大体なんでも出来る


生活を始めるための環境は整った。が、資金は尽きた。
 幼女のまっとうな働き口がある訳もなく、当然ながら、金を稼ぐのは凌の役目だ。おまじない済の眼鏡を手に入れた凌は、一人で出歩いても問題ない。

「履歴書とか堅苦しい経歴が必要ない場所……バイトだけで生活やっていこうと思ったら掛け持ちか」
「バイト?のお給料ってどうなの?」
「良いところなら時給千円超えるな。んー……近場で、時給がいい所となると」

 家庭教師、塾の講師、披露宴の給仕、バー 。前半二つは学歴が必要になるので却下。昼間に結婚式場で働き、夜にバーで働くのがいいだろう。凌は早速、準備したばかりの携帯電話を手に取った。
 錦は別の求人雑誌をぱらぱらめくる。自分が汗水垂らして働くという考えがそもそも薄い。

「お忙しいところ失礼します、橙茉凌と申します。求人広告を拝見してお電話を……ええ、その雑誌です。あ、そうですか。まだ募集されてますか?はい。……。学生の時に、経験があります。はい、分かりました。では明日、ええ。会場のーーーー」

 錦は雑誌を閉じて、電話を終えた凌を見上げる。もう一件も電話するかと思いきや、携帯をしまった。

「バーは?」
「まだ営業時間外だからな。夜にかける」
「披露宴のところに働きに行くの?」
「明日、面接してくれるって。人が足りてないらしいし、そのまま決まりそうだ。履歴書もいいって」

 凌が、無料の求人雑誌をもらうついでに買ってきた紙を指先で叩く。錦は白紙の書類を広げた。

「履歴書……。ふうん」

 一々こんなものが必要になるのか。大変そうだなあと他人事のように思う。

「経験があるの?」
「ぶっちゃけない」
「あら、嘘ついちゃうのね」
「披露宴、まあバーもだけど、働いたことはない。でも一通り仕込まれてるし、大丈夫大丈夫……というか、勝手に決めたけど良かったか?」

 申し訳なさそうに問うてくる凌に、錦は意図がわからず問い返した。

「しっかりしてるけど、錦は子供だろ?俺がバイト掛け持ちしたら、朝から深夜まで帰らないってことになりかねない」

 何も裏なく、心配されている。錦は気にしないでと首を振った。

「自分のことは、自分で出来るわ。凌が無理をしない範囲でいいわよ。わたくしへの気遣いは、嬉しいけれど」
「うーん……。二人分の生活費ってなると、掛け持ちせざるを得ないしな……。保育園とかは、」
「必要にないわ」
「義務教育は必要だからな、そん時はそん時で考えるか……。悪いな、一人にして」
「時間の使い方は、十分知ってるわ。散歩したり読書したり」
「散歩……防犯ブザー……いるよな。一日家にいろっていうのは無茶だし」
「……凌、わたくしがただの子供じゃないって、忘れてるのかしら?」
「覚えてるよ、しっかりな。そうは言っても、子供は子供だろ?大人が守るべき存在だ」

 錦は伏し目がちな目を瞬いた。子供扱いなど、自分に相応しくなさすぎて新鮮だ。得体が知れない存在に対して、疑い無く言い切ってしまうあたりとんでもないお人好しである。

「あとでブザーを買いにいきましょ、パパ」


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