お姫様によるお姫様ごっこ
バスティンとの模擬戦を終えて屋敷に入ると、微かに主様の声が聞こえた。
顔を見たいが、運動着な上に汗をかいている。急いで汗を流さなければと考えていると、同じ状態であるはずのバスティンが主様の声のする方向に足を向けた。
「バスティン、主様にお会いするなら汗を流して着替えてからにしろ」
「しかし、そうしていると帰ってしまうかもしれない。しばらくここにいるのかどうか、聞いておきたい」
「そうかもしれないが」
「少しくらい顔を見たい」
「……ご挨拶だけでもしておくか」
ハウレスはバスティンに説得された体で歩き始めた。主様の前に立つ格好ではないが、バスティンの言葉には同意以外にないのだった。
声はコンサバトリーのほうから聞こえていた。やや曇り空なため明るい日光は入らないが、主様がいるというだけでどこよりも輝かしく尊い空間になる。
コンサバトリーには主様とラトとアモンがいた。テーブルには花瓶が置いてあり、花の様子と花瓶の形状から、主様の部屋に置いているものだと判断出来る。
アモンは立って控えている一方で、ラトは主様と同じく椅子に座り、しかし何故か主様に背を向けている。
「あ、鍛錬終わりっすか?」
ハウレスとバスティンに気付いたアモンが声をかけてくる。視線を向けて来たのはラトが先だったが、それを声にしたのはアモンだった。
ハウレスはバスティンとともに和やかなテーブルに歩み寄り、主様へ帰宅の歓迎と身なりの謝罪をした。
案の定と言うべきか、主様は気にした様子なくハウレスたちをねぎらう。
「いいよ、気にしないで。お疲れ様」
「ありがとうございます。しばらくこちらにいらっしゃいますか?」
「少しだけかな。このあと、友達と会う予定があるの」
「そうでしたか、承知いたしました」
バスティンの判断が正しかった。風呂を急いでも、主様とはすれ違いになったかもしれない。
そうは言っても、やはり執事として相応しい身なりではない。一目顔を見られて良かった、とバスティンとともに下がろうとしたのだが、バスティンの視線は主様の手元に向いていた。
「何をしているんだ?」
「ラプンツェルごっこ」
「らぷ……?」
主様はラトの後ろ髪を三つ編みにしていた。普段ラトの三つ編みは解けないようきつく編まれているが、主様はどこか丸みのある形でラトの髪を編んでいる。
ラプンツェルは、確か童話に出てくる少女の名前だ。髪の長いキャラクターだった気がする。不思議なことに、こちらの世界と主様の世界とで同じような童話が存在していることは分かっているので、おそらくハウレスの思い浮かべているキャラクターで正解だろう。
ラトは主様に髪を編まれながらハウレスを見上げた。
「ラプンツェルという方は、長い髪を三つ編みにして、それを花で飾っているようです。わたしが髪を編まずに歩いていたら、帰って来た主様と合流しまして」
「で、花を入れ替えていた俺も合流して、ラプンツェルごっこが始まったっす」
主様は少し痛んでいる花瓶の花を確認して一輪を選ぶと、茎を短く切ってラトの三つ編みに挿した。
「ラトくんは髪色が鮮やかだから、お花があるとより一層華やかになるね」
「かわいいですか?」
「うん、お姫様みたいだよ」
主様はさらに花を選び、ラトの髪に挿していく。ほどよく散らばって配置された花々は、ラトの明るい髪色と相まってどこか幻想的に思えた。
ラトが飾られた自分の髪を眺め、満足そうに主様を振り向く。
「ありがとうございます、主様。これでもうお風呂に入らなくてもフルーレに怒られずに済みます」
「毎日入浴する必要はないと思っているけど、お花が枯れたら入ってね」
「分かりました」
主様手ずから髪を飾られたラトを見て、アモンとバスティンが自分の髪をいじり始める。やや長い彼らの髪なら、確かに三つ編みも出来るかもしれない。特にバスティンの横髪なら編みやすそうだが、バスティンはこれからすぐ風呂に入らなければならない。
ハウレスも自分の髪をつまんでみたが、とても編みやすい長さとは言えない。昔のように襟足を伸ばしていたならばと首の後ろをさすると、ハウレスの心境を見透かしたかのように主様が言った。
「ハウレスくんは、もう襟足は伸ばさないの?」
ハウレスから昔の髪型の話をしたことはないが、主様はハウレスの三百年前の記憶を視たことで知っているのだ。
「そうですね。……伸ばしていたほうが、主様はお好きでしたか?」
「ハウレスくんはなんでも素敵だよ」
ラトの三つ編みに花を足しながら主様が笑う。立ち去るべきことも忘れて主様の言葉に胸を温かくしていると、アモンがハウレスの顔をのぞきこんだ。
「ハウレスさん、髪を伸ばしてたんすか?」
「ああ、昔な。ラトのように襟足だけ長い時期があった」
「へえ、想像つかないっすね」
「悪魔執事になって切ったからな。俺もどんな風だったか思い出せない」
「長い青髪、綺麗だったよ。なんで切っちゃったの?」
主様は、今はないハウレスの尻尾へ視線をやっていた。
ハウレスはまた首の後ろをさする。
「お恥ずかしい話ですが、俺はあまり器用なほうではなくて」
「大丈夫、知っているよ」
「……。昔は自分で髪を切っていたのですが、襟足を切るときに怪我をしたことがあって。それ以来、自分で襟足を短く切らなくなったんです。ですが、悪魔執事となるときに、自分の決意の一つの形としてベリアンさんに切っていただきました」
「そうだったんだ。トリシアちゃんの髪もハウレスくんが切ってあげていたの?」
「はい。といっても、ほんの小さいときだけです。あいつは俺と違って器用でしたし、髪を伸ばしていましたから」
「髪は女の子の命だからね」
主様は芝居がかった動作で自分の髪を肩からはらった。
アモンがすぐさま主様に微笑みかける。
「主様は髪の先まで魅力的っすよ」
「ありがとう。髪を褒められるの、嬉しいな」
「ずっと触れていたいくらいっす」
主様の髪に触れようとしたアモンの手を、バスティンがそっと下ろす。
主様が嬉しそうに自分の髪をいじる。ハウレスが器用であれば主様のヘアアレンジにも試みたいが、とても自分に出来るとは思えない。ハナマルに教わりつつ、ボスキの髪を練習台にしなければ。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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