて、指先で長方形を宙に描く。主様の��スマホ�≠セ。
「うん。何故か機器がこっちに持って来られないから……スマホに限らずカメラもさ。わたし、写真を撮るの好きなんだよね。いっぱい写真を撮って、みんなのことを紹介するのに。家族とか信用できる友達には、みんなのことを自慢したいのに」
「ふふ、そのお気持ちだけで十分ですよ」
「わたしは不満なの。こんなに沢山の素敵な執事がいるんだよって、自慢したい」
ハウレスは嬉しく思いながらも、ふと気づく。ロノは弁当、フルーレは衣装で主様の世界に存在をアピール出来る。主様から��友達�≠ニいう恐れ多くもくすぐったい肩書を与えてもらえる。
ハウレスは主様の担当執事だが、家事スキルが壊滅的なハウレスでは、主様に弁当も衣装も渡せない。主様の世界で自分の存在を主張できないのだ。屋敷で一番長く主様とともに在りながらも主様の世界で存在を主張するなど欲張りすぎるかもしれないが、いつだって主様には自分の存在を感じていて欲しいのだ。
フルーレと衣装の話で盛り上がる主様を微笑ましくも複雑な心境で眺めていると、ハウレスの苦い気持ちが伝わったのか、会話の切れ目で主様がハウレスを見上げた。
「ハウレスくんも、わたしの世界に持って行けたらいいのにね」
「も、持って行く? 俺をですか?」
「うん。『こちら、わたしの担当執事のハウレスくんです』って言えるでしょ」
主様は架空の友人にハウレスを示す。主様はハウレスそのものを自分の世界に持ち込みたいらしい。
主様の世界に行けたら、とは常々思っている。主様の世界でもずっとお世話をしたいというのは執事の誰もが思うことだ。��デビルズパレスに住んで欲しい�≠ニ��主様の世界に行きたい�≠ヘ全執事共有の望みなのである。
執事たちが主様との夢を語るように、主様も執事たちとの日々を妄想する。
「みんながわたしの世界に来たらね。まずは家の近所を散歩して、わたしがお気に入りのレストランに行くの。腹ごしらえをして、買い物に行こうよ。みんなに似合う小物とか、便利道具とか……百均のハシゴも絶対楽しいよ。みんなに二千円ずつくらい渡して、何を買ったか教えて欲しい」
「ひゃっきん、ですか?」
「超安価で便利なお店。何でもあるよ」
主様が続ける。
「スタバに行ったら一角を占拠しちゃうけど、飲み物の種類が多いしカスタムも出来るから、楽しいと思うんだ。みんなのお気に入りドリンクを教えてもらって……やっぱりコーヒー系が多いから、テディくんが特に楽しいのかな」
スタバ、というのは何か喫茶店だろうか。主様はよく行くのかもしれない。
主様は具体的な地名と店舗名を出しながら、観光計画を話す。きっと誰々が楽しいだろう、と執事たちの好みを加味して行き先を決めているらしい。
フルーレとともに笑顔で相槌を打っていると、ハウレスの名前が出た。
「ハウレスくんにはもちろん、わたしがお気に入りの洋菓子店を紹介するね。でもバナナマフィンは無かったはずだから、また別のお店も探しておくね」
「ふふ、ありがとうございます。楽しみにしていますね」
「うん。いっぱいお店を回りたいから、ルートも考えておくね」
主様は鼻歌交じりに観光計画を練っていたが「ICカード十六枚」とハウレスには分からないことを呟いて何故かツボに入って笑っていた。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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