ぬい
「ハウレスくん、見て!」
ハウレスが主様を迎えにドレスルームへ向かうと、主様は作業台に並べたぬいぐるみを得意げに示した。ハウレスは予想外の光景に数度目を瞬いて、控えているフルーレを見る。フルーレは得意げな頷きを返してきた。
そして、ドレスルームにはナックもいた。ナックの趣味の一つが刺繍であり、フルーレとともに衣装を作ることもあるので違和感はない。そのナックもまた、芝居がかった動作で眼鏡のブリッジを触りながらハウレスに向かって頷く。
並んでいたのは、ハウレスの手の平に乗るほどのぬいぐるみたちだ。ただし、その全てに既視感を覚える。頭の大きなぬいぐるみの衣装も、髪を模した布地も、目の刺繍も。どう見ても、デビルズパレスの執事を連想されるものだった。
「フルーレくんとナッくんと一緒に、みんなをぬいぐるみにしてみたの」
「俺も提案されたときは驚きましたが、確かにみんな個性豊かですし……デザインを考えるのも楽しくて。主様も作業をしたいとおしゃって下さったので、ナックさんと一緒に目の刺繍をご担当頂きました」
「このナック、教鞭を執らせていただき光栄でした。主様の刺繍技術もみるみる洗練されて……さすがは主様です! それに加えて主様の真心が籠っておりますから、我々の瞳もこれほど美しく仕上がりました」
「ふっふっふ、わたしの手芸スキルも向上しました!」
いつの間にこのような計画を立てていたのだろうか。フルーレとナックとハウレス以外にはもう伝えているのだろうか。主様から見た執事たちはこんな印象なのだろうか。ハウレスだったら、どれだけ時間をかけても目の刺繍など完成しない。さすが主様、そしてフルーレとナックである。
ハウレスの脳内では感想がめまぐるしく浮かんだのだが、そのどれもが口から出なかった。ハウレスは、主様が抱いている一体のぬいぐるみに釘付けだったのだ。
青い髪、赤い目の刺繍、黒いタキシード。
「主様、その……それは」
「これはハウレスくん」
「おれ」
「ここがとっても肌触りがいいの」
主様はハウレス(ぬいぐるみ)の前髪部分を撫でた。布の毛の流れの触り心地が良いのだろう。「綿をいっぱい詰めたから、みんなもちもち」ハウレス(ぬいぐるみ)の頬を指先で押し、弾力を楽しんでいる。
ハウレスは目だけを動かしてフルーレを見た。フルーレは赤面して腹を括ったような顔をしている。主様と一緒に作業をしていたのだ、既に経験済みらしい。次いでナックを見ると、こちらは深く頷いているのみで照れている様子はない。ナックらしい反応だ。
主様が触っているのはただのぬいぐるみだ。しかし、自分によく似たぬいぐるみとなると気まずいし恥ずかしい。
主様は大事そうに、小さなぬいぐるみを抱えている。
「そしてこの子たちはみんなにお披露目の後、わたしの部屋へお引越しします。向こうの世界のほうね」
主様は嬉しそうにしながら、並んだぬいぐるみを順番に撫でて行く。
フルーレは自分のぬいぐるみを撫でられて顔を真っ赤にし、奥歯を噛み締めながらハウレスに言った。
「俺たちは、小さくなって主様のお傍にいられるんです」
「そうか……ずっとお傍に置いて下さるのか」
「俺、すっごく嬉しいです。俺たちの分身を主様が大事にしてくださるんですよ」
主様は、ハウレス(ぬいぐるみ)と一緒にフルーレ(ぬいぐるみ)とナック(ぬいぐるみ)も抱えた。
「うん。これでほんとに、ずっとみんなと一緒でしょ? 会社にも一緒に行けるし。さすがに全員は無理だけど……」
「ぜひ、お供させてください」
主様は強く頷き、あ、と何かに気付いたようにフルーレを見る。
「せっかくなら、この子たち専用のポーチとか作れないかな?」
「いいですね! 俺たちが着ている衣装と同じ布を使いましょう」
「あと、ポーチにみんなのイニシャルの刺繍もしたい! ナッくん、またアドバイスをお願いします」
「もちろんです! 字体にこだわっても美しく仕上がりそうですね」
とんとん話が進んで行く。ハウレスは主様に抱かれた自分の分身と目を合わせて一度咳払いを挟み、デザインの相談を始めた三人に混ざった。
「フルーレ、よければ俺たちにもなにか手伝えないか? 自分の分身の入れ物なのだから」
「良いアイデアですね! …………」
「そんな目で俺を見るな」
自分の家事能力の低さは自覚している。フルーレに物言いたげな目を向けられても、ナックが意味深に微笑んできても、主様が顔を伏せて肩を震わせていても、何の反論も出来ない。
「本格的な製作に関わりたいとは言っていないだろう……」
「ン、ふふ、そうですね。簡単な工程をお願いします」
「ああ、よろしくな」
布を少し切るだけでも、ほんの少し縫い合わせるだけでも、何でもいい。主様の傍にある小さな自分なのだ、執事としてハウレス(人間)の想いも込めなければ。
「ハウレスくんも作ってくれるの、嬉しい」
ハウレスを見上げる主様が目を細める。ハウレスはつられて微笑みながら、主様の目をじっと見た。
主様のぬいぐるみは無いのだろうか。
執事の誰もがきっと至る思考だろう。自分のぬいぐるみが存在するのならば、主様のぬいぐるみが欲しいに決まっている。ぬいぐるみを欲する幼さとは無縁だが、主様のぬいぐるみなのだ。恐れ多くて抱きしめられないが、ベッドサイドには置くかもしれない。
フルーレとナックも同じ考えなのではとうかがうと、赤面したままのフルーレからはウインクをもらい、腰に手を当てているナックからはこっそり戸棚を示された。何か隠されていそうだ。
後日、全執事に主様を模したぬいぐるみが密かに配布された。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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