おはようございます、主様
主様は早寝早起きだ。ただでさえ早いのだが、ハウレスが起こしに行く前にもう起きている。まだ寝ていたいという気持ちからまどろんでいるだけで、眠れていないのだと最近知った。主様は慣れきっているようだし、深刻ではないのかもしれないが、心配せずにいることも出来ない。
ドアをノックして主様の部屋に入り、ベッドの横で膝を折る。ここで眺められる寝顔も、本来はもっと無防備であるはずなのかもしれない。
「おはようございます、主様」
声を掛けるとすぐに目が開く。
「……んはよう、はうくん」
主様は体を起こそうとして、不自然に固まった。視線はムーの寝床に向いている。今、まだムーは起きていない。主様の執事としてはあるまじき態度だが、ハウレスはもうそれを咎められなくなっていた。
主様はそろりと立ち上がると、手櫛で髪を整えてからハウレスを見上げてくる。
ハウレスは、主様の手を両手で握った。手袋越しでも、寝起きの温かさが伝わってくる。自分よりずっと小さな手を優しく包んでいたが、主様は不満そうに手袋の手首のボタンをつまんだ。いつもの流れだったので、ハウレスはすぐに観念して手袋を外す。
素手で触れ合うと、より主様の柔らかさを感じる。微笑みには甘さが混じるし、胸には温かいくすぐったさが広がる。きっと、他の執事には見せられない顔をしている。
「――さん、おはようございます」
「おはよう、ハウレスくん」
「今日も眠れませんでしたか?」
「まあね。でも、なんか最近は、その……」
主様はハウレスから視線を逸らし、ハウレスの手の平のマメを撫でた。
「ハウレスくんに触れるかなって思うと、寝直すことも出来なくなった」
息が止まる。情けない声が出そうになったが、なんとか飲み込んだ。主様の耳の赤さにつられて顔に熱が集まる。甘えてくれる主様の前では、なかなか格好良さを保てない。
ハウレスが静かに深呼吸をしていると、主様の手がハウレスの手から離れる。背伸びをして腕を伸ばし、ハウレスの両頬を包んだ。
主様の予想外の行動に、ハウレスは目を瞬いた。顔の熱に拍車がかかる。
「ハウレスくんも、このくらいしてくれていいんだよ」
「ふふ、はい。ありがとうございます」
主様がハウレスの頬を撫でてから手を離す。執事≠ニいう言葉は常に頭にあるが、素手で触れて名前を呼ぶ瞬間だけはその意識がわずかに薄れる。主様の許しも得たのだからと、ハウレスは主様に倣って、主様の頬を両手で包んだ。
手よりもさらに柔らかい。ハウレスの、肌触りが良いとは決して言えない手の平で触れていても、主様は心地良さそうにくすくす笑う。言葉では表現出来ない愛らしさにまた呼吸が止まった。
「離しがたいです」
「正直だね」
主様の頬を包むハウレスの手を、さらに主様の手が包む。
「……じゃあ、支度してから戻って来るね」
「はい。ご朝食を準備して、お待ちしております」
またすぐに会えると分かっていても、ほんの少しの別れも惜しい。主様を見送る笑顔を浮かべつつも、手が主様の頬から離れない。
主様はハウレスに両頬を挟まれたままで、指輪に手を掛けた。
「ふ、ふふ、触っていていいよ」
「……いえ」
ゆっくりと手を離して、良き執事として一礼した。
「今日も、朝からお名前を呼べて幸せです」
「わたしも幸せ。……じゃあ、また後で」
まばたきの間に主様の姿が消える。手の平に残った主様の体温を少しも逃がさないようにと、急いで手袋をはめた。
主様尊い……。
そよ風のかんざし
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