親愛を込めて
晴天が眩しい昼下がり、フェネスはハウレスと共に屋敷の廊下を歩いていた。
話題は主様だ。執事たちは主様を慕っており、フェネスも例外ではないが、ハウレスといるときは彼の主様語りを聞いていることが多い。ハウレスは主様がやって来た当初から、主様直々に担当として指名されている。真面目な性格も相まって、ハウレスの頭の中は主様で溢れているのだ。
今日、主様は向こうの世界で休日だが、友人とランチの予定があるということでこちらに来るのは夕方の予定だ。指輪を常に持ち歩き、いざというときはこちらに来てくれると分かっているので不安はない。
只今のハウレスの悩みは、今日こちらで就寝すると思われる主様の安眠を助けるためにどのハーブティーを入れるか、だ。主様は元々紅茶もハーブティーも飲まないようだったようだが、執事たちが何かと紅茶を入れるのですっかり紅茶党になったと以前笑っていた。就寝前のハーブティーも楽しみにしているようで、ハウレスは一層ハーブティーに詳しくなった。
どのハーブティーにしようか、はちみつを入れようか、主様の体調はどうだろうか。こめかみを指先で叩くのは、悩んでいるときのハウレスの癖だ。フェネスは、ハウレスの結論はどうなるのだろうかと面白がって相槌を打つ。
ふと、明るい女性の声が聞こえてきて会話が止まる。男性ばかりのデビルズパレスに出入りする女性は主様しかいない。想定より早く、デビルズパレスに来てくれたらしい。
廊下の曲がり角から、主様とフルーレが軽やかに歩いて来る。走るでもなくスキップでもないが、足音から上機嫌が感じられた。
フェネスはハウレスと共に一礼する。帰還の歓迎を伝えると、主様は力の抜けた笑みで軽く手を振った。
「ごきげんよう。早く来ちゃった」
「お部屋を出られたところでお会いしたんです」
フルーレがそう言って笑う。
それにしても、機嫌良くどこへ行こうとしているのだろう。フェネスは問おうとしたが、上機嫌の主様は話したがりだ。満面の笑みで目的を伝えてくれた。
「フルーレくんの新作ワンピースを見せてもらうの!」
「主様コレクションがまた充実したのですね」
「フルーレの目に間違いはありませんから、きっと良くお似合いでしょう」
「へへ、楽しみなんだ」
主様は頷いた後、フェネスとハウレスに向いていた視線をハウレスに絞った。
「ハウくん、お洋服を見たら夕食まで散歩するね」
「分かりました。ぜひご一緒させてください。後でドレスルームまで参りますね」
主様ハーブティー問題≠ナの気難しい顔が一転、ハウレスが主様に柔らかい笑みを向ける。同僚に向ける顔と主様に向ける顔が異なるのは執事の誰もがそうだが、対同僚だと厳しくなりがちなハウレスのそれは一層くすぐったく思える。
フェネスはフルーレと主様が離れてから、主様の軌跡を目で追うハウレスを肘で突いた。
「可愛い呼び方をされているんだね、ハウくん=H」
「ああ……ラムリが俺のことをハウさん≠ニ呼ぶだろう。それを主様が聞いて以来、時々そうやって呼ばれるようになった」
ハウレスの声の調子は静かだったが、口角が上がっている。
主様は執事たちに分け隔てなく接するが、デビルズパレスで一番長く一緒に過ごすハウレスにはより心を開いている。
フェネスは腕を組んで、純粋な疑問を口にした。
「主様はずっとハウレスを担当にしているけれど、何かきっかけがあったのかな」
「それは俺も不思議で、ベリアンさんに聞いたことがある。ベリアンさんも自分を求められたかっただろうから、あえて俺を勧めた理由でもあるのかと思って。そうしたら、不思議なことを言っていたよ」
「どんな?」
「ベリアンさんが最初に主様へ伝えたのは、俺たちの名前と写真だったそうだ。主様はそれを泣きながら一通り確認してすぐ俺に決められた。ベリアンさんが理由を問うと『声が聞こえた』と仰ったらしい」
「声?」
「『全員の声がした』と。そうして俺の言葉が主様の琴線に触れたのだろう……写真の俺が何を言ったのかは分からないがな」
ハウレスが肩をすくめる。満更でもなさそうだ。
フェネスとて自分が呼ばれればもちろん嬉しいし、良き執事であろうとしているが、ハウレスを押しのけて指名されたいとまでは思っていない。ハウレスは主様のこととなると生き生きすると同時に、主様と共に過ごすことはいくらか息抜きにもなっているようなのだ。完璧主義で自分にも厳しいハウレスに休息を促せるのは、優しい主様の成せる技だろう。
フェネスは、主様とハウレスが並んでいる光景が好きなのだ。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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