ラグランジアオーロランジュ
アモンはデビルズパレスにおける植物関連業務を一手に担っている。庭園の整備はもちろん、畑の扱いにも気を使っているし、屋敷内の花瓶の管理も仕事の内だ。当然、主様の部屋にある花瓶もアモンが生けている。ただ、ベッドサイドの一輪挿しだけはアモンが何もしていなくても花が代わっていることが多い。執事たちがそれぞれ花を贈るのでその都度代わっているのだ。
アモンが主様の部屋で花瓶に花を生け直していると、主様が部屋に帰って来た。主様は屋敷に帰ってくる予定を伝えているときもあるし、少しの空き時間でふらりと帰ってきてくれるときもある。
「おかえりなさいませ、主様。今日も素敵っすね」
「ただいま。アモンくんに褒めてもらえるのは嬉しいっすね」
アモンが作業を止めようとすると主様は「そのままでいいよ」と言いながら、アモンが持ってきたみずみずしい花を見た。
「今日もすごく綺麗に咲いているね。わたしは植物を育てるのが下手だからなあ」
「そうなんすか?」
「うん。何度か観葉植物を買ったことがあるんだけど、すぐ枯らしちゃうんだよね……世話が下手なの。だから、アモンくんは本当にすごいと思うよ」
「主様に褒められるなんて、すんごく嬉しいっす。屋敷の庭園は主様のために美しく咲き誇ってるっすから。あ、もちろん、満開の薔薇も主様の笑顔には負けるっすけど」
「アモンくんはいつも褒めるのが上手だよね」
「ただ本心を言ってるだけっすよ、安心してくださいっす」
主様は満開のガーベラを手に取り、照れ隠しのように顔を隠しながら香りを嗅いだ。ガーベラはオレンジ、花言葉は��神秘�=B会う度に違う魅力を見せる主様によく似合う花だ。そもそも、主様に似合わない花など無い。主様の笑顔を追い越す花も無い。
アモンは、花を持つ主様という画を堪能するか、急いで仕事を終わらせて主様との時間に集中するか数秒悩み、前者に決めた。主様からオレンジのガーベラを取り上げることなど出来るはずもないのだ。
「主様はガーデニングに興味があったんですか?」
「虫がダメだしガーデニングがやりたいってほどじゃないんだけど、部屋に観葉植物があれば癒されるかなって思ったの。ここの庭園みたいな花を家のベランダに置けたらなって思うけど……やっぱり虫がねえ……」
「主様は蝶すらダメっすもんね」
「遠目に見る分にはいいんだけどさ。蝶も虫だからね」
庭園には花が多いため、当然のことながら蝶もいる。虫にいい顔はしなくても蝶を邪険にする執事はいないので盲点だったが、蝶も虫だ。蝶を肩に止まらせている状態で主様に近づくと、主様は近づいた距離以上に逃げていく。
アモンも美しい蝶が指先にとまたときに良かれと思って主様の元に行き、逃げられた経験があった。主様は、庭園を散歩していても蝶がいるとやや迂回する。
「まあ、苦手なものを無理に克服する必要はないっすから。主様の好きな花は俺が育てるっすよ。ガーベラも、桔梗も、芍薬も」
「ありがとう、すごく嬉しいよ」
「あ、そういえば。ラグランジアのオーロランジュっていう珍しい花を入荷したって、花屋の店主から連絡があったんすよ。今度取りに行って植えるっすから、楽しみにしててくださいっすね」
きっと主様も気に入るだろうと声を弾ませると、主様は首を深く傾けた。
「ラグラ……何て花?」
「ラグランジアのオーロランジュっす。主様に親しみがある花で例えると、ハイドランジア……アジサイによく似てるっすよ。ただ、色がすごく特徴的で。俺も育てたことはないんすけど、花のそれぞれがグラデーションするそうっす」
「アジサイって小さい花が集合しているみたいな見た目だけど、小さい花がいろんな色になるってこと?」
「小さい花の中でグラデーションしてるんすよ。花びら一枚の中でも色が変わったりするそうっす」
「そんな変わったお花があるの?」
「不思議っすよね。咲かせるのがすごく楽しみっす」
ドーム状になった一つの花のまとまりの中でも青や黄色や紫という色が交じり合うという。オーロランジュをしっかりグラデーションさせて咲かせるのは土壌の管理が相当大事になるそうだが、主様の目が輝くと思えばどれだけでも頑張れる。
まだ苗を受け取りすらしていないのに心を躍らせていると、主様が良いことを思いついたと顔を上げた。
「タイミングが合えば、水やりをしに行ってもいい?」
「え、いやいや、主様に庭仕事をお願いするわけにはいかないっすよ」
「自分で観葉植物の世話は出来ないし虫も苦手だけど、アモンくんがいたらガーデニングをちょっと体験出来るかなって思って」
それでも主様にホースやジョウロを持たせるわけにはいかない。そう言って手を横に振ろうとしたが、主様とガーデニングが出来るという魅力に執事らしくあろうとする自分が負けた。
「……じゃあ、俺と一緒にガーデニングをしましょうっす!」
「うん、楽しみ!」
「主様と花を咲かせられるなんて今から楽しみっす。ガーデニングは俺の十八番っすから、みんなも任せてくれると思うし……ふたりっきりで花のお世話が出来るっすね」
主様に顔を寄せて声を潜める。主様はやや身構えて目を泳がせた後、アモンの手を取ってガーベラを握らせた。
「アモンくんはいつも反応に困ることを言う……」
「主様の反応が可愛くて、つい」
ガーベラの花びらに口を寄せると、また主様が目を泳がせた。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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