「あなたはわたしを喜ばせる」


 ハウレスはいつもの燕尾服ではなく、イチゴ狩りをしたときにフルーレが作った衣装を着ていた。何かイベントごとがあったわけではなく、メンテナンスの意味合いが強い。以前の衣装を引っ張り出してくるのは主様からも好評だ。
 夜、ハーブティーを飲みに屋敷に帰って来た主様は、ハウレスの衣装を見て笑顔を浮かべる。

「あ、イチゴ狩りの」
「はい。いかがでしょうか」
「とっても似合ってる、かっこいいよ。マントが土に擦れないようにみんなで持ち上げ合っていたのを思い出すね」

 主様は懐かしそうに目を細めた後、ハウレスの左肩にかかったマントで視線を止めた。

「……お洋服、ちょっとだけ触ってもいい?」
「ええ、構いませんよ」

 主様はマントを持ちあげると、表地と裏地を見て、フリルを触って、刺繍を指先でなぞった。
 ハウレスはされるがままで頬を緩める。主様は主様らしく佇んでいるときももちろん素敵だが、ロノのケーキを見て少女の様に喜ぶ姿も、庭園に迷い込んできたリスを追いかける少年のような姿も、こうして興味のままに衣装を撫でる姿も。何でも魅力的なのだ。

「マント、思ったより軽いよね」
「そうですね、いざというときに動けないと困りますから。フルーレがいつも配慮してくれています」
「ドレープもすごく綺麗……針金が入っているわけでもないのに。いつも思うけど、フルーレくんって本当にすごいよね」

 主様がマントを抱えたままハウレスの足をみる。革靴にも大きな石の装飾がついているが、宝石ではなく軽く丈夫なので動きやすい。
 主様は次に、ハウレスの首元を見た。

「襟のこの……カラーチップって言うんだよね? これ、すごく素敵で好き」
「ああ、おっしゃっていましたね」
「わたしもこういうお洋服を作ってもらうけど、フルーレくんに手伝ってもらってやっと着られたりすることが多いから。慣れって大事だね」
「そうですね。主様の衣装も、いつも本当に素敵です。お似合いですよ」
「ありがとう。お洋服に負けないように頑張りたい。……うん、思い出すね。イチゴ狩り、楽しかったなあ」

 主様もイチゴは好きらしく、イチゴ狩りもその後のスイーツパーティーも楽しんでいた。また次のイチゴの季節にも行われそうだが、フルーレのことだ、衣装は一新される可能性が高い。
 ハウレスは主様につられて笑みながら、主様に手ずからイチゴを食べさせてもらったことを思い出した。特別な関係にある者同士のあーん≠セ。主様の恥ずかしそうにしながらも悪戯っぽい笑顔も覚えているし、唇をかすった主様の指の感触も忘れられる気がしない。
 ハウレスは徐々に主様から視線を外し、静かに深呼吸をした。早く顔の熱を鎮めなければ、主様にからかわれる。
 しかし主様はしっかりとハウレスの赤面と心境に気付いたようで、おかしそうな声で言う。

「次は、わたしがハウレスくんにイチゴを食べさせてもらおうかな」
「……恐れ多いですから……」
「声、か細くない?」
「気のせいです。なんでもありません」

 ハウレスは一度咳払いを挟む。
 何か別の話題を探さねばと考え、服に関する些細な疑問を思い出した。主様は衣装のことを衣装≠ナはなくお洋服≠ニ呼ぶ。どれだけ装飾された衣装であっても普段着≠ニして受け入れている。フルーレはその認識に喜んでいたが、主様の世界でこそ、こういう服装は珍しいはずだ。

「主様は、どうして衣装≠ナはなくお洋服≠ニいう表現をされるのですか? 主様の世界では馴染みのない服装だと思いますが……」
「衣装≠チて言うと特別な感じになるけど、みんなは日常的に衣装みたいな服だし、楽しいから」
「楽しい?」
「普段着がこれほど素敵な世界で生きているんですよ≠チて受け入れているように聞こえて楽しいから。わたしもこの世界にいるんだよって思えて楽しいの。洋服≠カゃなくてお洋服≠ネのも、なんかお嬢様っぽくて楽しいから」

 真面目な顔で遊び心ある返答をされてハウレスは笑った。
 主様はいつも楽しみを探している。そういえば、主様がハウレスたちへの挨拶に「ごきげんよう」と言い始めたのもデビルズパレスに来てしばらく経ってからだった。主様はこの世界で主様≠楽しんでいるのだ。
 主様はハウレスたちにとって紛れもなく主様で、お嬢様で、お姫様だ。主様がその立場を嫌っているとは感じていないが楽しんでいる≠ニ伝えられると嬉しい。
 ハウレスは、改めて恭しく一礼をした。

「我らの尊き主様。あなたにお仕え出来て光栄です」
「うむ。良きに計らえ」
「ふふ、はい」

 主様は芝居がかった動作で腕を組んで頷いた後、無邪気に笑う。
 しかし、主様はイチゴ狩りを忘れてはいなかった。

「だから、またイチゴをあーん≠オてもいいよね?」
「なぜだから≠ネのですか……」
「わたしの大切な執事を大切にしたいから。大事だよって伝える手段は全部使っていきたいの」
「出来ればイチゴを食べさせる以外の手段をとっていただけると嬉しいのですが」
「あれ、嫌だった?」

 嫌かと問われれば、そんなわけもなく。
 ハウレスは否定も出来ず、肯定するのも恥ずかしく、口元を手で隠して俯いた。


主様尊い……。
そよ風のかんざし
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